第2話「滅びの因果」
アキトはその手を取らなかった。
それでも、少女――リノアは、静かにその場に佇み、風に髪をなびかせていた。
まるで、彼の決断を焦らせることなく、ただ待つことを知っている者のように。
「“因果”って……なんの話だ」
背中越しに問う。
自分でもなぜ聞いてしまったのかわからない。信じたくもなければ、関わりたくもないはずだったのに。
だが、リノアの言葉が“嘘ではない”と、アキトのどこかが警告していた。
「六つの世界、すべてで終焉をもたらしたのは……一つの“起点”」
少女の声が、風に溶けていく。
「それは、どの世界でも違う形をしてた。でも本質は同じ。“滅びを仕組まれた運命”……それが、あなたの世界を繰り返し壊した原因」
「……誰が、そんなことを?」
「まだ言えない。でも、もうすぐ“目を覚ます”」
その瞬間、アキトの心臓が不自然に高鳴った。
リノアは何かを知っている。ただの予言者ではない。彼女は――過去にアキトが出会った誰かに似ていた。
「……お前、本当に誰なんだ」
そう問うと、リノアは少しだけ困ったように笑った。
「私は、あなたが六つの世界で“見捨てたもの”の結晶……かもね」
言葉の意味が理解できない。
だが、胸の奥に重く沈む記憶が疼く。自分が見捨ててきたもの? 誰だ? 何を――?
そのとき、乾いた地面が、不自然に鳴った。
「来るよ」
リノアが振り返る。
空気が変わった。さっきまでの静寂が嘘のように、街の奥から異音が響いてくる。
ゴゴゴゴ……
それは地鳴りか、それとも何か巨大なものの咆哮か。
「早すぎる……目を覚ますの、まだ数日はあるはずだったのに」
アキトは目を細めた。
ビルの谷間の暗がり。その奥から――“何か”が、こちらに向かってきている。
そして、目を凝らしたその瞬間、
アキトの記憶が強制的に蘇った。
それは、第三世界で人類を滅ぼした“影”に、酷似していた。
触れるだけで命を腐らせ、光すら飲み込む、黒い霧のような存在。
「……嘘だろ。なんで、あれがもう……!」
「“あれ”は起点の一つ。でも、もう始まったの。第七世界は、すでに終わりかけてる」
リノアの手が、もう一度アキトに差し出される。
「ねえ、アキト。今度は……まだ間に合うよ。私たちなら、止められる」
手を取るか、逃げるか、抗うか。
選択は、迫られている――今この瞬間に。
そしてアキトは、この世界で初めて、“運命に逆らう一歩”を踏み出すことになる。