挿話その1 咲良とイリス
物語の進行上カットした、咲良とイリスのお話です。
話のテンポを維持する為と、あまり視点を主人公から動かさないようにするため、色々削ったエピソードがあります。
区切りのよいタイミングとかで、少しでも補完していければと思います。
恭弥のゲートによってゲルベルン王国の秘密通路へと跳んだ咲良とイリスは一路勇者召喚の施設へと向かっていた。
足音は咲良の【風魔法】によって消されているため、足音は一切聞こえない。
この風の結界は足音を消すというよりは、決められた範囲の音を、その範囲の外に漏らさないという防音の結界だ。
したがって――
「あーそうだ、イリスちゃん」
無言で走り続ける必要もなく、咲良は通学路で隣を歩く同級生に話しかけるような気やすさでイリスに声をかけた。
「何でしょうか? 勇者」
「そうそれ、勇者っての。堅苦しいし、気軽に咲良とか、咲良ちゃんとか、お姉ちゃん♥って呼んでくれていいからね?」
「わかりました。お姉ちゃん」
「くはっ」
イリスのセリフに咲良が身もだえる。
恭弥とイリスがこの隠し通路を走ったときと比べて幾分速度は遅いものの、100メートルを10秒程の速度で走りながらということを考えると、非常に器用なものだ。
恭弥ほどではないにせよ、勇者召喚によって身体が強化されている咲良にとって、走りながらこの程度の所作は朝飯前ということだ。
イリスのペースに合わせて走っているため余裕があるともいえる。
「どうしたんですか? お姉ちゃん」
「はぁはぁ、破壊力高い……。やっぱり、普通に咲良でお願い」
器用に身悶え続ける咲良からは見ることができなかったが、イリスは少し残念そうな顔をした後、
「わかりました。では、咲良と」
と素直に改めた。
「あとは、それ、その敬語! それ、やめてみようか?」
「わかった。そちらの方が私も楽でいい」
「うんうん。いい感じ。――おっと、敵さん発見! 『重力弾』ッ!」
満足そうに頷く咲良が、前方に向かい超重力の弾を放つ。
その弾に触れたものは、すべて弾の後方へと落ちる。
空気を穿ち、敵を貫く不可視の魔弾だ。
隠し通路内には一切人の気配を感じることはできないが、代わりに小さな魔物が侵入してきていた。
たとえば、今しがた咲良が打ち落とした大型なカマキリの魔物、『ビッグマンティス』。
だが、完全に仕留め切れてはいない。
このまま放っておいても程なく絶命するだろうビッグマンティスの頭部を、イリスの剣があっさりと切り落とす。
「あれ? ちょっと違うけど、恭弥の流派に似てる?」
咲良のセリフにイリスは耳をピンと立てて驚きを表した。
「む。わかるのか? 見たところ、剣の心得はなさそうだが……」
「ここ数年間はずっと近くで見てたから……キョーヤの技なら何となくわかるよ? でも私自身はからっきし。
一応、こっちに来て武器術系のスキルも貰ったけど……対応する武器がなくて、完全に死にスキル状態なの」
イリスは、近くで見ていたことについて聞こうか? はたまたスキルについて聞こうか? と逡巡し、結局――
「差し支えなければ、その武器術スキルの名前を教えてはくれないだろうか?」
と、咲良自身のことを聞くことにした。
「いいよ? 別に隠してるわけじゃないし……って、ああそういえば、『偽装のネックレス』をつけたままだった。
こほん。隠してたけど、隠すほどのことじゃないし、構わないよ?
