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19.あの四人を殺して、なんの利があるのだ

 シャラントン公爵家といえば、王太子妃ジュスティーヌの実家だ。

 銀獅子公と謳われる剛毅なシャラントン公爵がいつ結婚したか、正確な年は覚えていないが、現在ジュスティーヌは25歳。

 上に、3歳年上の兄がいるのだから、事件からそれほど経っていない時に結婚したはずだ。


 ジュスティーヌの母は、エルメネイア帝国の皇女。

 数十人もいる側妃腹の皇女の一人とはいえ、発表直前まで進んでいた縁談がなくなって、すぐさま代わりに娶れるような相手ではない。


「実際には縁談などなかったのに、さも成立寸前だったと匂わせて、慰謝料を上積みさせた、ということですか」


 もしそうなら、かなり悪質だ。

 セニュレー侯爵が、まず騒動を止めようと動いたのは、父の旧悪を暴かれたくないという心理が働いたのかもしれない。


「そうだ。事件から1年もしないうちに、本物の婚約が発表された。

 後から見れば、なぜ引っかかってしまったのかという雑なやり口だ。

 おまけに、バカ真面目な先々代リュイユール伯爵は、セニュレーとのバランスをとらねばと、うちにも色々よこそうとした。

 義父は何度も断ったものの、受け取ってもらえねば、息子たち共々死ぬしかないとまで涙ながらに言われて、地所を二つ受け取ってしまったのだが……

 やはり、あれは断るべきだった」


 苦々しい顔でブラントーム伯爵は言う。

 ブラントーム伯爵家は、2人も娘を殺されたのに、先代も当代も慰謝料を受け取りたくなかった雰囲気だ。

 受け取るいわれがないと思っていたのだろうか。


「もしかして、閣下は、マリー・テレーズは犯人ではないと思っていらっしゃいますか?」


「……正直、わからん」


 伯爵は首を横に振る。

 少なくとも、マリー・テレーズ犯人説に疑念はある、ということか。


 思い切って、ノアルスイユは踏み込んでみることにした。


「逆に、なぜあの四人が殺されたのだと思いますか?

 いくら調べても、そこが見えてこなくて」


「それがわからんのだよ。

 あの四人を殺して、なんの利があるのだ。

 怨恨やら嫉妬やらということになるのか……いやそれにしても」


 ブラントーム伯爵は唸りながら、禿げ上がった額をつるりと撫でた。

 ノアルスイユは切り口を変えてみる。


「では、一人ずつバラバラに考えてみたらどうでしょう。

 誰か一人がターゲットで、他の方々は巻き込まれたということだってあるでしょう」


「一人ずつ、か……」


 うううむ、とブラントーム伯爵はさらに唸る。


「アンリエット、ルイーズが殺される理由など、到底思いつかない。

 2人とも、特にトラブルはなかったし、突出した才能や財産を持っていたわけでもない。

 強い恨みを買う理由などなかった。

 賢くて優しいアンリエット、朗らかで愛らしいルイーズ……」


 若くして無残に殺された2人の義妹を思い出したのか、ブラントーム伯爵の眼がうっすらと光る。


「2人とも、良い娘だった。

 なのに、なぜあんな事件に巻き込まれたのか」


 力なく首を横に振ると、伯爵は続けた。


「マリー・テレーズは、あるとすれば、シャルル卿との婚約を巡って誰かに恨まれた、くらいか。

 あの別邸界隈では、かなり羨ましがられていたはずだ。

 シャルル卿と結婚するつもりが、マリー・テレーズに奪われたと思い込んだ者に毒を盛られた、というのはありえなくもない。

 彼にそんな値打ちがあったとは思わんがね。

 従姉妹の方は、いわゆる小悪魔タイプだった記憶はうっすらあるが、なにかトラブルがあったとは聞いていない」


「エリザベートは?」


「彼女は目立った交際相手はいなかったはずだが、もういい年だったし、なにかあったのかもしれんな。

 それよりも、令嬢同士の諍いかもしれん。

 気分屋で扱いにくいところがあると、妻は言っていた。

 一時期、妻は彼女とかなり親しくしていたんだが、特に私と婚約してから酷く当たられるようになって、しまいにはなるべく顔をあわせないようにしていた。

 私自身、直接嫌味を言われた覚えもある」


「なるほど」


 ノアルスイユは頷いた。

 ブラントーム伯爵の言うことは、マリー・テレーズの日記とおおむね一致する。


「当時のシャルル卿の印象は、どうでしたか?」


 伯爵は半笑いになった。


「気持ちの良い人物、というわけではなかったな。

 自分を過大評価し、ちやほやされるのが当たり前だと思っている節があった。

 ま、久しぶりに侯爵と話して思い出したが、昔からセニュレー侯爵家は、うちやリュイユールを下に見すぎているところがある」


 ブラントーム伯爵は、貴族院の議員。

 代々外交関係の要職に就くことが多い家で、当代も既に外務副大臣だ。

 外交問題に明るい政治家として国王やアルフォンスの信任も厚く、この先、外務大臣まで上り詰めるかもしれない。

 侯爵家といえどぞんざいに扱っていい相手ではないのだが。


「そもそも、君たちは侍女や下女という線は考えていないのかね?

 茶葉は持ち込まれたものだと記事にはあったが、湯でも砂糖でも、毒を盛ることはできるだろう。

 マリー・テレーズ、または伯爵家を恨んだ者がやったという線はどうなんだ?」


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