19彼は一体何者だろうか
「ま、雅人君、どうしてまだ大学に」
「まだって失礼だなあ。僕が大学にいてはいけない理由はないでしょ。学校なら問題はないよ。そんなことより、そこの女はどうするの?朔夜さんのことが気になって見に来たら、何か大変なことになっていたから、つい彼女の記憶を操作したけど」
綾崎さんを見ると、彼女はぼうっとして、目の焦点が合っていなかった。そしてそのまま気を失って、廊下に倒れこみそうになる。慌てて綾崎さんが廊下の床に頭をぶつけないように支えると、彼女は気を失っていた。呼吸を確かめたり、身体に怪我がないか調べたりしたが、気を失っている以外は特に異常は見られなかった。しかし、西園寺雅人が綾崎さんに能力を使ったところを私は確認していない。そんなことが可能なのだろうか。
「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。僕はこう見えて、いろいろなことができるんだ。離れていても対象に触ることなく記憶を操作することは造作もない」
西園寺雅人は、綾崎さんの記憶を消したことを自慢するでもなく、さらっととんでもないことを言いだした。
「それにしても、記憶操作の能力は役に立つね。ああ、そこの女性はどうしようか?確か、彼女は能力者みたいだけど、朔夜さんが望むなら、いくらでも記憶のかいざんでも消去でもしてあげるよ」
「お断りします。あなたが能力を使った彼女ですが、どこまでの記憶を消去したのですか。それ次第では、私はあなたに能力を使わざるを得ない次第ですよ」
そう言いながらも、この場は急いで離れた方がいいと、私の直感が告げていた。ジャスミンの手を取り、とりあえず、この場を離れる準備を始める。綾崎さんも気を失っているが、この場に残しておくのは危険だ。肩に乗せて綾崎さんも一緒にこの場を離れられるようにする。私の行動を西園寺雅人はつまらなそうな顔で見ていた。
「別に大したことはしていないよ。朔夜さんが能力を使っているところと、僕とこの場で出会ったことを忘れてもらっただけ。それにしても、なんで彼が朔夜さんを選んだのか、まだわからないなあ。でも、普通の人より興味深いな。ただ言えるのは、西園寺桜華よりは興味深くて面白そうだ」
西園寺雅人は、私たちの行動を追及はしなかった。彼が何もしてこないなら、そのままこの場を一刻も早く立ち去るのみ。私はジャスミンに目配せして一気に走り出した。綾崎さんを肩に抱えてなので、走るとは言っても、普通に走れることはなく、早歩き程度だが、それでも全力で西園寺雅人から逃れるように歩を進める。
「さて、九尾、さっさと僕のもとに戻ってもらうよ。そうでないと、困るんだよね」
西園寺雅人は、私たちが去っていった方向を見ながら、ぽつりとつぶやく。その言葉は静かになった廊下に響き渡った。そして、彼は私たちとは反対方向に向かって歩き出した。
「ね、ねえ。蒼紗、もうそろそろ手を放してくれてもいいんじゃない?」
「ああ、すいません。つい……」
私たちは、雅人君から離れようとしたあまり、大学を出てしまった。校門を出てすぐのところで、ジャスミンが声を上げたので、慌てて手を離した。その拍子に綾崎さんが目を覚ます。
「蒼紗、本当にごめん。今日は大事な用事があるから、これで私は帰るわ。たぶん、今日でいろいろ決着がつくと思うから。蒼紗に迷惑をかけないためにも、今日は蒼紗のお願いでも聞けない」
ジャスミンの真剣な言葉に、私は彼女が私の知らないところで、面倒なことに巻き込まれていることを知る。私に迷惑をかけないために、ジャスミンは何をしようとしているのだろうか。
「ええと、ここは、確か私たちは佐藤さんを追いかけて、控室に向かっていて。あれ、そのあと……」
「大丈夫ですよ。あれから、ジャスミンと会って、話を聞きました。それで、今日は授業を休もうということになりました。もし、綾崎さんがこの後、授業を受けるというのなら、ジャスミンと私の分のダイヘンをしてくると助かります」
駒沢や西園寺雅人と話し、その後、大学の外まで出てきてしまった。そのため、大学の壁に設置してある時計を見ると、すでに授業が始まっている時間だった。今から授業に向かってもいいのだが、ジャスミンに追及したいことがあるので、今日は休むことにした。ジャスミンも授業に戻る気はないようだ。
「そうそう、私と蒼紗は授業を休むから、綾崎さんがダイヘンしてくれると助かるわあ」
「蒼紗さんが休むというのなら、私も今日は授業を休もうかな。次の授業は別に出席で単位が決まるわけではないし」
私とジャスミンが授業のダイヘンを頼むが、綾崎さんも授業を休むらしい。ダイヘンを頼んだが、実際には、綾崎さんも授業を休んだ方がいいと思っていたので、彼女自身が休むと言ってくれて、正直助かった。西園寺雅人の記憶の操作の影響がどれくらいのものなのか、私にはわからない。今日は安静にした方がいいだろう。それに、西園寺雅人がまだ大学に残っている可能性があるので、私の知り合いを大学内に残しておくのは心配だ。
「そういうことなら、今日はみんなで授業を休みましょう。ジャスミンのせいで、なんだか疲れました。家に帰ってゆっくり休養して、明日また頑張りましょう」
『じゃあ、また明日』
私たち三人は大学の校門前で別れた。ジャスミンは、私にはわからない何か大切な用事のために、綾崎さんは家に、私は……。
自分の家に向かうふりをして、途中で来た道を振り返り、ジャスミンのことを追いかけることにした。今度こそ、ジャスミンが何をしようとしているか、確かめるためだ。
今度こそ、誰かにジャスミンの尾行を邪魔されないようにしなければ。慎重に、周りから怪しまれないように、ジャスミンとの距離を取りつつ、尾行を続けた。当然、校門前で別れたときに、大学に戻って大学生らしい服装に着替えることは忘れなかった。今は、黒い忍者姿ではなく、ベージュのダウンジャケットに、ジーパンという普通の恰好をしているので、よほど目立つ行動をしなければ問題はないだろう。




