第1話、「盗賊団の闇の中で」
「おい、酒を出せ。」
「……はい。」
ラウルは淡々と返事をし、インベントリから酒樽を取り出した。
樽が地面に落ちる鈍い音が、湿り気とカビのにおいが染みついた洞窟に響く。
薄暗い篝火の赤だけが、盗賊たちの顔を照らし出していた。
「ふっ……今日の獲物は、なかなか高く売れたな。」
ボスは声を張り上げるでもなく、唇の端をゆっくり持ち上げただけ。
それだけで、周囲の空気がひやりと冷える。
凶暴さを飾り立てる必要がない男だった。
「ボス、あの女……今夜は楽しませてもらっていいっすよねぇ?」
「好きにしろ。」
「よっしゃぁ……!」
盗賊たちが下卑た笑い声を上げる。
暗がりの奥では、捕らえられた女たちが震える肩を寄せ合い、怯えた瞳だけが光っていた。
幼い娘さえ混じっている。
その光景を見ても、ラウルの胸は何ひとつ動かない。
もう揺れない。
揺れなくなった。
金は奪うもの。
女は汚すもの。
男は殺すか、奴隷にする。
盗賊団に拾われて以来、それだけが世界の全部だった。
心はとっくに死んでいた。
……しかし、その閉ざされた日常は、あまりにも唐突に終わる。
「……ん?」
ボスが眉をひそめ、周囲の空気がわずかに震えた瞬間。
洞窟の入口に、赤い光が走る。
次の呼吸の間に——
火の玉が闇を裂き、唸りを上げて飛び込んできた。
ドッ——ンッ!!
爆炎が弾け、盗賊の一人が悲鳴すらあげられず燃え崩れる。
「なっ、なんだ!?」
耳鳴りの中、ラウルは入口のほうに目を向けた。
揺れる炎の向こう、複数の影が踏み込んでくる。
装備の金具がわずかに光り、鋭い殺気が洞窟を満たした。
冒険者だ。
剣が閃き、一人の盗賊が縦に裂かれる。
叫び声と鉄の音が交錯し、血の匂いが湿った空気に一気に広がった。
「ぎゃああああ!!」
「ひっ、ひぃ……!」
刹那で戦況は決した。
魔物を狩る彼らにとって、盗賊など敵ではない。
ほどなく盗賊団は壊滅し、生き残った者は犯罪奴隷として縄に繋がれていく。
ひとり、ラウルの前に立った冒険者が、険しい表情でつぶやいた。
「……こいつ、命令に従うだけの子供か。抵抗の意思は……ないな。」
その視線には侮蔑も哀れみもなく、ただ事実を見極める冷静さだけがあった。
ラウルは処刑を免れた。
しかし——
待つのは救いではない。
彼はそのまま、奴隷商人の手に引き渡されることとなった。




