09 悪戯な笑み。
翌朝、朝食をいつものパン屋さんで購入。食べながら精肉店で生肉を買い、エメに与えた。その足で、大図書館に入る。エメは扉の前で待つ。
「何のご用でしょうか?」
「私が承ります」
「いえ、私が」
入るなり、妖精達がこぞって来た。
何人もの妖精が私に用を言いつけてほしいと、目を輝かせている。
困っていると、私と妖精の間にポッと白い光が灯った。
途端に妖精達はしょげた様子で、引き下がる。精霊に怒られたみたいだ。
全員いなくなると困るのだけれど、と思いつつも、自力で魔導書を探そうと踏み出した。
すると、光の玉が案内をしてくれる。それで中央に置かれた棚に辿り着いた。全部、魔導書のようだ。「ありがとうございます」とお礼を伝えると消えた。
どの魔導書を選ぼうか。たくさんあるから、迷ってしまう。
一昨日見た風の魔導書にしようか。それとも水の魔法を覚えるために、水の魔導書を探すか。やっぱりここはアドバイスしてくれる人が欲しいところだ。いっそのこと手当たり次第で習得でもしようか。
背表紙に様々な名前が書かれた魔導書を前にして、うーんと唸っていれば、鼻の先にポッと光が現れた。また精霊が教えてくれるのかと思ったけれども、違う。ふわーっと宙を泳ぐように移動した光の玉を追うと、歩み寄る人が目に入った。
「あっ、殿下」
「やぁ、ノラ。また会ったね」
タンザナイト王子だ。
キラキラとした青紫色の髪と同色の瞳を持つ同い年くらいの男性。これまたとても整った顔立ちをしていて、魅力的。そんな彼に、深々と頭を下げてみせた。
「今日も魔法の習得に来たのかい?」
「はい。殿下。……その、どれから習得すればいいか、迷っていたところです」
ちらりと見てみれば、本棚と本棚の間に立つ私と王子を挟むようにして、騎士が前後に立っている。他の者は立ち入らせないと言った風に、こちらに背を向き周囲を見回していた。
「学園なら順番に教えてくれるものだからね。迷っても仕方ない。私が教えてあげようか?」
「いえ、殿下の手を煩わせるわけにはいけません」
「名前」
妙なシュチュエーションになったと思っていれば、王子はにこりと笑う。
「はい?」
「名前で呼んでくれ」
「……タンザナイト殿下?」
「いいや」
フルフルと首を振る王子。
「タンザナイト……?」
「それがいい」
王子は笑みを深めて頷いた。
いや、だめだろう。王子を呼び捨てにしてはいけない。
私は前後を見た。騎士達はこっちを見ようとしない。
助け舟はなさそうだ。
「いいじゃないか。二人きりなんだ。そう呼んでくれ」
綺麗な顔を近付けて、王子はそう囁いた。
うっ。そんなアイドル並みにキラキラしたお顔を近付けないで。
「わかりました。……タンザナイト」
「うん。それではオレのお勧めの魔導書を」
あ、一人称、素だとオレなのか。
ドキマギする胸を押さえつつ、本を探すタンザナイトの手を目で追う。
高い位置にあった本を指差すと、妖精がそれを取ってタンザナイトに渡してくれた。
妖精に「ありがとう」と言うと、タンザナイトは左耳に髪をかける。
「おいで」
手を引かれて、習得部屋に連れていかれた。
ちょうど誰も利用していないそこの台に、分厚い本を乗せる。
「風の魔法も上手く使えるようになったのだから、きっとこれもすぐに上手く使えるだろう」
「そうですか。……ん? なんで、風の魔法を覚えたことを……え?」
何故風の魔法を上手く使えるようになったことを知っているのだ。
「さて。何故でしょう?」
悪戯っぽく笑いかけるタンザナイトは、台の上に頬杖をついた。
なんですか、それ。可愛すぎる。イケメンで可愛いとか反則だ。
「な、何故ですか?」
「ふふふ。これから習得しよう」
笑うだけで答えてくれないタンザナイトが、ページを開いて指を差す。
そこに書かれていたのは、水の魔法だった。水の魔導書ってことだろう。
書かれている呪文を唱えた。前回と同じ、唱え終わると足元に魔法陣が浮き上がる。あとは「アクータ」と唱えると発動出来るそうだ。
「次はこの呪文を読んで」
「え? でも、続けて覚えるのは、魔力を消耗してしまうと聞きましたが」
「大丈夫。ノラは魔力が多い質なんだろう?」
また頬杖をつくタンザナイトが、笑いかけてきた。
「! ……アイオライドさんに聞いたのですか?」
彼しかいない。
「惜しい」
しかし、そうではないらしい。惜しいとはどういうことだ。
私が怪訝な顔をしていれば、タンザナイトは本をトントンと指差して促した。
王子だって暇ではないはず。ちょっと付き合えば、帰るだろう。そう思って書かれている文字を読み上げた。水の柱を作り上げる魔法らしい。ブンッと魔法陣が足元に現れる。
「次はこれだ」
「ええ……」
思わず声を漏らしてしまう。次のページを開いて、トントンと叩く。
仕方なくもう一度、読み上げた。その魔法は、水の球を作り出して攻撃するもの。またブンッと魔法陣が現れる。
「次」
またページを開いて、タンザナイトが促す。
私はまた読み上げた。今度は水の檻を作り出す魔法だと書いてある。これは大量のモンスターを相手する時は、使えそうだ。また光の魔法陣が現れる。
