18話 『初ダンジョンへ!』
ダンジョンの中にいざ入ってみると、そこはダンジョンというには程遠く、少し歩いただけで奥へと辿り着くほどの広さだった。
想像していたよりも何もなく、モンスターも現れない。
ここは果たして本当にダンジョンなのだろうかと思うくらい。
これでは期待も薄れ、本当に只の洞窟か洞穴の可能性が高まっていく。
「ねぇ、ここってダンジョンだよね? ただの洞窟だったり洞穴だったりしないよね?」
「うーん。さずがにダンジョンで間違いないと思う。そもそも入口が扉になってるし、今歩いてるこの場所も、不自然なくらい松明が壁に設置してあるしね」
「確かにそうかも。明らかに人工的っていうか、洞窟だとしたらあり得ないか」
ここがダンジョンだとして、こんなに短いダンジョンだとすれば、一体奥で待ち受けているのはどんなボスなのだろうか。
短いから弱い可能性と、逆にイベント的なもので強い可能性。
そのどちらもが考えられる。
――そして最奥に着いた時、それは後者だということを知った。
奥に広がっているのは吹き抜けの天井と、空からの光で照らされている一面の花畑。
そして、一際目立つのが中心に置いている二つの宝箱だった。
「うわー、綺麗! 幻想的だぁ!」
「雫、あんまり私から離れないでね」
「う、うん。ごめん、ちょっとテンション上がっちゃった……」
焔ちゃんに止められ、花畑に行こうとした足は止まったものの、少し進んだのがまずかった。
境界を踏んだ事により、私たちの視界に『イベント発生』の文字と『イベント条件達成』の文字が羅列されていく。
そして、その結果否応にも逃げる事が出来なくなってしまった。
「イベント内容は……うん、これならなんとかなりそうだね」
焔ちゃんが確認し、一言呟く。
それを見習い、私もイベント内容へと目を通した。
「普通のイベントだけど、本当に大丈夫かなぁ」
イベント内容は簡単なものであり、満月の使者というボスを倒す事。報酬は目の前の宝箱であり、確定のユニーク武器。
そして肝心のイベント発生条件は、赤い満月の日に特定の月の光が差し込むダンジョン内にて、逃げられないボスに挑むことだった。
至って普通だが、それはそれでボスと戦う時点である程度の不安と恐怖が心を渦巻いていく。
無論、偶然にもイベントを起こしてしまったのは嬉しい事に違いないのだが……。
しかしとて、そこまで悲観することはない。むしろ喜ぶべきだろう。
希望的観測だが、私たちが勝てる相手であれば良いだけの話だ。
「雫! ユニーク武器だって! やばいよやばい! 絶対手に入れようね!」
「うん。そうなんだけど、逃げられないっていうのは不安かな……」
私の返答にここまで誘った焔ちゃんは申し訳なさそうな顔をしてしまった。
というのも、そもそも逃げられると思っていたら実際には逃げられない戦闘で、尚且つ私たちは強いとはいえない。
それに対して相手の強さは分からないのが現状。
仮にボスが圧倒的に強くて私たちが負けたら、焔ちゃんはともかく、私は本当に終わり。
そういった事を考えた末の顔を焔ちゃんは私へと向けている。
そんなに気にしなくても良いのに。
「雫。ごめんね、逃げられない戦闘に巻き込んで」
「ううん。仕方ないよ。それに目当てのユニーク武器なんだから、一緒になんとか倒そう!」
「うん。初めてのボス戦で怖いかもだけど、私が前衛で戦うから安心して。雫は援護をよろしくね!」
この世界に来て初めてのボス戦であり、希少なアイテムが手に入る千載一遇のチャンス。
死ぬかもしれないのは怖いけど、それでも心はやっぱり少しワクワクしていて、焔ちゃんも同様みたい。
ただ、役割はいつも通りだけど、残弾も少ないし、いざとなったら短剣で戦う事も視野に入れておいた方が良いだろう。
「来るよ!」
焔ちゃんの言葉と共に、月の光が差し込む場所からまるで月から降ってくるように真っ白な毛並みと、真っ赤に光る眼でこちらをジッと見てくる兎が現れた。
一体が現れると、それに続くようにもう一体が降り立ち、見た目に違いはないものの、武器にだけ違いがあった。
