第13話「イタリア、日曜午後のトマトスープ」
坂田雄一、36歳。今日のカップ麺は、ゆっくりと煮込まれた午後の味。
パスタじゃない。ラーメンでもない。これは、スープと時間の記憶だった。
日曜の午後2時。
東京はよく晴れていた。
洗濯物が風にゆれて、どこかの家からトマトソースの匂いが漂ってくる。
坂田は、台所のカゴから一つのカップを取り出した。
イタリア製「トマト&バジル・スープヌードル」
クリーム色の控えめなパッケージ。
イタリア国旗の小さな帯、手書き風の「Pomodoro」の文字。
赤いトマトの絵が静かに微笑んでいる。
「主張しないイタリア人は珍しいな。……きっと、中身で語るタイプだな」
フタを開けると、乾燥バジルの香りが優しく鼻をくすぐる。
具材はトマトチップ、玉ねぎ、オレガノ、そして極細のヌードル。
スープ粉末は赤茶色で、コンソメのような落ち着いた色をしている。
熱湯を注ぎ、4分。
トマトの酸味と甘み、そして干し野菜の柔らかな香りが部屋に広がっていく。
坂田は、ゆっくりとフタを開けた。
「これは……日曜の昼寝前に食べる味だな」
ひとくちすすると、塩気と甘みが綿毛のように広がっていく。
決して強くはないが、芯のあるスープだ。
トマトは主張せず、バジルが香りをそっと添える。
「なんというか、……余白のある味だな」
麺はややアルデンテを意識した歯ごたえで、
ラーメンというよりも、「スープの中の小麦の存在」だった。
坂田の脳裏に、見たことのない風景が浮かんだ。
ローマ郊外の白壁の家。木のテーブルに置かれた深皿。横にはパンと、開いた窓から射す午後の光。
そこに座っていたのは、見知らぬ誰かの“マンマ”だった。
「たぶん俺、この人に怒られながらスープ飲んでるんだろうな。『仕事ばっかりして、ダメね!』って」
坂田は小さく笑って、残りのスープを飲み干した。
スパイスでも刺激でもない、落ち着いた温かさが喉をすべっていった。
【日付】8月1日
【麺名】イタリア製・トマト&バジル・スープヌードル
【評価】★★★★☆
【感想】“おだやかな味”が心に残る。派手さはないが、記憶に残る昼下がりの一杯。まるで、どこかの食卓に一瞬だけ座らせてもらったような気分。
風が部屋を通り抜ける。
時計は、まだ午後3時前だった。
「……昼寝、しちまおうかな」
スープの余韻が、体の奥にゆっくり沈んでいく。
日曜の午後にちょうどいい、そんな一杯だった。
――やさしい味は、ときどき名前を持たずに現れる。
世界三杯紀行、第13話、完。




