14話 『大丈夫』
煮えたぎるような怒り。
しかしとてそれ以上に助けたいという思いがなんとか私の理性を留めている。
だからこそ、隙を晒すと知って尚、未だ戦意喪失していると思って何もしてこないゴブリンとオークの目の前で私はステータスを開いた。
そして、INTとAGIにポイントを振り分けてから銃を構えて走り出し、間髪入れずに弾を撃ち放つ。
もはやゴブリンたちを殺すことに嫌悪感など抱くわけもなく、真っ先に焔ちゃんの周囲にいるゴブリンたちへと銃弾を放ち、脳を撃ち抜く事によって一撃でその場から動けなくした。
続けざまに火の銃弾を装填。
振り向きながらオークを目と腹を撃ち抜くと、オークの断末魔が聞こえてくるが、それも今の私にはなんだか心地良い。
「あははっ! 殺す! 殺し尽くしてやるよ!」
もはや自分がおかしくなっていることなんて理解している。
でも、どうしても憎しみと怒りが抑えきれないのだ。
けど、不思議とそんな中でも狙いは正確だったのは完全に怒りに飲み込まれていないからだろう。
「ほらほら、どうした! さっきまでのニヤけ面はどこいったんだよ!」
動き回る私を殺そうと、棍棒を辺り構わず振り回すオークの攻撃に巻き込まれる形で何体かのゴブリンは潰れ、オークも戸惑っているかのようにその場から動こうとしない。
ならば、動こうとしないのなら私の的でしかないのだ。
ただの肉の的。それ以上でも以下でもない。
さっき火の銃弾で殺せたのが分かるし、使い尽くしても良いと思えるくらい私は数体のオークへと棍棒を躱しながら撃ち続ける。
「いってえなぁ! お前は絶対ぶっ殺してやる!」
私のあまりの豹変ぶりと、仲間たちが次々やられていく事に恐怖したのか、ゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
オークは最初から数体しかいなかったけれど、今や生き残っているのは棍棒を振り回していたやつだけ。
ただ、そんなオークの棍棒に私は当たってしまったのだ。
銃の標準を避けながら合わせるのは至難の業でだったからこそ、一瞬止まった私の体を吹き飛ばすように棍棒が直撃した。
その威力は凄まじく、吹き飛んだ私は木へとぶつかり、こみ上げてくる血を吐き出してしまうし、左腕はピクリとも動かない。
なんとか意識はあるものの、最早私は私じゃなくなっているのは分かる。
まぁでもそんなのはどうでも良い。今は呼吸する度に襲う激痛さえも心地よさを感じてしまうのだから。
「あはっ、あはははっ! 楽しいなぁ、殺し合いは!」
片腕が使えないならと銃を使うのをやめ、サブウェポンである短剣を残された右手に持った私は、痛みを無視して駆け出す。
迫りくる棍棒を紙一重で回避して舞う様にオークを切り刻んでいった。
そしてその時、初めて私は私に戻った気がした。
体は勝手に動いているけど、さっきまでの意識に追いつけていないのか、不格好な戦い方をしてしまったのも分かる。
自分では舞っているように思えても、なんとか避けながら剣戟を紡いでいっただけだ。
でも、それでも私は勝利した。
訳の分からない状態に陥り、狂っていたとしても、この絶望的な状況の中で死に物狂いで戦いを挑み、あんなに残しておこうと思っていたステータスポイントすらつぎ込んで勝利したのだ。
「うっ! はぁ、はあ。余韻に浸っていないで、早く焔ちゃんと逃げないと……」
自分の体が軋み、悲鳴を上げているのは理解している。
一刻も早く休めと、回復しろと叫んでいるのが分かる。
だが、私は自分よりも焔ちゃんを助けるのに必死だった。
この戦いにかろうじて勝利したのも全ては焔ちゃんを助けたい一心だったからだ。
「お願い、まだ生きてて」
焔ちゃんの装備は荒らされていたのか、防具は所々破けており、武器は盗まれ、すぐに使える様にと装備していたポーションも無くなっていた。
それはつまり、私の分を焔ちゃんに使うしかないという事だけど、それでも構わない。
なにせ、まだ焔ちゃんは生きていたのだ。
