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前世の記憶を思い出した。


「おい、酒を出せ。」

「はい。」


 ラウルはインベントリ内に収納していた酒を、樽ごと目の前に出す。


「くっくっく、今日の獲物はなかなか高く売れたぜ。」

「ボス、あの女と今夜たのしませてくださいよー。」

「ふはははは、いいぜ、野郎ども久しぶりの女だ、存分に楽しむがいい!」

「うっひゃー、やったぜ!」


 今日も目の前で女達が襲われていく。年なんか関係ない、まだ少女と思われるような小さな女の子でさえ酒のつまみに回されていく。


 小さい頃から、これが普通だと思っていた。


 金は盗むもの。

 女は襲うもの。

 男は殺すか奴隷として売る。


 少年は心が死んでいた。

 感情というものはとうに捨てていた。

 まともな精神でいられるはずもなかった。


 突然、それはやってきた。


 火の玉が、弧を描いて飛んでくる。そして盗賊の体にあたってはじけた。

 魔法であった。


 同時に雪崩れ込んでくる数名の男達。


 一瞬で、目の前の男の体が真っ二つに切り裂かれる。

 あちこちで叫び声が聞こえる。


 冒険者達が盗賊の討伐にやってきたのだった。


 この世界には、冒険者と呼ばれる職業があった。冒険者ギルドから依頼を受け、体一つで魔物に立ち向かっていく勇敢な者たちだ。被害者の誰かが盗賊の討伐を依頼したのだろう。


 盗賊の生き残りは、犯罪奴隷として売られていった。

 ラウルは、無理矢理に従わされていたという事になり、情状酌量の余地があった。結果的には今までと何も変わらなかった。奴隷として奴隷商人に売られたのだった。





 今までと何も変わらないと思っていた。しかし、それは間違いだった。


 ここは天国だろうか?

 

 食事は朝昼晩毎日出る。奴隷なのに個室がある。ベットもある。部屋にトイレもある。新しい服も着させてもらっている。毎日、桶に水をはって体を拭くことだって可能だ。


 こんな待遇、いままで受けたことがなかった。

 ラウルは、奴隷商人に感謝の言葉を贈った。


「可哀想に・・・。奴隷だとしても、この王国では法律で最低限の生活は保障されるのです。いままで盗賊の奴隷として酷い目にあってきたのですね・・・。」


 どうやら、いままでがおかしかったらしい。

 ラウルは少しずつ奴隷商人に心を開いていった。





 ある日、ラウルは奴隷商人に連れられて教会にやってきた。

 初めて訪れたその場所は真っ白で大きな建物だった。


 そこでは自身が身につけているスキルなどを、神から教えてもらえるらしい。ラウルはインベントリスキルを持っていることは商人には伝えてある。しかし、まだ知らないスキルを持っている可能性もあるので、奴隷は全員教会に一度は連れてこられるそうだ。


 神に祈りを捧げてから、魔道具と呼ばれる物を触れると自身のスキルが表示されるらしい。自分のスキルは本来ならば秘匿するべき情報なので、他の者には知らされることはない。魔道具に触れるときは一人だけ個室に入ることになる。


 ラウルは個室に入り、神様の像の前で跪き祈りを捧げる。

 するとラウルの意識はそこで途切れた。


(え?)


 気がつくと、周りは一面雲が広がっていた。足下にも真っ白な雲。そこに何故か立っていた。


「突然呼んですまなかった。」

 

 声がかかった。ラウルは声の方を振り返ると、そこには神様のような者がいた。実際に、自己紹介されたわけではないので、本当に神様なのかはわからない。


「えっと・・・、あなたは?」

「神である。」


 神だった。

 神は話し始めた。


「そなたは実は異世界より私が呼んだのだが、手違いで奴隷に落ちてしまったのじゃ。本当なら、貴族として生まれ前世の記憶を利用して国王にまでなる予定だったのだが・・・。」


 どうやら手違いがあったようだ。


 その貴族の両親が、まさか盗賊に襲われて殺され、子供は奴隷としてこき使われるとは思ってもいなかったらしい。そして、ショックのあまり前世の記憶も失っていたらしい。気がついたときにはもう手遅れだった。すぐに冒険者を差し向けて救い出したのだが。


「それでお詫びとしてはなんなんだが、記憶を取り戻すのはもちろん、もうひとつ希望のスキルを授けようと思う。何か希望はあるか?」


 どうやら、インベントリスキルも神から授かったものらしい。

 それに加えてもうひとつ授けてくれるらしい。


 ラウルは思った、もう命の危険があるようなことは嫌だ。冒険者になるのも、勇者になるのも嫌だ。もっと平凡に幸せに暮らしたい。


 そうだ、商売人なんかどうだろうか? インベントリスキルがあれば、手ぶらでいろいろな場所にも行くことができる。荷物を馬車で運ぶなんて事も必要がない。俺は商売人が向いているのではないだろうか? 商売人に必要なスキルとしては・・・【鑑定】スキルではないだろうか。


「神様、可能でしたら【鑑定】スキルを授けていただきたいです。」


 ラウルは願った。


「わかった、授けよう。そなたに良い出会いがあることを願う。」


 そこでラウルは目が覚めた。


 そして、前世の記憶も全て思い出したのである。

 ラウルは地球という惑星の中の、日本という島国に生まれた。病気で死んだと記憶している。名前は【鈴木 はじめ】、18歳で死んだはずだ。


 そしてこの世界での名前はラウルという。家名はあったが、今は奴隷だ。ただのラウルである。


(あ、しまった。スキルをもらうより、奴隷から解放してもらうべきだった。)


 後の祭りである。




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