08 魔女。
朝食というよりブランチをとる前に、ギルド会館でクリスタルの換金をしに行った。そのお金でブランチをとろう。
私も火事になっている街にいたものだから、煤だらけだった。
先ずは帰ろうかしら。
白いブラウスも灰色にくすんでしまって、顔にも煤がついていると思うと洗いたくなる。
「おかえりなさい。ドレイク討伐、ありがとうございました」
煤のおかげでナルファイの街から帰ってきたと丸わかり。カウンターの受付の女性に微笑みかけられた。
「わぁ、大きいですね。大物を倒したようで、流石は【野良の戦士】です」
二つのクリスタルを渡せば、無邪気そうに感想を言われる。
本当はもっと狩ったけれども、拾えなかったから仕方ない。他の誰かが、拾っただろう。
「あの。私、異世界から来てまだ二ヶ月くらいしか経っていないので、よく知らないのですが。街の襲撃ってよくあることなんですか?」
「えっ!? 異世界から来てまだ二ヶ月で、銀の冒険者になったんですか!?」
想像以上に受付の女性が驚いたものだから、私は震えてしまった。
そんな大声を出さなくてもいいではないか。
「あ、大きな声を出してしまい、申し訳ありません。質問の答えは、いいえです。モンスターが集団になって街に襲いかかる場合は」
「大抵は魔女が裏に潜んでいるんだよ」
女性の声を遮るように、後ろから声をした。
振り返れば、水色かかった白銀の髪の青年が立っている。見覚えがあった。というか、ブルーノさんによく似ている顔立ちだ。アーモンドの瞳は、海の底のように深い青色。睫毛も水色かがった白銀。その瞳を細めれば、下向きの長い睫毛に隠れてしまいそうになる。
「……魔女?」
「そう。人の子を食べてしまう醜い存在のことだよ。【野良の戦士】」
青年は言いながら歩み寄った。
人の子を食べる、と聞いて顔を歪めてしまう。
青年がクスリと笑った。
「君は何者なのかな?」
近すぎる。そう思っていれば、耳元で囁かれた。
「風の魔法を連発したあとからも、あんな広範囲に治癒魔法を使えたのはどうして?」
見ていたのか。
でも待て。風の魔法を連発していたことを知っているということは、尾けていたのか?
「これ、君が狩ったドレイクのものだよ」
「っ……」
尾けていたのだ。肯定するように、クリスタルが二つ渡された。
何者だ? こっちのセリフだ。
風の魔法で移動にも尾いてきて、見ていたなんて。何が目的なんだ。
「アイオライド。ブルーノのいとこだよ。アルコバレーノの一員でもある」
「!」
青年は名乗って手を差し出した。その右手首には、金のリング。
いとこ。通りで似ているわけだ。そして焦った。アルコバレーノに、そのことを話されては困る。とぼけたことを追求されるかもしれない。
「二匹のドレイクを立て続けに狩った姿を見て興味が湧いてね。面白そうだから、見ていたんだ」
「……そう、ですか」
全然気付かなかった。
握手をして、私は笑いかける。
「ああ、他言してほしくないって顔しているね」
「……私は魔力が多い質みたいです。でも目立ちたくないので伏せてください。お願いします」
「ふーん。精霊に頼むと力を貸してもらえるほどに多いだね?」
ああ、精霊に頼んだ声も聞いてしまったのか。
私は曖昧に笑って、渡されたクリスタルを換金してもらった。
そのまま立ち去ろうとしたら「またねノラ」とアイオライドさんに見送られる。
「まずいまずいますい」
私はエメを拾い上げて、街中を歩いた。
「アイオライドっていう青年に見られていた」
「いたな。見ていた人間が」
「気付いていたの!?」
小さい姿でも喋れることに、ギョッとする。
可愛い見た目に反して、低い声だ。
「食い殺してやろうか?」
「そこまでしなくてもいいから。物騒すぎるわ」
可愛いもふもふの姿なのに、恐ろしい発言だ。
そうするとお腹が鳴った。ブランチをとるか。
私は食堂へと足を早めた。
「おや、珍しい時間に来たね。今帰りかい、煤だらけで」
開店したばかりの食堂に出迎えたターニャさんは、私を見て笑う。
すぐに「何にする?」と注文をとる。
お腹が空いたので、がっつり食べようとステーキを注文した。
時間をかけてゆっくりと、肉汁が滴るステーキを平らげる。
今日の狩りは休むことにして、家に帰った。シャワーを浴びて煤を洗い流す。そして仮眠を取ろうとベッドに横たわったのだけれども、目は冴えていた。
「……エメ。魔女ってモンスターを差し向けることが出来るの?」
問うと、すぐ横で緑の煙が湧き、それを突き破るようにして男の人の姿のエメが現れる。大の男の人とベッドで並んで横たわる形になるのは、ちょっと落ち着けない。相手がエメだとわかっていてもだ。私は起き上がって、ベッドの上にあぐらをかいた。
「クリスタルに魔力を注いでモンスターの姿にさせることが、魔女には可能だ」
エメはこちらを向いて、答えてくれる。
「その魔女の目的は何?」
襲う目的は何かと問う。
