誤算
そのオーガは産まれた時から恵まれすぎていた。
身近に、親である個体こそいなかったが、それはいつ死ぬかわからない自然界の中では当然のことであったし、代わりとなる世話役の人間が何十人も周りにいたので彼がそれに傷つくことはなかった。
暑すぎる日差しに汗をかくことも、凍てつくような空気に身を震わせることも、獲物が取れず腹がねじ切れるような飢えを経験することもなかった。むしろ恵まれすぎて嫌気がさすほどだった。
のちに王となるコージィの「体が大きい方が強そう」と理由から食事は一日五回、しかも一食一食の量が野生のオーガ一体が二日食べる分……となれば体重はとてつもないことになる。
結果、足が支えきれないほどの体重となった彼は歩くことを放棄し、ひとつの場所に留まって、差し出される人間や別の魔獣を狩り、出された食事を貪るという自堕落な生活を送るようになっていた。
しかしある日、転機が訪れる。殺す獲物が増えた代わりに食事が減り始めたのだ。
理由はもちろん、内乱によって食料が手に入れられなくなったからなのだが、彼がそんなことを知れるわけがなかった。もし知ったとしても何もしなかっただろうが。
とにかく、今までは単なる暇つぶしでしかなかった狩りが生きるための行為に変わった。
結果、食事量が減り運動量が増えたことで脂肪に包まれていた体は少しずつ細り、その代わりに筋肉質に変わり始めた。コージィが都落ちするころにはすっかり野生のオーガの平均的体系になっていた。
だからこそ山に放り出されても、飢え死ぬことがなかったのだ。もし太ったままの体なら狩りなど満足に出来なかっただろうし、そもそも洞窟から出ることもかなわなかっただろう。
しかし、太っていても筋肉質になってもある重要な経験が彼には欠落していた。
それは「相手が反抗してきた時、どう対処するか」である。
コージィの「強いオーガが見たい」というわがままから、彼は自分よりも弱い相手としか戦ってこなかった。それが今、悪い方向へと傾いた。
今まで攻撃を受けてこなかった彼は、それだけで大混乱をおこした。今までの行動は反撃などではなくむちゃくちゃに棍棒を振り回し逃げ惑っていただけだったのだ。落ち着いて反撃すれば簡単に叩き潰せる相手だというのに。
最初こそアイリーンをとらえたものの、それはやられた場所が狭くて、逃げる方向に偶然アイリーンが立っていただけ……と運がよかったにすぎない。現に今逃げ惑っている時にとらえたのは大量の木々と味方であるコーガ達だけだった。
もう彼の頭の中には「急いで逃げる」という単純な思考しか残っていない。
だから、自分の進む道の先で男が剣の柄に手をかけて構えていることも全く気付いていなかった。