背負う様に持つ巨体に相応しい木槌と、両手で抱えるように持たれている臼に酷似したもの。
「うげっ、二体かぁ」
「どうする? 一人一体で相手する?」
「いや、体力は二体で一緒みたいだし、分かれるよりも一緒に戦った方が良いかな」
「分かった。出来る限り援護するけど、焔ちゃんも死角からの攻撃に気を付けてね!」
モンスターにはそれぞれ体力ゲージというものが存在するけれど、相手がボスなだけあってか、ゲージは実に三本にも及んでいる。
恐らく残りが一本になったりしたら行動が変化すると思うけど、情報がない以上は実際に見てからでしか判断は出来ない。
「よーし、それじゃいっちょやりますか!」
「うん!」
焔ちゃんが走り出すと同時に、兎たちも武器を構えながら動き出した。
ただ、四足歩行ではなく二足歩行であり、人間の様に前足で武器を持っている。
兎たちの足は想像以上に遅く、正直いって焔ちゃんの動きに付いていけているようには見えなかった。
むしろ翻弄されているというか、目で動きを追ってしまっており、私からすれば隙だらけだ。
「兎は好きだから傷つけたくはないけど、今回ばかりは仕方ないよね」
隙だらけな兎の目と心臓部を狙い、銃口からは三発の銃弾が放たれる。
洞窟内に響くその音は、兎たちにとって注意を引くのにはピッタリだったようで、今までは焔ちゃんにしか注意が向いていなかったにも関わらず、音が聞こえると同時に私の方を向く。
加えて、弾道が見えているのか、華麗に避けられてしまった。
「ーーはっ? 避けられた!?」
隙をついた攻撃も避けられ、私が狙われてしまうという状況は最悪だけれど、これで一つ情報を入手できたのは間違いない。
兎たちは普通に動く分には遅いけれど、危機的状況の反射神経が凄まじいのだ。
「……でもそうなると私も近くで戦わないとかな?」
「――雫! 私を狙って撃って!」
「えっ!? う、うん! 分かった!」
近くで戦う以上、威力が高い弾の方が良いかなと思いながら雷の銃弾を装填していた時、焔ちゃんの声が聞こえた私は、すぐさま反応して銃弾を放った。
……言う通り、焔ちゃんへと向けて。
まぁでも私だって馬鹿じゃない。焔ちゃんが言いたいことは理解しているつもりだ。
だからこそ、撃ったわけで、その弾は見事に兎へと直撃している。
「ふぅ。上手くいったのはいいけど、この作戦はもう厳しそうだね」
「ってか、間違えて焔ちゃんに当てちゃう可能性もあるし、もうやらないよ」
焔ちゃんの体で銃弾を隠し、間一髪でそれを避けることで兎へと直撃させることが出来たが、今回は偶然上手くいったに過ぎない。
一歩間違えれば大惨事だし、私としてはもう二度とやりたくないのが本音だ。
「さてと、そろそろもうひと暴れしますか!」
息を整えた焔ちゃんが再度走り出し、そこを狙ったかのように木槌が振るわれるが、私がそれを許さない。
数発の弾丸で木槌を狙い、軌道をズラすことによって兎の攻撃は意味をなくし、焔ちゃんは高く飛び上がって回転しながら切り刻んでいる。
勿論、その間にもう一体が邪魔をしないわけがなく、臼を地面に叩きつけることによって風圧と破片を飛ばしてきたのだ。
それによって目を閉じてしまった私は、次の瞬間には吹き飛んでいた。
「一体何が……」
私を襲った衝撃は尋常ではなく、体の節々が悲鳴を上げており、視界も揺れて、まるで脳震盪を起こしたかのようになっているのだ。
でも、原因はすぐに分かった。
私の横に転がっている臼が今の状況を物語っている。
「いたたっ。……ふぅ。休んでないで戦わないと!」
私が目を閉じた瞬間に臼を投げられた事は分かっている。
けれど、一撃で意識も失わず、死んでない以上はポーションでなんとかなるのだ。
今も尚一人で戦っている焔ちゃんを前にして、私だけが休んでいるわけにはいかない。
それに、兎の武器が臼から素手になったことで戦いやすくはなっただろうし、ある意味武器を失わせることが出来て幸いだったと思うことにしよう。




