14歳の選択
冬が来た。
セレスティアは十四歳になった。
去年の誕生日は暗殺計画の発覚だった。今年は静かだった。珍しく。
朝食の席。家族が揃っている。父。母。エドヴァルト。フェリクス。そしてイザベラ。公爵家に身を寄せて二ヶ月。もう家族の一員のようだ。
「十四歳おめでとう、セレス」
父が微笑んだ。
「おめでとう。これを」
母が小さな箱を差し出した。中にはラベンダー色のリボン。
「お母様。リボン」
「髪飾りは去年贈ったから。今年はリボン。あなたの髪に結ぶといいわ」
「ありがとう」
エドヴァルトが革の手帳を差し出した。
「日記用だ。お前は何でも頭の中にしまい込むから。書け」
「おにいさま。日記、つけてるよ」
「新しい手帳で、新しい年を始めろ」
フェリクスが何も渡さなかった。
「おにいさま。今年は?」
「……考え中だ」
「去年も言ってたよ」
「学術レポートは不評だったから。お菓子と言われたが、俺にはお菓子を選ぶ能力がない」
「能力って。お店に行って選ぶだけだよ」
「選択基準が不明確だ」
「おいしそうなやつを選ぶの!」
「おいしそう、か。その基準が主観的すぎる」
イザベラが笑った。声を上げて。
「フェリクス様って本当に面白い方ね」
「面白いのではなく、合理的なだけだ」
食卓が笑いに包まれた。
温かい朝。冬の陽光が窓から差し込んでいる。
十四歳。
「セレスティア。お誕生日おめでとう」
イザベラが小さな包みを差し出した。
「イザベラ。何?」
「開けてみて」
開けた。中には銀のブローチ。星の形。
「星」
「五年前。あなたとわたしが初めて本心に触れた夜。星が綺麗だったでしょう」
あの夜。パーティの庭で。イザベラが「星が美しいですね」と言った夜。
「覚えてるの」
「忘れない。あの夜からわたしは変わり始めた。だから、星を」
セレスティアの目が潤んだ。
「ありがとう、イザベラ」
「泣かないで。朝から泣くと、目が腫れるわよ」
「泣いてない。目が痒いだけ」
「それ、殿下にも言ってなかった?」
「聞いてたの」
家族が笑った。温かい笑い。
◇
午後。書斎。
セレスティアは一人で考えていた。
新しい手帳を開いた。白いページ。エドヴァルトがくれたもの。
ペンを取った。
書き始めた。
『十四歳。手持ちの状況を整理する。
証拠:宰相邸の金庫から複写した三十年分の不正記録。排除計画書。毒殺指示書。横領記録。全て宰相の直筆。
仲間:父ライナルト。兄二人。ナターシャ。ヴォルフ。ヘルマン。カタリナ。イザベラ。コンラート。ヴィオレッタ。リディア。アネリーゼ。フリーデリケ。ニコラス。グレーテル先生。
支持者:摂政王妃エレオノーラ。ジークフリート騎士団長。大神官シルヴェストル。辺境伯ギュンター。
証人候補:テオドール。ディートリヒ。モンテヴェルデ侯爵。医師ローレンツ。カール元財務卿。ブリュンヒルデ男爵。カスパル。イザベラ。
敵:宰相ヴィクトール。副宰相マティアス。ルシアン(謹慎中)。宰相派残党。
政治状況:公爵派十九。宰相派二十一(離反者あり)。中立派十二。マティアス派、残存勢力不明。
結論。』
ペンが止まった。
結論。
何ヶ月も考えてきたこと。祭典の前から。証拠を手に入れてから。
宰相を倒す方法。
「前世と同じ裁判の場を使う」
声に出した。
「断罪の舞台を逆転させる」
ペンを握り直した。
『結論。貴族院にて宰相ヴィクトール・ド・ガルニエを正式に告発する。
罪状:
一、職権乱用罪。三十年にわたる権力の私物化。
二、国庫横領幇助罪。元財務卿との共謀による横領。
三、公爵夫人毒殺未遂の教唆罪。母リリアーナへの毒殺計画。
四、王太子暗殺計画への関与。副宰相を通じた間接的関与。
五、聖魔力保有者への迫害計画。排除計画書の作成。
必要な手順:
一、証人の確保と証言の準備。
二、法的根拠の構築。
三、貴族院への告発書の提出。
四、裁判の開廷。
五、有罪判決。
時間的制約:マティアスが暴走する前に完了させる必要がある。
目標期限:三ヶ月以内。
戦略:法、政治、外交、世論の四方面から包囲する。一つの武器では足りない。全方位で攻める。』
書き終えた。
ページを見つめた。
「三歳から十一年かかった」
扉がノックされた。
「お嬢様。ナターシャです」
「入って」
ナターシャが入ってきた。手に紅茶のカップ。
「お嬢様。考え事ですか」
「うん。決めた」
「何を」
「裁判をやる。宰相を告発する」
ナターシャはセレスティアの目を見た。
「承知いたしました。準備を始めましょう」
「ナターシャ。怖い」
「はい」
「でもやる」
「はい。お嬢様はいつもそうです。怖くても、やる」
「ナターシャ。十一年間、ありがとう」
「十一年」
「三歳の時から。わたしの傍にいてくれて。十一年分のありがとう」
ナターシャの灰色の瞳が揺れた。
「お嬢様。お誕生日おめでとうございます。少し遅れましたが」
「ありがとう。ナターシャからのプレゼントは?」
「紅茶です。蜂蜜入りの」
「毎日もらってるよ」
「毎日贈っています。毎日がプレゼントです」
セレスティアは笑った。
紅茶を受け取った。温かかった。甘かった。
手帳に最後の一行を書いた。
『あと四年ではない。あと三ヶ月で、宰相を倒す。処刑の運命を——ここで断ち切る。』
ペンを置いた。




