光の歴史
夕刻。準備の合間。
廊下でカタリナが待っていた。
「お嬢様。少し時間をいただけますか」
赤い髪。静かな目。いつもと同じ。だが声がわずかに違った。
「どこへ」
「神殿の書庫から、少し前に取り寄せたものがあります。お見せしたいものが」
セレスティアはナターシャと目を合わせた。ナターシャが小さく頷いた。
◇
書庫の一室。小さな燭台。古い机。窓がない。
カタリナが羊皮紙の束を机の上に置いた。
「光の歴史と呼ばれる記録です。神殿が代々守ってきたもの。聖魔力を持って生まれた者の記録が、ここにあります」
セレスティアは束の上に手を置いた。
古い。表面が荒れている。端が茶色く変色している。
「三百年前、ということ」
「そのうちの一部が。最も古い記録は六百年前まで遡ります」
「読んでいい?」
カタリナが頷いた。
◇
最初のページを開いた。
古語で書かれていた。セレスティアは読んだ。ゆっくりと。
聖魔力保有者の名前が列挙されていた。生没年。魔力の型。記録者の名前。最後に一行。どのように生き、どのように終わったか。
多くは短い記述だった。『平和裏に生涯を終えた』。『体を壊し三十代で亡くなった』。『王都を離れ、地方で晩年を過ごした』。
そして三百年前の保有者の名前が出てきた。
エステル。
◇
エステルの記録は他の保有者と比べて長かった。
幼少期。魔力の覚醒。宮廷での活動。
だが途中から変わった。筆圧が変わった。書き手の感情が、古語の乾いた文体の中に滲んでいた。
『彼女は魔力を制御していた。記録が示す通り。暴走の事実はない。しかし——』
セレスティアは手を止めた。
読み続けた。
宮廷の権力者たちが恐れ始めた。エステルの影響力が増すにつれ。民衆への信頼が高まるにつれ。「聖魔力の保有者が王国の中枢に近づきすぎる」と。
権力者が動いた。流言。偽の証言。民衆へのすり込み。「闇魔力の化け物」という呼び名。
「民に討たれた」のではない。
民に「討つよう」仕向けられた。
エステルは逃げた。防いだ。だが追い詰められた。
最後は孤立した場所で死んだ。
記録者はこう書いていた。
『三百年後も同じことが繰り返されないように、ここに記す。彼女は化け物ではなかった。彼女は一人だった。ただ、一人だった』
◇
燭台の火が揺れた。
セレスティアは羊皮紙から目を上げた。
「カタリナ。これは」
「証拠にはなりません」とカタリナは言った。「三百年前の記録で、直接の法的証拠にはならない。それは分かっています」
「でも」
「お嬢様が知るべき時だと判断しました。今の裁判の前に。宰相が聖魔力を——脅威として告発したこの裁判の前に」
セレスティアは羊皮紙に視線を戻した。
エステル。
名前だけが伝わっていると思っていた。
違った。
「一人だった」と、記録者は書いた。
◇
「カタリナ。この記録を、裁判に使っていい」
「大神官シルヴェストルに確認しました。直接の法的証拠としてではなく——歴史的証言として。聖魔力保有者がこの国でどのように扱われてきたか。その記録として、提出できます」
「法的証拠ではないけど」
「歴史は、法より重くなることがあります」
カタリナが静かに言った。
「三百年前に同じことが起きた。保有者は、権力者に仕組まれて死んだ。今また同じ構図が——今度は止められる」
セレスティアは羊皮紙を両手で持ったまま、少し考えた。
「使う。この記録を」
「よろしいですか」
「よろしい。これはわたしだけの話じゃない。エステルの話でもある。三百年前の人が書き残してくれた言葉を、ここで使う」
カタリナが頷いた。その目が、かすかに和らいだ。
◇
帰り道。廊下を歩きながら。
後ろにナターシャ。後ろにカタリナ。
「カタリナ。一つ聞いていい」
「はい」
「神殿はずっと、この記録を守ってきた。なぜ今まで誰も使わなかったの」
「使える機会が、なかった」カタリナは少しの間を置いた。「使える人間が、いなかった」
「今は」
「今はいます。お嬢様が」
廊下の窓から夜空が見えた。
星が出ていた。
セレスティアは足を止めずに歩いた。




