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40.あなたの望みはかなったのかしら

 よく見ると、居間もそうだ。


 高価なものが飾られているわけではない。

 だが、ソファ、細やかな刺繍を施されたクッション、ラグ、カーテンなど目に入るものすべてが、少しくすんだ緑色の壁紙と磨き抜かれた木の床の茶色をベースに見事に調和している。

 壁には、トレヴィーユ荘を描いた、ため息が出るほど美しい水彩画がかかっていた。

 絵も、レモンの実をつけた枝を彫り込んだ木製の額縁も、居間によく合っている。


 まるで一流の内装家に頼んだ室内のようだ。


「サン・ラザール公爵令嬢カタリナよ。

 こちらは、王太子つきの秘書官、グザヴィエ・ノアルスイユ卿」


 突っ立ったままカタリナが名乗り、ついでにさっくりノアルスイユも紹介する。


 フレネー夫人は、両手でワンピースの裾を軽く広げ、左膝を曲げ、右脚は弧を描くように左斜め後ろに伸ばし、背筋をまっすぐに保ったまま頭を下げた。

 正式な跪礼カーテシーだ。


「ご挨拶をお許しいただき、ありがとうございます。

 アンドレ・フレネーが妻、マリーでございます。

 この度は、トレヴィーユ荘事件の真相を明らかにしていただき、まことにありがとうございました」


 落ち着いた声音で挨拶したマリーは顔を上げ、微笑んだ。


「むさ苦しいところですが、どうぞおかけください」


 カタリナは小さく頷いて、三人がけのソファの端に腰掛けた。

 少し迷って、ノアルスイユもカタリナが座ったソファの反対側の端に座る。

 マリーも、そばの肘掛け椅子に軽く腰掛けた。


 妙な間が空いた。


 カタリナとマリーは、互いに探り合うようにじいっと見つめ合っている。


「ところで、あなたの望みはかなったのかしら」


 唐突にカタリナが切り出し、マリーは、え?と首を傾げた。


「せめて、人としてまっとうな男性に嫁ぎたいって書いていたでしょう?」


 カタリナは笑みを含んだ声で言い足す。

 マリーは声を立てて笑って、幾度も頷いた。


「ええ。十分、叶いました」


 はーっと、カタリナは深々とため息をついて、ソファに身を沈ませた。


「そう言えるだなんて、あなたは本当に幸運ね。

 あのくだりを読んだとき、全面的に同意しかないわって思ったのよ!

 後で何度読み返しても、それな!それな!それな!って自分の膝を叩いてしまったわ」


 マリーは少し顔を赤らめる。


「でもやっぱり、そこが一番大切なところですわ。

 恵まれた暮らしをしていても、尊敬できない男性と一緒じゃ、結局みじめな思いをするばかりですもの」


 なんでか、マリーは夫のことをカタリナに向かってのろけだした。

 居間にかかっている水彩画はマリーが描き、額縁は絵にあわせて管理人が彫ったそうだ。

 カタリナがめちゃくちゃに羨ましがっている。


 世代も身分も越えて盛り上がっているカタリナとマリーを、ノアルスイユはぱちくりと眺めた。


 なんだこの流れ。


 ふと、呆けているノアルスイユに気づいたマリーは、あら?と困り顔になった。


「あの、もしかしてお気づきではない……のかしら」


 あ?とカタリナがノアルスイユを見て、呆れ顔になる。

 マリーは意を決したようにノアルスイユに向き直った。


「その、私、……

 かつて、マリー・テレーズ・リュイユールと呼ばれていた者です」


「ファアアアアアア!? マリー・テレーズ!?」


 ぶったまげたノアルスイユは、思わず奇声を上げてしまった。


 カタリナが「ほんっと気が付かないんだから」と笑い、「わたくし達が初めてトレヴィーユ荘に来た時に、例のクローゼットから見下ろしていたのはあなただったのよね?」と確認する。

 マリー・テレーズは「左様でございます」と頷いた。


 降霊会の後、カタリナはあらためてあの時の人影が誰だったのか気になった。


 管理人はあの時、「今日は手伝いは呼んでいない」と言っていた。

 少し含みのある表現ではある。

 手伝いはいなかったが、他に誰かいたのではないか。

 コテージのポーチに置かれた二脚の籐椅子からして、管理人は独り者ではない。

 ポーチから垣間見えたこの居間の様子からして、女性と暮らしている。

 なんとなく、母や姉妹、娘ではなく、妻だろうとカタリナは直感した。

 もしかして、カタリナが初めてトレヴィーユ荘を訪問した時、管理人は妻と一緒に館を見回っていたのではないか。


 だが、妻が一緒にいたのなら、色々とおかしい。

 本来なら、管理人ともども別邸の新たな所有者であるカタリナを出迎え、挨拶の一つもするべきところだ。


 なのに、管理人がカタリナとノアルスイユを慌てて出迎えて案内する一方、妻は隠れた。

 さらに中庭を見ているカタリナ達の様子を例のクローゼットの小窓からそっとうかがい、カタリナ達が二階に向かったら、使用人用の階段を使って逃げた。

 おそらくコテージに戻り、軽食を用意したのだろう。

 あの時出された令嬢用のサンドイッチは、パンと具材を正確にカットし、挟んだら軽く重石をしてしばらく馴染ませないといけない、繊細な料理だ。

 お茶を出すだけでいっぱいいっぱいに緊張していた下女が、ぱっと作れるものではない。


 では、そこまで人前に出たがらない妻、急に立ち寄ったのに令嬢用のサンドイッチを手早く用意できるような妻は誰か。

 管理人は別邸で半年ほど暮らしたことがあり、マリー・テレーズとも面識があったのだから、もしかしたら彼がマリー・テレーズを救出したか、伯爵家からひそかに託されていたのではないか。


 ──という流れで、カタリナはマリー・テレーズではないかと推測したのだという。


カタリナ「ポンコツ眼鏡よりも先に、管理人の妻がマリー・テレーズだと気がついた方は、いいねをくださいますかしら? 多くの方々がお気づきだったと思いますけれど」(高笑い)

ノアルスイユ「ぐぬぬ…ぐぬぬ…」

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