「大抵は混乱に乗じて子どもを攫うらしい。そして食らうそうだ」
「……この世界の魔女は、モンスターより怖いのね」
ジャクリーンが攫われなくてよかった。
でも他の子どもが攫われたと思うと顔をしかめてしまう。
「醜いって聞いたけれど、もしかしてイボだらけの顔をしているの?」
「いいや。まるでその精神を表すようにおぞましく禍々しい姿をしている。人間のそれとはまた違う。オレのように人間の姿に変身は出来ないし、お前のような肌を持つ魔女は一人としていない」
エメの手が伸びて、私の頬に触れた。
頬の柔らかさを確かめるように、親指の腹を軽く食い込ませる。
エメの爪は黒くて、尖っていた。それで傷付けないようにしながら、撫でてくる。
ちょっと照れるな。エメとはいえ、男の人に触られるのは。
「魔女ハンターという職業がある。きっと今回の魔女を今頃追って、子どもの救出をしているはずだ。だから気にすることなく、眠ったらどうだ? 魔力が完全に回復するまでまだ時間がかかるはず。今日の狩りを休むなら、ちゃんと身体を休めておけ」
「うん。じゃあ、その、元の姿に戻って」
魔女ハンターがいるのか。それは一安心出来る。
エメの言う通り眠ろうとしたけれど、その前にエメに元の可愛い姿に戻ってもらおうとした。
「この姿じゃだめなのか?」
「……いえ、別に」
「声音が違ったぞ、今」
男の人の姿だと困るということを悟られたくなくて嘘をついたら、声が裏返ってしまったのだ。指摘されてしまうのも無理はない。
「気に入らないのか。この姿」
エメのお尻の方で、尻尾が一振りされた。
「いえ、いいと思うわ」
獣耳に尻尾のイケメン。これはこれでいいと思う。
けれどもベッドの上で一緒に寝ていいかどうかは別だ。
「じゃあ何が気に入らない?」
イラついた様子で、エメは問う。
幻獣のエメからすれば、どの姿でいようとも同じなのだろうか。
大きくても小さくても、人間に近い姿でも、私に寄り添う。
私はもふもふすることは出来ても、この姿のエメに腕を回して眠ることは出来ない。
「はっきり言わせてもらうと……異性だから、寝にくいのよ」
「は?」
正直に話せば、エメは鋭い眼差しの目を大きく見開いた。
「何を馬鹿なこと言っているんだ。オレはお前に仕えてやっている幻獣にすぎない。全く、馬鹿じゃないのか」
明らかに動揺を見せて、エメはそっぽを向いた。そしてボンッと煙を撒き散らしたかと思えば、元の小さな子犬サイズになる。
「これでいいだろう。さっさと寝ないか」
「ありがとう、エメ。おやすみ」
「フン!」
息を吐き捨てるエメに腕を回して、私は横になった。それから目を閉じる。
けれど、そう言えば精霊に力を貸してもらったお礼を言い忘れていることに気が付いた。
「精霊様。力を貸してくださり、ありがとうございました」
そう囁くように言って、少しして眠る。
ポッと光の玉が、部屋に充満していることも知らず。
◇◆◆◆◇
ドレイク事件の夜。
冒険者が招集されたギルド会館前。ノラのすぐ後ろに帽子を深く被ったタンザナイトとアイオライドがいたのだった。
幻影の魔法を駆使して、タンザナイトは時折城を抜け出しては、アイオライドと共に冒険者の仕事をしていたのだ。その実力は、アイオライドと同じ金のレベル。
そしてナルファイの街に転移して、間も無くドレイクを二体討ち取ったノラを目撃。
顔を合わせただけでアイオライドは、タンザナイトが言うよりも早く行動に移す。風の魔法で移動するノラを追ったのだ。幸い、アイオライドは風の精霊と契約を結んでいた。だから、追うことは容易かったのだ。
そして、一際大きなドレイクと対峙するノラを見た。
臆することなく、挑んで叩き斬ったノラが、精霊に向かって頼み込む声も聞く。
地面に手をついて俯いたかと思えば、次の瞬間には地面に光が広がった。
その光は、どこまでも広がってしまいそうだったが、半径五百メートルほどで留まる。それが広範囲の治癒魔法だと気が付いたのは、彼女が巨大化したエメに倒れ込んだあとだった。
一際大きなドレイクにやられて倒れていた冒険者や衛兵隊が、起き上がったのだ。傷は全て治ってしまっている。
それを見たタンザナイトは、アイオライドと協力して、その場の鎮火をするために魔法で水を降り注いだ。
エメの周囲は避けた。生存者が遺体を運んでいる最中、タンザナイトはエメが守るノラを見つめる。
「何者なんだ?」
力なくエメに凭れているノラに問いかけても返事はない。
エメは近付くことは許さないと、歯を剥き出しにして警告する。
「面白そうだ」
アイオライドは目を細めて口角を上げた。
「残りのドレイクを狩ってこよう」
「……そうだな。まだ街が燃えている、鎮火もしよう」
そう長くは見つめていなかったアイオライドが持ちかける。
タンザナイトは頷いて、その場を離れた。
生存に喜び泣く者、死者を嘆き悲しむ者、それらがいるこの場を。
そして、入れ違いにアルコバレーノ一行が来たのだった。
20180205