13 何者。
「何故またドラゴンと冒険者が?」
私はドラゴンの彼に質問した。
ドラゴンの彼ことオーロルドさんは、間を空けてから答える。
「奴らは盗人だ。家に侵入して俺の物を盗もうとした」
「盗み? 冒険者が、ですか……」
「お前もそうなら容赦はしない」
鋭い眼差しがギロッと私を睨み付けた。
確かに冒険者は少々ガラの悪い輩が多いけれども、盗みに来たのだろうか。
「私は違います。精霊アテッラに案内されている途中で、血痕を見付けてこの洞窟に入っただけです。勝手に入って申し訳ありません」
礼節を尽くして、私は頭を深々と下げる。
ここは彼の家なのだろう。ただの洞窟にしか見えないけれど、ドラゴンの住処。
「彼女は違うよ。ボクが保証する!」
「精霊アテッラ……」
オーロルドさんは、唸るように考えた。
私はゴクリと息を飲んでしまう。正直言って怖い。
アイオライドさんの攻撃を受け止められたけれど、きっとアイオライドさんよりも強いだろう。敵と判断されて、排除されたらたまったものではない。
「ならば、早く出てゆけ」
オーロルドさんが、そう言って踵を返す。
私には暗闇しか見えない奥へと姿を消した。
「ごめんねー。オーロルドは人付き合い悪くって。さぁ、行こう!」
アテッラは、笑う。彼が侵入者を返り討ちにしていることを、咎めないのだろうか。日常茶飯事みたいな言い草だったけれど、それを“人付き合いが悪い”で片付けられてしまう精霊の感性ってわからない。
「お邪魔しました!」
とりあえず奥に行ったオーロルドさんに挨拶をして、アテッラに手を引かれるがまま洞窟を出た。血の跡は、消しておこう。
「冒険者達が慌てた様子で走って行ったが、何かあったのか?」
洞窟の前には、はぁはぁと息を切らせたエメがいる。
「ドラゴンがいたの」
私はちょっと自慢気に言った。
私、ドラゴンと会ったの。人の姿だったけれども。
「それで逃げて行ったのか」とエメは納得する。
ぶるぶると震えていれば、すりすりとエメが頬擦りしてきた。もふもふだし本来なら温かいのだろうけれども、雪で遊んできた分が残っていて冷たい。涙目になりそう。
早く帰れないかな、と思っていれば、目が眩んだ。
もう陽が昇ったらしい。ギョッとして俯かせた顔を上げると。
「……わぁ……」
そこには、朝焼けがあった。山から顔を出して、降り積もった純白の雪をキラキラと煌めかせる朝陽。眩しくて、目を細めるけれど、それを目に焼き付けた。そばに寄る大狼の姿のエメを抱き締めて「綺麗ね」と呟く。
エメは「そうだな」と返してくれた。
アテッラが見せたかった光景に満足をして、寒さを我慢することも忘れている。
暫くして、スッとアテッラは、私にクリスタルを持たせた。抱える形で受け取る。今までで一番大きいクリスタルだ。
「あっれー? そこにいるのは、ノラじゃない?」
「え、嘘!? ノラ!?」
声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、アイオライドさんを始めとするアルコバレーノ一行がいたのだ。彼らだけでも驚いたのに、間にはあのタンザナイトがいた。
全員がコートを着ていて、防寒対策はしている様子。
「ノラ……何故、君がここにいるんだい?」
「タンザナイト殿下こそ……」
タンザナイトの髪が、朝陽でキラキラとしている。
歩み寄ってきたタンザナイトに、エメは唸って見せた。
大丈夫と込めて、大きな首に腕を回して止める。
そうか、エメはタンザナイトと会うのは初めてだ。
横を見れば、さっきまでいたアテッラの姿はなく、ただ光の玉だけが浮いていた。
「どうして、こんな雪山に……それもアルコバレーノと一緒なんて……」
「ああ、それは……」
視線を泳がせてタンザナイトは苦笑を零す。
けれども私とタンザナイトの間に、グリーンドさんが入ってきた。
「それより、ノラさんはどうしてここにいるのでしょうか?」
うっ。それは答えにくい質問だ。
精霊に叩き起こされて連れて来られたなんて言えない。
「私はこの朝陽を見に来たんですよ。素敵じゃないですか」
もうすっかり登ってしまったけれども、それでも陽射しに照らされた雪山は綺麗だ。へらりと笑って見せる。
「うん! そうだね! 素敵だね!!」
エメに怒られない範囲まで近寄ったレッドさんが、同意してくれた。
「絶景だなー」とブラックさん。
「寒い」とコートに顔を埋めるブルーノさん。
吐く息が真っ白いのは、皆一緒だ。
「ところで、ノラさん」
景色を眺めたあとグリーンドさんが、話題を変えてくれた。
「この辺で巨大なモンスターを見かけませんでしたか? ピンクで蝙蝠のような翼と蛇の身体をしたモンスターです」
それなら精霊に頼まれて倒しましたが。何か?
