11話 『生きているものを殺すということ』
狼を目の前にして冷静ではいられず、ここから見える限りでは焔ちゃんは恐怖しているように見えた。
が、私の叫びが聞こえたのか、ハッと前を見た焔ちゃんは短剣を構え、寝ころんだままに狼の心臓へと突き刺している。
とはいえ、焔ちゃんが心臓を狙ったのではなく、偶然丁度いい位置に飛び掛かってきたからこそ、一撃で倒せたのだと思う。
狼が覆いかぶさって死んでいる中、重くて動けないのか、はたまた圧死したのか、一切動かない焔ちゃんの事が心配になり、駆け足で寄って行く。
「焔ちゃん! 大丈夫!? 生きてる!?」
「うー、気持ち悪い……」
今にも吐きそうな焔ちゃんをなんとか狼が消える前に引っ張り出したものの、顔色は非常に悪い。
けど、それは無理もない。
顔から太ももあたりまで血に塗れているし、臭いや重みもしんどかっただろう。
それに、なによりも初めて自分の手で生きている動物を殺したという事実が辛いはずだ。
「雫~、ポーション取って~」
「はい! もう準備してあるよ!」
狼が消え、血もなくなった事で焔ちゃんはある程度落ち着いたのか、回復アイテムであるポーションをゴクゴクと一気に飲み干している。
そして、飲み干すと同時に焔ちゃんの傷を負った部分が光り出し、たちまち回復していった。
傷の深そうな腕も多少時間が掛かったものの、綺麗に回復しており、心の傷を除けば全快という状態だ。
「……ふぅ。やっと落ち着いたけど、いやー、想像よりも結構心にくるものがあるね」
余裕そうに振舞っているけれど、手は震えているし、まだ本当に落ち着いてはいないのだろう。
でも、顔色はさっきよりもマシだし、もしかしたらポーションには精神を落ち着かせる効果もあるのかもしれない。
「そっかぁ。私に耐えられるかな……」
「うーん、考え方次第ってのもあると思うよ。私もしんどいし辛いけど、倒したことで私たちの糧にはなる訳だし、こう言うのは良くないと思うけど、殺し合う以上は弱肉強食の世界ってことだしね」
「それは、そうなんだろうけど……」
焔ちゃんの言葉を頼りに、頭の中で殺した後のことイメージしてみるが、やはりそう上手くはいかない。
あくまでもイメージはイメージでしかないのだ、
「優しい雫には難しいかもね。けど、私はこのまま進む気でいるし、雫が耐えられないなら、全部私が相手するつもりではいるよ」
「ううん。それは駄目だよ。私も戦うって決めた以上、最初は耐えられないし、頼っちゃうかもしれないけど、絶対に戦うから!」
焔ちゃんがずっと戦うのはやっぱり良い事とは思えない。
私が苦手だろうと、辛かろうと、一度戦うと決めた以上、焔ちゃんにだけ背負せるわけにはいかないのだ。
逃げるのは悪い事じゃないけど、ここで逃げるのはきっと間違っていると思うし。
「うん。雫の覚悟は分かったよ。でもあんまり無理はしないでね」
「ありがとね焔ちゃん! 私頑張るよ!」
意気揚々と言う私に対し、「ホントに大丈夫かなぁ」と呟く焔ちゃん。
けれど、すぐに心配する顔から変わり、一緒に戦えることを喜んでいる表情見せてくれるのだった
「えっ、もう街に戻るの?」
「うん。今日は初めてだし、あんまり無理したら駄目だよ」
それからというもの、ひとまず他のモンスターがやってくる前に動き出した私たちは、街に戻るか、まだモンスターと戦うかを話し合っていた。
当然私は戻るべきだと思うし、言ってもいるのだが、焔ちゃんとしてはまだまだ戦えるから帰りたくないといった感じだ。
「えー! 大丈夫だよ! ポーションで回復したし、ほら! 身体だってまだまだ動くよ!」
「だーめ。疲労なんてどこに溜まってるか分からないし、それに焔ちゃんは治ったとはいえ大怪我したんだから! ほら、また明日頑張ろ!」
「ぶーぶー。雫が私のお母さんみたいになっちゃったよ。ま、でも心配してくれてるのは嬉しいし、仕方ないから今日は帰ることにします」
