魔法大臣 コルン=エンハンス
「先ほどから黙って聞いていましたが、あまりにも人権を無視した一方的な要求ではありませんか?」
シルフィが目をつり上げて大臣に向かっていう。
「何を言う、平民が国営の食事処で働けるのだぞ? 破格の待遇だと思うが?」
「ラウルはそのようなこと、望んではおりません。」
「くっ、先ほどから生意気な。不敬罪で拘束してもかまわないのだぞ・・・。」
そこでビシネルさんが説明する。
「こちらは、ニルバーシュ伯爵のひとり娘、シルフィお嬢様でございます。」
「なに!? 何故、そのような者が平民と一緒におるのだ。」
「ラウルは私の婚約者です。将来の夫となる者を支えるのはあたりまえでしょう?」
「はぁ? 平民を夫にするだと!? 血迷ったか。」
話はまったくまとまる気配を見せなかった。見かねたラウルは初めて口を開く。
「失礼ですが、大臣様をなんとお呼びすればよろしいですか?」
それを聞いた大臣、顔を真っ赤にして再びラウルを睨みつけてきた。ラウルは少しおちょくりすぎたかと後悔した。しかし、名前も名乗らないのだから仕方がないだろう。
「貴様! 自国の大臣の名前すら覚えていないのか!」
「ラウル様、こちらはスフィア王国の魔法大臣、コルン=エンハンス様です。」
ビシネルさんが慌てて教えてくれた。
(え? この世界の人は大臣の名前を全員覚えているんか?)
ラウルの以前住んでいた前世では、政治家の名前など一般庶民は誰も知らなかった。まったく興味もなかったように思える。それが政治不信からくるのかはよく分からない。
ラウルは大臣の名前を聞いて、ふと気になったことがあった。エンハンス・・・。たしか、学園に通っていた頃にその家名は聞いたことがあるような・・・。ラウルが頭をひねって唸っていると、となりのシルフィが小さい声で教えてくれた。
『・・・ラウル、この人は学園にいたマルクの父親よ。あのAクラスの・・・。』
(!? あーーーー、何処かで聞いたことがあると思ったら、お嬢様に殴りかかってきたあの魔法剣士の父親かよ! てことは、このオッサンは侯爵家当主様か・・・。)
ラウルはやっと納得したように、頭を縦になんどか上下させた。
「コルン侯爵さまとお呼びしても宜しいでしょうか?」
「ふむ、わしが侯爵家の当主と知っていたか。」
「はい、あなたのご子息に殴られましたからね・・・。よーく、覚えております。」
「なに?」
侯爵様は、突然のラウルからの言葉に、一瞬戸惑いをみせた。ラウルは少し口の端をあげて話し続ける。
「お嬢様に手を挙げる男が、まさか侯爵家の嫡男だったと知ったときには驚いたものです。」
「なっ!? その話を何処で・・・?」
「その殴られそうになったお嬢様が、今隣に座っているシルフィお嬢様なのです。その時に庇って殴られ、無様にも失神してしまった男が俺です。」
正直、マルクにはまったく恨みなどはない。むしろ、クラス対抗 魔法大会で見所のある奴だと見直したくらいである。しかし、この場では侯爵様にとっては都合の悪い案件となるだろう。ラウルはあえてその話を持ち出したのである。
「なっ・・・。あの件はすでに謝罪をして終わった話だろうが。」
「お嬢様には謝罪はありましたが、俺にはまったく何の話もありませんでしたけどね。」
「あの時に息子が殴ったのは奴隷だったと聞いている!」
「ええ、当時の俺は奴隷でしたから。」
「馬鹿か! 貴族が奴隷に頭を下げるわけなかろうが!」
そこでシルフィが間髪を入れずいった。
「そうですわね。あの時、ラウルには謝罪をしてなかったですわ。ラウルはあれから自らの力で奴隷から解放され、平民の身分を勝ち取ったのです。そして、今では私の大切なお方です。改めて、ラウルに謝罪を要求しますわ。。」
「なっ・・・、元奴隷に頭を下げろというのか? そんなことできるわけがなかろう!」
「そうですの? それでしたらあなたの息子に手を挙げられて、あやうく傷物にされかけたと広く国内に噂を広めますわよ? 婦人のお茶会で毎回語ってまわりますわ。」
「なっ・・・。」
「それが嫌なら、ラウルのお願いを少しばかり聞いてくださらないかしら・・・?」
シルフィが目をつむってドスのきいた声で言い放った。
(怖い、マジ怖いんですけど。シルフィは奥様に似てる?)
ラウルはその様子を隣で小さくなりながら聞いていた。シルフィからはかすかに殺気まで感じられる・・・。奥様も怖いと感じていたが、シルフィもその血を継いでいそうである。
今がチャンスだと考えたラウルは、交渉に入ることにした。
「侯爵様、国営の食事処で働かせる話ですが、申し訳ないのですが断らせていただきます。代わりといっては何ですが、そちらのお店にうちのパンを作るのを許可しても良いですよ。パンの作り方も教えます。ただし、パン作りに必要な材料をうちの店から購入していただきます。」
ラウルは前世であったフランチャイズのシステムを導入するつもりである。
「く・・・、良いだろう。ただ、国営の食事処という話は嘘だ。本当は、侯爵家が経営する食事処になる・・・。」
「え・・・。」
ラウルは呆れた。このおっさん国営の店だと嘘をついて、本当は自らが経営する店で柔らかいパンを独り占めする魂胆だったようだ。




