伯爵令嬢 シルフィ様
ここはニルバーシュ伯爵領の領都。貴族街を一台の馬車が屋敷に向かって走る。ラウルを乗せた馬車は高級住宅街をただひたすら走る。領都でもっとも高台にある超が付くほどの豪邸で、ラウルは降ろされた。
「おかえりなさいませ、イブ様。」
出迎えたメイド達が全員頭を下げる。
「ただいま戻りました。メイド長はあとで私の部屋へ来るように。」
「かしこまりました。」
それだけ言うと、イブ様は屋敷に入っていく。ラウルは慌ててその後ろを追いかけた。
イブ様の部屋で俺はメイド長に紹介された。
「新たに使用人として雇いました。インベントリスキルを持っているので、荷物持ちとしてシルフィの側に仕えさせなさい。」
「え、しかしこの者は男性ですよ? お嬢様の身の回りの世話をするのは侍女がよろしいかと存じます。」
「誰が世話をさせろと言いましたか? 荷物持ちとしてただ側に立たせておけばよろしいのです。動く鞄だと認識しなさい。もちろん、シルフィに話しかけることも禁止します。」
(俺はカバンらしい。)
伯爵令嬢ともなれば、荷物を持つのも禁止されることもある。普段は侍女が手荷物を持つのだが、インベントリスキルを持っているラウルはカバンとして側に仕えさせるらしい。
その後、ラウルはメイド長に連れられて、自身の部屋まで案内された。なんと言うことだ、ここでもラウルは自身の部屋を持つことを許されるらしい。神様ありがとう。
部屋は4畳ほどで机とベットしかないが、俺には十分すぎる大きさだった。
次の日からメイド長による教育が始まった。
この教育は非常に簡単だった。昔同じ教育を受けたことがあるのかわからないが、体が勝手に動く。体は貴族だった頃を記憶しているのかもしれない。貴族としての歩き方、立ち方、座り方、跪き方、挨拶の仕方、ドアを開ける動作や閉める動作。全てにおいてラウルは完璧にマスターした。
「あなた・・・、一度言うだけで恐ろしく吸収していくのね・・・。以前にも貴族の屋敷で働いたことでもあるのかしら?」
「いいえ、そのような経験はありません。メイド長の優秀な教育の賜物です。」
「上手いこと言うのね。いいわ、そろそろお嬢様に紹介することにします。付いてきてください。」
「はい。」
こうしてラウルは、これから仕えるであろう相手、伯爵令嬢のシルフィ様にお目通りすることとなった。
しばらく廊下を歩いていくと、一つの部屋の前で立ち止まる。部屋の前には護衛の男がひとり立っていた。コンコンとノックをした後、部屋の中に向かってメイド長が話しかける。
「シルフィ様、新しい使用人を連れてまいりました。」
「はーい。どうぞー。」
中から、明るい声が聞こえた。
中に入ると、そこには見惚れるほど美しい女性がこちらに向かって立っていた。壁際には侍女と思われる女性がひとり立っていた。護衛の男性は一緒に部屋に入って来ると、何故か俺をジロリと睨んでいる。警戒されているのだろうか。
「シルフィ様、あたらしく使用人として雇ったラウルです。この者はインベントリスキルを所持しており、お嬢様のお荷物をすべて引き受ける者です。外出の際は常に一緒に行動することになるかと思いますが、ただの荷物持ちとして接するようにお願い致します。」
「荷物持ちですか・・・、そうですね買い物の時などは荷物がかさばって困ることもございます。その様なときには収納していただけるのですね、助かります。よろしくお願い致します。」
お嬢様は小さく頭を下げた。
「お嬢様、この様な者に頭を下げる必要はありません。ただの収納カバンとお考えください。この者から話しかけることも禁止されておりますので。」
「そんなぁ・・・。」
お嬢様は少し悲しそうな顔をする。
「お嬢様、使用人とはいえこの者は奴隷であります。本来ならば、お嬢様のおそばに近づくことすら許されない立場の者です。」
「奴隷・・・。」
お嬢様はまた悲しそうな顔をする。ラウルは奴隷と知られることで、この娘とも距離を置かれるだろうと考えていた。当然である。
「奴隷って・・・、あなたの今までの人生、辛かったのでしょうね。これからはこの家で幸せになっていただくために私もこの家の娘として努力して参ります。」
しかし、このお嬢様は奴隷だからと言って蔑んだような態度は取らなかった。本当に心の底から幸せになってほしいと願っているような、そんな気遣いを感じることができた。
ラウルは、この娘に仕えることになって幸せかもしれない。
「メイド長、今後、この者について奴隷だからと差別するような発言は禁止します。同じ使用人として平等に接してください。十分に注意するように。今回のことは、お母様にも報告しておきますからね。」
「申し訳ございません。」
お嬢様はメイド長を叱りだした。
「ラウル、明日は学校があります。早速荷物をお願いすることになるかと思います、よろしくお願いしますね。」
「はっ、畏まりました。」
ラウルは深く頭を下げた。荷物持ちを完璧にこなしてやろうと心に誓ったのであった。
(俺から話しかけるのは禁止らしいが、お嬢様から話しかけられた場合、返答しても良いのだよな?)