密談
「よし。これで全員分だな」
シャムが満足そうに頷く周りには大量のテントがはられていた。
「シャムさん、すぐに狩りに行きたいのは分かりますけど……わざわざ森の近くにキャンプ張る必要ありました? 別にヴィエオラからここまでってそこまで時間はかからないんですから、ヴィエオラで宿をとっても」
「そんな金どこにあるよ」
シャムはエミリアからの抗議をその一言でいともたやすく退けていた。
節約したい、という理由でたてられたテント群の中心に作られた即席の広場では、そんな会話が別の所で交わされているとは知らないアイリーンが鎧を身につけた状態で黙々と貸されたハンマーを素振りしていた。
「どうだ、調子は」
日の光が無い今、ランプで照らされている場所以外は一寸先も見えない暗闇が広がっている。そんな暗闇から一筋の光と共にグローリアが姿を現した。
「……ちょっと軽いかな、って感じです」
素振りをする手を止め、唸りながら答えたアイリーンに対して、グローリアは感心したように息をついた。
「ならもう少し重めのやつでも大丈夫そうだな。……しかし本当に最後に扱ったのが十年前、っていうのが信じられないほどのスイングだぞ」
「……銃の開発で上手くいかない時に気晴らしで振ってましたから」
ハンマーを地面につけながらそっけなく答えるアイリーンはまだ納得いってない様子だった。自分だけ使う武器を指定されているのだ、不満に思っても仕方ないだろう。
しかしグローリアはそんなアイリーンの様子を気にする素振りすら見せず、口に握り拳を当てていた。
「そうか。となると、アクセラレオンの所のハンマーでもいけそうだな。よし、少し待ってろ。取りに行ってくる」
グローリアはランプを再び灯すとそそくさとテントのある方へと戻って行った。
「おい。どうだった」
アイリーンの姿が見えなくなった所でグローリアは突然、何者かに声をかけられた。グローリアはその場で立ち止まると苦い顔を浮かべて首を振った。
「あまり乗り気にはなってないようだ。試験のためだから従ってくれているものの……入団後も続けてくれるかどうか」
「……そうか」
グローリアの持つランプが照らす範囲に何者かが頭の上に生えた猫耳をいじりながら入ってくる。グローリアは何者かに向かって苛立たしげに言った。
「しかし、なんで面倒くさいやつが俺のやつを引いちまったかね。飲み会ではいきなり因縁作っちまうし」
「自分が気に入らないやつはとことん認められないんだろうよ、ナザリアのやつも『彼にはその気がある』って言っていたしな」
そう言ってから何者ーーシャムは首を振った。
「だがシャーセはそんな気に入らない相手とも関わっていかなければやってられない職業だ。一々気に入らないからといって突っかかっていれば、どれだけ実力があってもいつかは立ち行かなくなる」
「そういう観点から見ると、俺の隊の近接武器軍は全員落第だな」
歩き出したグローリアが肩を竦めながら言った事にシャムは真顔で反応した。
「確かにセマカはそれが原因で前のギルドを退団させられているからな。……しかしアイリーンの方は実家が軽食屋で本人も接客をしていた。そうなると、気に食わない相手のあしらい方を自然に身につけられる」
「そういや確かに、飲み会の時もセマカが一方的にヒートアップしてたな」
記憶を遡りながら頷いたグローリアは再び立ち止まると、目の前のテントの入り口を開いた。その中には大量の近接武器が並べられていた。
「それが実戦でも使えれば文句はない。ただ問題は……」
「こいつをちゃんと使い続けてくれるか、か。今の俺達に遠距離武器使いは必要ないからな」
グローリアが取り出した青色のハンマーを見て、シャムは目を丸くした。
「アクセラレオンか? そんな重いやつ大丈夫なのか?」
「シャームズ製を『軽い』って言うんだ、これくらい大丈夫だろうよ」
グローリアがそう答えるとシャムは心底惜しそうに首を振った。
「……なんでそんな物を軽々扱えるだけの実力を持っているのに、銃なんて誰でも使える武器を選んだのか。理解に苦しむな」
「それは本人に思い入れがあるからだろうよ。ま、俺達が今考えるべきは、その思い入れを諦めさせられるかどうかだ……っと」
アクセラレオンズハンマーの重さに耐えかねてグローリアが体勢を崩して地面に倒れこむ。
「大丈夫か?」
「ああ。こんなんで折ってたまるかよ」
呆れるシャムが差し伸べた手を掴んでグローリアが起き上がる。グローリアはズボンについた土や枯れ草を払いながら申し訳なさそうに言った。
「悪い。俺一人じゃ持って行けなさそうだから手伝ってくれねぇか?」
「……それなら本人をここまで連れてくればよかったんじゃないか?」
呆れたように言うシャムに向かってグローリアは心外そうに顔を膨らませながら反論した。
「何言ってんだ。ここにあいつを連れてきてたらお前と話が出来ないじゃないか。第一、アイリーンの様子を教えて欲しいって頼んできたのはお前じゃねぇかよ」
「そうだったな。悪い悪い」
生返事をするシャムに向かってグローリアは諦めたように笑みを浮かべるしかなかった。