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41.女神フローラの首飾り

 ノアルスイユは眼鏡を押し上げながら、マリーの顔をガン見した。

 そうだ、たしかにマリー・テレーズだ。

 淡い金髪だと思っていた髪の色は違うが、あの自画像の少女が年を取ったら、きっと今のマリーになる。

 47歳には全然見えないが。


「えええええええ……

 ああああなた、そこの河で入水したんじゃ!?」


「いいえ。事件があった年の夏、アンドレがあのクローゼットから私を連れ出してくれて、入水したように見せかけて、王都を出たんです」


「あああああああ……」


 入水したとは聞いたが、遺体が見つかったとか葬ったという話は出ていなかったのをノアルスイユは今頃思い出した。


「もしかして、降霊会の時も、本館に来ていました?」


 マリー・テレーズは、滅相もない、と手を横に振った。


「まさか。私の顔を直接知っている人が何人も来るんです。

 あの日は、前日から少し離れたところにある宿屋に泊まって、夫が迎えに来てくれるまでこもっていました」


「なるほど」


 一瞬、邪霊化したエリザベートとニコルはマリー・テレーズの演出だったのか?と思ったノアルスイユはがっかりして頷いた。


「ところで、フレネーはあなたの恋人だったの?

 紅茶にレモンを入れていたのは、彼との思い出とかそういうことだったのかしら?」


 興味津々といった風にカタリナが訊ねる。


 秘密の恋人が、窮地に陥った罪なき姫君を助け出す。

 まるで騎士道物語のような話だが、マリー・テレーズは首を横に振った。


「お互い、ほんのりと好意は持っていましたが、恋というようなものではなく。

 レモンは……そうですね、もともとはアンドレに教えてもらって好きになった飲み方でしたが」


 少し気恥ずかしそうにマリー・テレーズは答えた。

 初恋未満、というところか。


「え、それくらいの関係だったのに助けに来たんですか?」


 ノアルスイユは驚いた。

 バレたら執事である叔父の立場が吹き飛ぶだけでなく、フレネー自身、伯爵家に私的な制裁を受けかねないところだ。


「助けに来たというより、思わず様子を見に来た、というところでしょうか。

 事件当時、アンドレは辺境におりましたから、ただ王都で毒殺騒動が起きたらしいとしか知らなくて。

 夏になって任地替えの休暇で王都に戻った時、初めて私が毒殺魔と言われていると知ったのです。

 私も、リュイユールも酷い言われようだったそうで、執事を務めていた叔父に確かめようと本邸に行ったら、私の父について領地に向かったところだと言われて会えなくて。

 面識のある下の兄にも今は取り次げないと言われ、顔見知りの従僕でも残っていれば話が聞きたいと、私が軟禁されているとも知らず、別邸を訪ねてきたんです」


「じゃあ、作戦を立てて救出というわけでもなく?」


 マリー・テレーズは頷いた。


「行きあたりばったりというか、勢いにまかせてと言いますか。

 当時、この館は、ほんの数人だけ残って、最低限、私の世話をしている状態でした。

 ここを取り仕切っていた下女頭は、アンドレのことを覚えていて中に入れ、話しているうちに、ふとアンドレと会わせれば私の態度も変わるのではないかと思いついたのです。

 あのクローゼットに閉じ込められてから、私は誰とも口をきかなくなっていましたから」


 マリー・テレーズは、当時を思い出したのか、はかなげな笑みを浮かべた。


「クローゼットの中では話もできませんから、久しぶりに私の居間に出してもらいました。

 私を見た瞬間、アンドレは今すぐ連れ出さないと、このままでは死んでしまう、と直感したそうです。

 だいぶ痩せていましたし、精神的にもまいっていましたから」


 珍しく、カタリナが同情の色を浮かべて話に聞き入っている。


「私は、ただただ……懐かしかった。

 アンドレがいた頃は、まだセニュレーとの婚約の話も出ていなくて、のんびり絵を描いて、穏やかに暮らせていた頃でしたから。

 事件にはお互い触れず、騎士としてどんな風に暮らしているのか、辺境はどんなところかを私が訊ね、アンドレが答えるかたちで、ぽつりぽつりと話をして……

 ふと、アンドレは、辺境では星の見え方も違うのだという話をし始めました。

 王都では見える『女神フローラの首飾り』が、あちらでは見えないのだと。

 辺境に行って、初めてあの星座の美しさに気がついた、ぜひ私にも見てほしいと」


「え? 『女神フローラの首飾り』は、辺境でも見えるのではないですか?」


 東西に長いこの国では、緯度の差がそれほどないので、星の見え方はそこまで変わらない。

 マリー・テレーズは頷いた。


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