少し不貞腐れながらも、私と歩幅を合わせる為に近くへと寄り、私はそれに合わせて先に手を繋ぐ。
なんとなく近くで温もりを感じたかったからだけど、それは流石に言う事はない。
けれど、いざ手を繋いだらなんだか照れてしまい、「えへへっ」と笑いかけて誤魔化してしまった。
でも、そんな私にも焔ちゃんは笑顔を見せてくれて、嫌とは思っていないことがなによりも嬉しかった。
それに、焔ちゃんの耳が少しだけ赤くなっているのも私は見逃さない。
照れてくれたのなら嬉しいものだ。
こうして、最初こそ距離がいつもより近くなったことで話辛い空気が出ていたものの、次第にいつも通りになった私たちは今日の悪かった点や、ドロップアイテムなんかを話し合いながら街へと戻っていった。
「いやー、一日も経っていないけどこうして見ると凄い人の数だなぁ」
「というか、多分私たちみたいに戦って戻ってきた人が多いんじゃないかな? 回復アイテムを使わなかったか買わなかったか分からないけど、傷を負っている人もいるみたいだし」
街に入ってみれば、外に出る前よりも人で溢れかえっていたものの、大概の人が数人で固まっているのを見る限りだとパーティーを組んでいるのだろうと推測する事が出来た。
また、既に周りとは違う装備に身を包んでいる人達も歩いているし、一日とはいえ、この世界に少なからず慣れてきた人たちも多いのだろう。
「ま、今日一日で大体の人がこの世界が現実って事に気付いただろうし、その上で賑わってるのは良い事だね! さて、それじゃとりあえず雫の使った弾を補充しに行こっか!」
「あー、それがね。今日はまだ良いかなぁ、なんて。ほら、今日全然稼げてないし……」
私の言葉に張り切っていた焔ちゃんは硬直し、次の瞬間には「確かに」と頷き始めた。
「でも少なくとも明日の戦いには足りそうなの? 無理だったら私の方はまだ最初に貰ったお金が残ってるし、買ってもいいよ?」
「ううん。大丈夫! 最悪私も短剣で戦うから! それに焔ちゃんにはその、今日の宿屋代も借りなきゃいけなさそうだもん」
「いやいや、借りるとかそういうのは大丈夫だよ! 私たちパーティーだし、っていうかもうこの世界じゃ一緒じゃないとやっていけないしさ、そういうのは気にしないで!」
「うぅ。ありがとう、焔ちゃん……」
宿屋代はひとまず焔ちゃんが出してくれることになったとはいえ、明日からはもっと積極的にモンスターを倒さないといけないかもしれない。
怖がっていたり、逃げてばかりいたら生活そのものが出来くなってしまうのだから仕方ない。
とはいえ、モンスターを倒しただけじゃお金はあまり手に入らないのも事実だ。
ドロップ品があるし、これを売ればどうにかなるかもしれないが、ある程度慣れたらイベント探しもするべきだと思う。
この世界にもゲームのような誰かから依頼を受けるというのがあるのかはまだ判明していないが、数日中には情報も集まるはずだ。
「それじゃまだちょっと早いかもしれないけど、宿屋行こっか!」
「そうだね。この人の量だと入れるか分からないし、早めに行っといたほうがいいかもね」
すれ違う人たちが喋っているのをなんとなく聞きながら少しでも情報を集めているうちに、私たちは一番最初に目に入った宿屋へと入った。
しかし、やっぱりと言うべきか人が多いために部屋が用意出来ないとのことで断られてしまったのだ。
それから時間はどんどん進んでいき、とっくに夜へと変わった時、ようやく私たちは一つの宿屋に泊まる事が出来た。
ぎりぎり一部屋でベッドが一つという形だけど、私たちからすれば問題は何一つない。
「はぁ。やっと休めるー!」
「街の中を結構歩き回ったし、もう足がクタクタだね」
部屋に入り、真っ先にベッドへと飛び込む焔ちゃんの近くに腰を下ろし、少しだけ身体を休める。
ただ、異常に疲れてしまっているのか、私も徐々にウトウトと眠くなってしまい、焔ちゃんに至っては既に寝てしまっていた。