【聖剣術】と、【聖盾術】だね。勇者っぽいといえば勇者っぽいんだけど、ゲルベルン王国には聖剣は疎か聖盾もなかったんだよね……」
「なるほど。聖剣はドワーフ国で特注するしか手に入れる方法はないからな。ミレハイム王国からドワーフ王国までは街道が繋がっている。それに、あの王女に頼めば、ゲートで送ってくれるだろう。だが――」
「先だつものがないから……。こっちに来てからは、お金を稼ぐようなことはしてこなかったからなぁ」
余談だが、日本に住んでいたときの咲良は、実家の花屋でバイトをしていた。
この咲良の実家の花屋と、恭弥の両親が経営していたレストランが隣合っていたため、小さな頃はよく一緒に遊んだ……というわけだった。
小さな頃遊んでいただけの幼なじみのことなど覚えていないのが普通だろうが、良くも悪くも恭弥の両親の事故が忘れられない記憶として互いの記憶に刻みつけてしまっていた。
「まぁ、その力があればすぐにでも稼げると思う。主様も協力してくださるだろうし」
「その、主様って恭弥のことだよね? おっ、お二人は一体どういったご関係でござりましょうか??」
「主様は――私の身も心もすべてを捧げた方だ」
「身もっ!? 心もっ!? 身もぉ!?」
「何故、『身』と二回も言うのかわからないが……ああ、そうか。残念ながら、まだ閨を供にしたことはないぞ?」
会話をしながらも、迫りくるソードマンティスの腹部に咲良の『重力弾』が大穴を開け、怒り狂うマッドマンティスの首をイリスが切り落とす。
どちらもビッグマンティスの上位種で、Dランク程度の冒険者であるならば、骸を晒しているのは冒険者の方となる。しかしながら、この二人であるならば片手間に処理できる程度の相手だった。
「恭弥は無意味に紳士だからねぇ……
――アンナの裸はガン見してたらしいけど。
なんか、ちょっとイライラしてきた。グラビティ――」
咲良は苛立ちをぶつけるように魔法を使おうとして、イリスに制される。
「これから、嫌でも大量に魔力を使うのだ、節約した方がいい。これからは私がやる。『風翔』!」
詠唱とともに風を纏って一気に敵との距離を縮める。
「わぷっ」
一人取り残された咲良は、イリスが残していった風に煽られてその綺麗な黒髪を乱れさせる。
イリスはそのまま魔物の集団を突き抜け、ちょうど中央でぴたりと停止した。
「『風陣』!」
詠唱と供に、イリスを取り囲むように竜巻が発生する。
普通の竜巻ではない。風の刃を伴った、切り刻む竜巻だ。
人間の頸を易々と切り取るソードマンティスの刃よりも尚鋭い風の刃が、イリスを囲むビックマンティス、ソードマンティス、マッドマンティスを切り刻んでいく。
炎でも、雷でも魔物を炭にかえてしまうイリスが編み出した、新しい技だが……
「む。失敗か……」
魔物はずたずたに斬り裂かれ――、いや、ミキサーのようにすりつぶされてしまっており、魔石を取り出す手間は減っても、それ以外の素材を剥ぎ取ることはできそうもなかった。
今回は素材の回収は行わないため問題はないのだが、もくろみを外したイリスは、内心ガックリと肩を落としていた。
もし、この状況を恭弥が見たのなら、「どうせ魔石以外大した金にならないし、むしろ楽で良い」と言って慰めただろうが、この場に彼はいない。
「イリスちゃん、どうしたの? 元気がないみたいだけど?」
「いや、一体一体であれば剣で戦えば問題ないのだが……こうして集団を相手にする場合は、どうしても不用意に魔物を傷つけ過ぎてしまう。これでは、まともに素材を手に入れることはできない。かといって一体一体片付けているようでは、効率が悪すぎる。痛し痒しだと思ってな」
「よくわからないけど、あまり傷つけず、一気に魔物を倒す方法があればいいの?」
「そうだが……
――あるのか!?」
先ほどとは別に、咲良との距離を一気につめるイリス。
「うっうん、全部の魔物に通用する方法はすぐに思いつかないけど、ああいう虫系の魔物が相手なら、凍らせちゃえば良いんじゃないかなーって」
「凍らせる……そうか、虫系の魔物は冷気に弱いと聞くからな。よし! 戻ったら主様に相談してみよう。私は、まだ氷の魔力変換は使えないからな」
「魔力変換? 魔法や魔術とは違うの?」
「ああ、魔力変換というのは――」
イリスが魔力変換について説明すると、咲良は何やら頷いて、
「なるほど、魔法に近い技なのね」
「主様もそんなことを仰っていたな。実際、風も炎も、主様の魔法を見せていただいたおかげで使うことができるようになったのだ」
「『氷魔法』なら私も使えるけど……?」
「なに!? 本当か!?