血は固まっているし、傷は酷いが、悪夢にうなされるように荒い呼吸をしていた。
「良かった……」
幾らこの世界では一度は死ねるとしても、目の前で死なれるのは嫌だし、そもそも一度たりとも死んでほしくはない。
だからこそ、私は焔ちゃんが生きていて心の底から安堵した。
勿論、ポーションを盗んだやつが憎いとか、こんな姿にして許せないという気持ちは湧いてくるけれど、今はとにかく残されている限りのポーションを一つ以外全て焔ちゃんに振りかけるのが優先だ。
意識がなく飲めない以上、掛ける以外に方法がなかった為仕方がないが、それでも効果はあったようで、青白かった顔は徐々に生気を取り戻していき、やがて寝息を立てるように呼吸は安定した。
「絶対に助けるから、安心してね」
残ったポーションを一つだけ飲み、肋骨は痛むもののなんとか左腕が使える様になった私は、焔ちゃんを引きずるように運び出す。
そうして、ゆっくりとだが、着実に森から出れるように歩き出した。
けれど、手負いの獲物をそう簡単に逃がしてくれるほどこの世界は甘くない。
陰からこっちを伺っているような視線、真正面から殺そうとしてくるモンスター、そのどれもが例え普段なら簡単に倒せたモンスターだとしても、今の私には精一杯の相手だった。
「折角ポーションで回復したのになぁ」
撃退、或いは倒す度に私の体に傷は増えていく。
ましてやポーション一つじゃ回復しきれなかった傷はより一層痛むし、もしもこれ以上戦闘を繰り返せば本当に私は死んでしまうだろう。
でも、正直私が死ぬのは良いような気もしてる。
一回なら死んでも良いっていうこの世界のルールがあるからというわけじゃないし、死ぬなんてものは体験するべきじゃないもので間違いない。
ただ、焔ちゃんを助けられるのなら私は命すら賭けられる。
ーーそれくらい私の中で焔ちゃんという存在は大きいのだ。
「グルルルッ!」
「またモンスター……。もう、いい加減にしてよ!」
まだ街までの距離は半分も進めていない中で、私の体力も限界が近い。
つまり、目の前のモンスターと戦う事は出来ないのだ。もしも戦えば私は殺され、残された焔ちゃんも殺される。
……そんなの許せるはずがない。
だからこそ、私は全力で走って逃げた。
軋む骨と、痛む体に無理をさせ、血を撒き散らしながらも泥臭く逃げたのだ。
「はぁはぁ、ふぅ。良かった、ようやく着きそう……」
「――あれ? 雫?」
「あ、起きたんだね。もうすぐだよ、焔ちゃん」
街が見える安堵からなのか、それとも焔ちゃんが起きたからなのか、私の体からは一気に力が抜けていき、その場に倒れこんでしまった。
意識は朦朧とするし、声は上手く出せない。
瞼もやけに重いけど、不思議とさっきまで味わっていた痛みはなくなっている。
これはつまり、私の体はもうじき終わるという予兆なのだと思う。
けど焔ちゃんを助けられたから、私はもう死ぬことも怖くはない。
「雫!? やだ、なにこの傷、それに血塗れで……もしかして私にアイテム全部使って街まで来たの!?」
「ご、ごめんね。焔ちゃん。わ、私もう……」
言葉が上手く紡げない。
目の前で死んでしまう事を謝りたいのに、そんな顔しないでって言いたいのに、私の口は動かない。
「えっ、待って。嘘だよね? 雫が死ぬなんて、嘘だよね? ダメ、いやだよ!」
私を見て涙を流し、必死に抱きかかえて街へと入ろうとしてくれている。
「大丈夫……また会えるから」
「雫!? 目を開けてよ! まだ間に合うから、街に着けばアイテムだって、買えるのに……私が、私の所為だ。呆気なくやられて、雫に助けられて、調子に乗ってた私の所為だ……」
もう言葉は出せない。
それでも、最後の力を振り絞り、私は手を伸ばして焔ちゃんの手を掴み、首を振った。
「焔ちゃんの所為じゃない」と示すように。
「ごめん、ごめんね。私もっと強くなるから、次は絶対に雫にこんな思いさせないから!」
まるで雨の様に私の頬に当たる涙と、子供の様に大泣きしている焔ちゃんの顔を見ながら私の意識は途絶えていき、やがて真っ暗な闇に包まれた。
 




