第3話「それは過去に見た“終焉”」
影が、街を喰らっていた。
ビルの谷間から這い出すように、黒い霧が音もなく広がっていく。
それは形を持たず、だが確かに意志を感じさせた。触れた物体がひび割れ、崩れ落ちていく――まるで生きているように。
アキトは知っていた。
この“影”は、第三世界を終わらせた存在。人が作った兵器でも、災害でもない。理由も目的もない。ただただ、世界を喰らうもの。
「なんで、あれがもう動いてる……! まだ序盤のはずだろ、この世界!」
動揺を隠せないアキトに、リノアは冷静に答えた。
「この第七世界は、過去のどの世界よりも早く“因果”に触れている。だから、目覚めも早いの」
「……それ、お前のせいか?」
沈黙。リノアは、わずかに視線を伏せる。
アキトは、それを肯定と受け取った。
「ふざけんな……俺は関わらないって決めたんだ。もう滅びなんか、見たくなかった……!」
拳を握りしめる。
それでも、足は動かない。息が浅くなる。心臓が速く打つ。恐怖ではない。
それは――怒りだ。
また滅ぶのか、この世界も。
今度こそ何もしないと決めたのに、何もかもが勝手に終わりへ向かっていく。
目の前で、影が住宅街を覆う。電線が破裂し、建物の輪郭がぼやけていく。
――救えなかった記憶が、脳裏をよぎる。
何度も見た、助けられなかった顔。
裏切られた仲間。最後に手を伸ばしてくれた少女の涙。
「アキト」
呼ばれた名前が、何かを揺らした。
リノアの目がまっすぐにアキトを射抜く。
「この世界が終わるのを見届けるの? それとも、もう一度“抗う”の?」
選べ――そう言われている気がした。
アキトは、一瞬だけ目を閉じた。
そして、開いた。
「……教えろ。あの影を止める方法を」
リノアの瞳が、ふっと揺れる。だがその揺れは、すぐに強い光に変わった。
「よかった。間に合う」
その手には、一枚の古びたメダルのようなものが握られていた。
中心に複雑な文様が刻まれ、周囲には見慣れない文字が並ぶ。
「これは“因果封印式具”――過去の世界で唯一、影の進行を止めかけた道具。でも使うには、“記憶の座標”が必要なの」
「記憶……?」
「アキト、あなたの“過去の記憶”がカギになるの。あの影と戦うには、あなたが過去に見てきた“終焉の形”を呼び出す必要がある」
リノアは言う。
この世界を救うには、アキトが捨ててきた“絶望の記憶”を、もう一度引きずり出さなければならないと。
それは、彼にとって最も苦しい選択だった。
だが――
「……やってやるよ」
アキトは、震える拳を固く握りしめた。
「この世界が終わるっていうなら、その終わりくらい、俺がぶん殴ってやる」
影はもうすぐそこまで迫っていた。
世界は、また滅びかけている。
だが今度は、誰かと共に立ち向かう。




