第2話 「奴隷商と、知らなかった世界」
盗賊団から引き離されて数日が経った。
ラウルは、静かに混乱していた。
──ここは本当に奴隷の生活なのか?
朝昼晩の食事が与えられる。
硬いながらも、ひとりで眠れるベッドがある。
簡易とはいえ個室まで用意されている。
桶の水で身体を拭うことも許され、汚れた服は新しいものに替えられた。
そのどれもが、彼にとっては信じられないほどの待遇だった。
気がつけば、天国みたいだと思っていた。
「……可哀想に」
静かな声が背後から聞こえた。
奴隷商人の男が、深く同情を滲ませた眼差しでラウルを見ている。
「盗賊に囚われていたのですね。……本当に、よく生きていましたね」
優しさのこもった声音に、ラウルは胸の奥がざわついた。
こんなふうに向けられる慈しみは、今まで一度だってなかった。
「この王国では、奴隷であっても最低限の生活は法律で守られています」
少しの間を置いてから、男は続けた。
「……ですが、それだけでは足りない。せめて、心が壊れないようにと」
その言葉は、あまりに温かかった。
ラウルは戸惑いながらも、少しずつ心を開き始めていた。
*
ある日、奴隷商人に連れられ、教会へ向かうことになった。
教会へ足を踏み入れた瞬間、ラウルは息を呑んだ。
純白の壁に包まれた大広間は、まるで光そのものが形を持って立っているかのようだった。
高い天井には複雑な紋様が刻まれ、静寂の中にかすかな祈りの気配が漂っている。
そして──何より目を奪われたのは、窓から差し込む光だった。
高い位置にある細長い窓から、何本もの光の筋が真っ直ぐに落ちてくる。
陽光が空気中の埃を金の粒に変え、まるで天から降りる道がそこに描かれているかのように見えた。
光の線は床の大理石に柔らかく広がり、白い空間をさらに清らかに染め上げていく。
そのすべてが静かで、温かく、威圧ではなく包み込むような神聖さを持っていた。
砂埃まみれの薄暗い洞窟と、同じ世界の光景とは思えなかった。
「ここでは、生まれ持ったスキルを神が示してくださいます。
難しいことはありませんから、安心なさってください」
奴隷商人は優しく微笑み、ラウルを個室へと案内した。
室内には神像が立ち、その足元には魔道具と呼ばれる石板が置かれている。
祈りを捧げて石板に触れれば、それでよいと教えられていた。
ラウルは神像の前に跪き、静かに目を閉じる。
祈った瞬間──ふっと意識が遠のいていった。