返答に迷って黙り込んでいたら、ザクッと雪を踏み締めてアイオライドさんが剣を抜いた。
「へぇ。ノラが倒しちゃったんだ? 一人で……。それだよ、その強さをオレに向けてよ」
抱えていたクリスタルはコートの下に隠していたのに、何故か悟られてしまう。そして闘争心に火を付けてしまっている。
ひぃっとエメを盾にすれば、唸ってくれた。
「こら。やめなさい、アイオライド」
アイオライドの白いコートを掴み、タンザナイトが止めてくれる。
「それが事実なら……君は私達の任務を先に遂行してしまったことになるね」
タンザナイトがそう言うから、私は「任務?」と聞き返した。
「そう。この雪山には精霊がいてね。それに山の麓に村もあって、被害が出る前にキーヴルっていうモンスターを討伐するという任務だったんだ」
「……すみません。他人の獲物を横取りしてしまう真似をしてしまい」
「いいよ、君が本気で手合わせしてくれればね」
「アイオライド」
目がギラついているアイオライドさんの手綱は、しっかりとタンザナイトが掴んでくれている。
「え、でも、本当に一人で倒せちゃったの? なんか凶暴だって話だったよ。毒吐くし、空飛ぶし、巨大だし」
横でレッドさんが、首を傾げた。
膨大な魔力を持っていたから、空中戦でいけたなんて話せない。
「ノラ。空飛ぶ魔法道具持ってたっけ?」
「風の魔法なら習得しましたよね」
「ああ、ノラには風の魔法がある」
グリーンドさんとタンザナイトが口を揃えた。
だからなんでタンザナイトは風の魔法を使えると知っているのだ。
「私、そろそろ……」
帰る、と言おうとしたけれど、すぐ隣にいたはずの光の玉が消えていた。
ちょっと、私はどうやって帰ればいいのだ。魔法道具を持ってきてもいないのに。
「……?」
タンザナイトとアルコバレーノ一行は、私の言葉の続きを待っていた。
「そろそろ帰ろうと思っていたんです。一緒に帰りませんか?」
私はそう提案して、誤魔化す。
「任務もありませんし、景色も楽しんだところですし、帰りますか」
グリーンドさんは賛成してくれた。
「では、帰りましょう」
エメは小さな姿に戻る。歩み寄れば、グリーンドさんが転移魔法を行使した。
奇しくもタンザナイトと向き合うことになったので、目のやり場に困る。
にこりと微笑みを向けてくるタンザナイトに、ぎこちなさを堪えて笑みを返す私。
昨日のことを思い出すな私。思い出してはいけない。
場所は雪山から変わって、街の前。
各々コートを脱いだけれども、私は脱げなかった。当然だ。下は、寝間着なのだから。
「それでは皆さん。お先に失礼します」
脱がないのかと問われる前に、私はおいとましようと一礼をする。
クリスタルをコートの下で抱えて、エメを連れて自分の家に帰った。
程よい広さの部屋に入って、すぐにコートを脱ぎ捨てる。ここは春のような過ごしやすい気温だから、もう暑い。もふもふのブーツも脱いだ。
「ぷはー!」
クリスタルを棚に置いて、私はそのままベッドにダイブした。
眠っていない分を貪ろうと眠りの淵に落ちていく。
夢を見た気がする。あの人の姿をしたドラゴン。
あんなところで一人で、寂しくないのだろうか。こんな風に、落ち着けられるのだろうか。まどろんで考えてしまう。
けれども、今日もタンザナイトが来るのでは? と頭に過ってしまった。
寝ている場合ではない。私は飛び起きて、クローゼットを開いて着替えを始める。いつものようなスタイルを決めて、ペンダントにピアスを忘れずにつけてから、家を飛び出した。もちろん、剣を携えているし、エメもついてきている。
いつものパン屋で朝食を選べば、「今日は遅かったですね」なんて顔をすっかり覚えられていた。精肉店でも、同じ。
そして大図書館に入ると、タンザナイトの姿を見付けた。
「やぁ。今日は来ないかと諦めかけていたよ」
「おはようございます」
「おはよう」
クスクスと笑って見せるタンザナイト。
おはようとこんにちはの間の時間だけれども、この挨拶でいいか。
タンザナイトは私を待っていたのだ。飛び起きて、正解だった。
心の中で、胸を撫で下ろす。
「早起きしたので、その分眠ろうとしていました。タンザナイトは、平気なのですか?」
「しー」
眠っていないのではないかと、私は問うのだけれども、タンザナイトは唇に人差し指を当てて遮った。そばにいる騎士達に聞かれてはまずいのだろうか。
もしや、黙ってアルコバレーノ一行についていったの?
いやもしかして、それは初めてではない?
「今日は雷の魔法を習得しよう」
そう私を手招きして、習得部屋に入っていった。
「実はね、密かにアルコバレーノについて行く時があるんだ。これは秘密だよ? オレが冒険者業をやっていると知ったら、国王陛下に怒られてしまうからね」
なんて、こそっと私に耳打ちする。
私は瞠目してしまった。
「危ないですよ、タンザナイト」
「そう言われるから黙っておきたいんだ」
タンザナイトが、肩を竦めて見せる。
「じゃあ、まさかっ……ドレイクの事件の夜も!?」
「そう。ご明察」
「……!!」
ドレイクの事件の夜も、彼は現場の街に来ていたのだ。
だから知っていた。私が風の魔法を駆使して移動したことも、広範囲の治癒魔法を施したことも、その目で見たのだ。アイオライドと共に。
「……ノラって、何者だろうね?」
タンザナイトの問いかけに、答えられなかった。
でもどこか確信しているように思える。
聖女だった、バレている気がした。
20180624