すると他の光が、現れた。精霊らしき光の玉がページを捲らせることを遮るように留まる。タンザナイトの手が捲ろうとした。私はサッと手を置く。
「もう魔力切れです」
「……本当かい?」
タンザナイトは、いわくありげな笑みで尋ねた。
「何故……疑うのですか?」
「何故でしょう?」
「……」
ダラダラと汗をかいてしまいそうだ。
のほほんとしているけれども、タンザナイトには何もかも見抜かれている気がする。【聖女】だと、バレてしまっているかもしれない。
でも、精霊は彼と知り合わせたし、別にバレてもいい相手なのではないか。しかし、今は隠すように止めに入った。
あ、騎士がいるからだろう。後ろに視線を向ければ、驚いた表情をしていた。次々に魔法を習得したからだろうか。他の人に勘付かれることは避けるべきだと、精霊は言いたいのだろう。
「もうこれくらいにしておきます。タンザナイトは、まだ時間があるのですか?」
「ああ。あるよ。どうして?」
「魔女について調べたいのです」
私が答えると「ごほん」と騎士の一人が咳払いした。
「殿下。失礼ですが、お時間が」と声を潜めて伝える。
けれど、タンザナイトは手を上げて制止した。
「先日のドレイク事件が気になるのかい? 魔女ハンターが黒幕を追っているはずだよ」
「知っておきたくて。冒険者も知っておいた方がいいでしょう? でも時間がないのなら……」
騎士に迷惑をかけたくないから、私は帰ることを促そうとする。
いやいや、とタンザナイトは首を振る。キラリと髪が光った気がした。
「魔女には、火が有効だよ。ノラ」
「火……ですか?」
「そう。火やぶりが一番だ。身体を焼き払わないと、復活する魔女もいる。覚えたての水の魔法は、残念ながら効かないよ。ハンターは先ず首を刎ねてから燃やすそうだ」
なるほど、と私は頷いて見せる。
「明日火の魔法を習得しよう」
「え? 明日、ですか?」
「そう、明日だよ。同じ時間」
別に予定はない。だからと言って、またタンザナイトに付き添われて魔法の習得をするのはどうかと思う。なんだか心臓に悪い。
「それともオレなしで魔法習得するつもりなのかい? さみしいことを言わないでくれ」
捨てられた子犬みたいな目をしてきた。
うっ。そんな目のイケメンに見つめられたくない。
「……わかりましたから、そんな目で見ないでください」
「決まりだ」
コロッとタンザナイトは表情を変える。にこっとした。
それはそれで困る顔だ。本物のイケメンの笑みは破壊力すごい。
喋り方は気品あって優しげだし、モテるのだろう。でも結婚指輪はつけていない。結婚していても不思議ではない歳なのに、何故だろう。
そう考えていれば、手を取られた。
ちゅっと手の甲に口付けをされる。
「約束だよ、ノラ。また明日」
そう言って去った。
王子様はやることが違う。
火照った顔を冷やすためにパタパタと仰いでいれば、一人の妖精が来た。水の魔導書を取りに来たみたいで、小さな手を差し伸べる。顔が赤い私を不思議そうに見てもいた。
「ありがとう」
私は渡してから、習得部屋をあとにする。
そうだ。氷の魔法道具があったと、耳朶から外して頬に当てる。ちょっとひんやりして、気持ち良い。
「どうかしたのか?」
「……なんでもないわ」
図書館を出ると、エメに異変を察知されたから、肩を竦めて見せる。
「新しい魔法を覚えたわ。水の魔法を三つ。試しましょう」
エメに言って階段を早足で駆け下りた。エメもタタッと下りる。
ランチにパンを買って、ギルド会館に入った。依頼はないかと問うけれど、依頼はなし。だから、またフリーで狩りだ。その方がいい。
近辺は、もう庭のように把握済みだ。
犬モンスターの巣窟の荒地に、転移する。剣を抜いて、岩に登った。屈んで、モンスターの姿を確認。三匹が彷徨いていた。
ちょうどいい。水の檻の魔法を使おうか。
「アクッビャ」
唱えれば、視界の端と端に水の柱が並び立って、檻が出来上がった。
水は渦巻きながら柱になっている。モンスターは私の存在に気付き、牙を向こうとした。でも柱に弾かれて、悲鳴を上げる。
ひゅー。強力な魔法だ。
「ガウ!」
エメが吠えた。後ろを振り返ると、犬モンスターが一匹飛びかかる。
私は胸に感じるペンダントに集中して、モンスターの上に転移した。
そのまま剣を頭に突き刺す。そのままモンスターを踏みつけて岩に着地した。クリスタルが、岩を転がり落ちる。
水の檻を見ていれば、維持していた。
「アクータ」
水の魔法を放ち、怯んだモンスターにトドメをさす。
「ああーここで雷の魔法を使えば効果覿面かしら?」
なんてエメを見てみる。
「そう言えば、エメはどんな魔法を使うの? 植物?」
「……風だ」
お前見た目で判断しているだろう、と視線で投げかけてきた。
うん。緑だから植物かと思った。
「ああ、だからあの夜、ついて来れたのね」
「舐めるなよ。幻獣を」
「舐めてないよ」
私はふふっと笑う。
「じゃあ、風を使って帰りましょう。私、もっと風の魔法に慣れておきたい」
水浸しになってしまった地面から、クリスタルを回収。
風の魔法の加速に慣れたいし、加減も覚えたい。
エメは承諾した。大きな狼のような姿に変身したエメと共に、風のように駆けて街に戻った。
20180206




