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『世界三杯紀行 〜カップ麺でめぐる旅〜』  作者: 南蛇井
season1

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12/118

第12話「タイ、酸っぱ辛さと午後のスコール」

坂田雄一、36歳。今日のカップ麺は、ひとくち目から“熱帯の気だるさ”。

酸味と辛味が跳ねる午後、部屋の中だけはバンコクの路地裏。


午後2時。

東京の空に、急な雨が降りはじめた。

ベランダの金属に当たる水音が、ちょうどよいリズムを刻んでいる。


坂田は小さく笑った。


「ちょうどいい。今日は“あの国”の麺にする」


棚から取り出したのは、タイ製「トムヤム・クン・ヌードル」。

蛍光ピンクとオレンジのパッケージ。スープの中でエビが跳ねるイラスト。

どこか毒々しいほどの南国感。


「こういう日こそ、舌を汗でびしょびしょにしたいんだよ」


フタを開けると、まず香ってくるのはレモングラスとカフィアライムの葉。

そこに、唐辛子とナンプラーの乾燥スープが追いかけてくる。

酸っぱくて、辛くて、ちょっと甘い――この混沌こそ、東南アジア。


湯を注いで3分。

小ぶりなエビがふやけ、香りが立ち上がると、部屋の空気が一気に蒸し暑くなる。

まるで、湿度までタイ時間になったかのようだった。


「……屋台の風が吹いてるな」


ひとくちすすると、強烈な酸味と、それを追いかけるヒリつく辛さ。

だが、その奥にあるのは不思議とやさしい甘さと、乾いたエビの香ばしさ。

混沌がバランスになっている。


坂田はふと、初めて訪れたバンコクの記憶を思い出す。

スコールを避けて入った屋台で、ビニール椅子に腰を下ろし、

汗をかきながらすすったトムヤム・クンのスープ。


「味の説得力が、暑さと雨とセットになってたな……」


今日のこの一杯は、その風景をそっくり思い出させてくれた。


【日付】7月31日


【麺名】タイ製・トムヤムクンヌードル


【評価】★★★★★


【感想】酸味と辛味のバランスが絶妙。レモングラスとエビの香りが南国の午後を連れてくる。雨音と一緒に食べると、旅情が完成する。


雨はまだ止まない。

窓を開けると、湿った風が吹き込んでくる。


「……午後のスコールって、もう少し続いててくれた方がいいな」


坂田は、汗をぬぐいながら思った。

食べ終えたカップの中に、バンコクの午後が、まだ少しだけ残っている気がした。


――一口すすれば、ここはもう熱帯。

世界三杯紀行、第12話、完。

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