よし、協力してくれ! こっそり練習して、主様に褒めていただくのだ!」
「それはいいけど、まずはこのお仕事を無事にやり遂げてからね。ほら、勇者召喚の儀式が行われたのはあそこだよ」
と咲良が指さした先には、一際豪華な扉がそびえ立っていた。
研究施設の扉と比べると、その大きさ、その豪華さ、そしてその歴史が違ってみえる。
中の魔法陣自体はゲルベルン王国、ひいてはマールコアが今回新しく作り直したものだが、元々の施設自体はゲルベルン王国ができる前からあるのだ。
したがって、この扉もゲルベルン王国の歴史より古いことになる。
「この先には、人の臭いも……それから、魔物の臭いもしない」
「そかそか、ならさっさと済ませちゃおう。
私はしばらくの間無防備になるから、申し訳ないけど護衛お願いね」
「任された」
イリスの返事に咲良は大きく頷いて、目の前の扉に手をかけた。
ゴゴゴ……
と大きな音を立てて、巨大な扉が開かれる。
丸々一週間アンナロッテを始め、ゲルベルン王国の宮廷魔術師たちが魔力を込め続けた魔法陣は、未だにぼんやりと青白く神秘的な光を放っていた。
紫色の光が血管のように張り巡らされている、廊下とは正反対の荘厳な部屋だ。
咲良は、その部屋に足を踏み入れることなく、そのまま地面に膝をついた。
「形はドーム型……いや、キューブ型か。重力が発生し続ける系の結界だけじゃなくて、触れた瞬間に重力がかかる系の結界と二重にして……あとは、どれくらい効果があるかわからないけど、【光魔法】で入り口を隠して……、永続化処理っと。名前は……うっかり使われちゃわないような名前にしないとだね。すぐに消すし……うん。よし」
咲良が持つ称号、『勇者の資質』は、属性魔術を覚えるとそれを属性魔法に進化させることができる称号だ。
そのため、咲良は恭弥が求める最後の属性魔法、【光魔法】を使用することができる。
恭弥が咲良の光魔法に気がつかなかったのは、咲良がゲルベルン王国から与えられた偽装のネックレスを着用していたため、恭弥の【真理の魔眼】がうまく働いていなかったからだった。
「術式構築完了。術式名『勇者ああああ』、術式登録。――実行」
咲良が持つ、特性。【魔導構築】。
作り出した魔術を世界に記録させ、読み出していつでも使用可能にする能力だ。
コレにはメリットとデメリットがある。
メリットとしては、一度記録してしまえば次からはそれを読み出すだけで使うことができるようになるのと、属性に適性があるなら発動方法を知っていて魔力さえ足りていれば誰でも使用できるようになる点が上げられる。
また、単に魔法として発動するより、一度世界に最適化させることで、使用魔力を抑えつつ効果を高めることができるようになる。
また、世界からこの術式を登録解除することで、発動中の魔術を問答無用で終了させることができる。
デメリットとしては、世界のあり方と矛盾するような内容が含まれていた場合、登録に失敗することと、この力を発動させている間、完全に無防備になる点だ。
だが、咲良はこの特性を逆に利用した。
単に魔法として発動させ、その中に矛盾が含まれていた場合は、何が起こるかわからない。
そのため、一度魔術として登録できるかを試した上で、魔術を実行したのだ。
恭弥が既存の魔術の改造や、比較的単純な魔法しか使っていないのはこの辺りに理由があったが、デメリットさえ享受すれば咲良にはその制限はない。
残念ながらスキルではなく特性であるため、恭弥が持つ【完全見取り】で複製することも、習得することもできないのだが。
「よし! 終わった終わった! イリスちゃんありがとう。もう終わったよ」
咲良がイリスに声をかけ振り向くと、危なげなくだるま状態になったソードマンティスの頭を切り落とすところだった。
足下には、10体ほどのソードマンティスとマッドマンティスが転がっていた。
傷の具合を見る限り、すべて同じように剣で倒したようだ。
「そうか。意外と早かったな……入り口が消えて何もないように見えるが……」
イリスは首をかしげつつ、先ほど切り落としたばかりのソードマンティスの腕を、部屋の入り口に向かって放った。
ブーメランのようにクルクルと回転して飛んでいき、くしゃっと小さな音を立てて前後左右から折りたたまれてしまった。
ソードマンティスの腕、その刃部分は鋼鉄を上回るほどの強度があるのにも拘わらずだ。
コレにはさすがにイリスも目を丸くした。
「なるほど、これは違和感に気付いても、不用意に近づくと痛い目に遭うな……」
「うーん。せっかく入り口を消したけど、立て看板でも立てとく? 『この先危険』とかって」
「私は字が読めないからな。どのみち運命は変わらないな」
都市セーレの識字率は比較的高い方だが、ゲルベルン王国における一般市民の識字率は10%を下回る。
「まぁ、ここに来る人たちって偉い人だろうし、そんな人たちが字を読むことができないって事はないだろうし、書いておけば大丈夫だよ」
そう言って、【重力魔法】を彫刻刀のように使い壁を器用に掘り始めた。
『薬草採集』という単語しか知らないイリスには読むことができなかったが、
「この先危険! 進むと死んじゃうよ!!」
と書かれていた。
床、壁、天井とそこかしこに。
光魔法によって偽装され、何もないように見せかけられた壁に向かってご丁寧に矢印までつけて。
「終わったのか?」
「うん。さて……こっちは一段落したけど、ヤスナちゃんは大丈夫かな?」
「やはり、助けに戻るのか?」
「何かあると寝覚めが悪いしねぇ」
「お人好しめ」
そう言ったイリスの顔は、苦いながらも笑いを含んでいた。
押すなよ? 絶対押すなよ?
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■改稿履歴
旧:
――アンナの裸はガン見してたけど。
新:
――アンナの裸はガン見してたらしいけど。




