18.そんな不身持ちなこと、できませんわ
「……なんだかんだで、公爵閣下はあなたに甘いですよね」
「ええええ!? わたくしがなにかしたら、まず怒鳴ってくるのに!?」
「普通は舞踏会で派手に婚約破棄かました時点で、修道院放り込み一択ですよ」
「いやいやいや、あれは仕方ないじゃないの!
ただの火遊びならまだしも、結婚を餌に目下の者に貢がせるだなんて。
あんな矜持に欠ける男とサン・ラザールが血を交えるとか、ありえないわ!」
あくまで自分は正しいとムキになったカタリナの表情が、ノアルスイユの後ろを見て、すっと消えた。
「レディ・カタリナ」
振り返ると、五十代なかばかという銀髪長身の貴族。
セニュレー侯爵だ。
慌ててノアルスイユは立ち上がった。
その後ろに、もう一人、ダークブラウンの髪がだいぶ寂しくなってきている同年代の男性が困り顔で立っている。
こちらはブラントーム伯爵だ。
殺されたアンリエットとルイーズは四人姉妹の二番目と三番目。
四人姉妹の長女と結婚して伯爵家を継いだ人物で、アンリエット達から言えば義兄ということになる。
周囲を行き交う客の視線が、カタリナと侯爵達をちらちらと見比べる。
カタリナは挨拶も返さず、じいっとセニュレー侯爵を見上げていた。
長過ぎる間を置いたあと、ブラントーム伯爵に視線を移し、ふっと笑みを一瞬浮かべてようやく立ち上がる。
お前達の考えは見切った、とでも言いたげな所作だ。
「セニュレー侯爵、ブラントーム伯爵。
ご無沙汰しておりますわ」
ようやく差し出された手に、侯爵は能面のような顔で機械的に口づけをした。
「少々、話したいのだが」
「では、おかけになります?」
セニュレー侯爵はちらりと周囲を見回して、困惑した。
今朝、あんな記事が出たばかりなのだ。
それでなくとも目立ちまくるカタリナのせいで、普通にしていても視線が飛んでくる。
「いや、上の個室かなにかを……」
「まあ! わたくしこれでも嫁入り前の娘ですのよ?
親族でもない殿方と、人目のないところに行くだなんて、そんな不身持ちなこと、できませんわ。
母に叱られますもの」
カタリナは、わざとらしく少し声を張った。
なんだなんだと人が振り返る。
ノアルスイユは無の表情になった。
付添も挟まずに、トレヴィーユ荘に自分を拉致ったのは誰だ。
だが、不適切なのは不適切だ。
侯爵は詰まった。
「いや、しかし……」
「内緒話なら、ワルツでよろしいんじゃ?
一曲くらいでしたらご一緒させていただきますわ」
むしろ、それ以上話すことはないと宣告するようにカタリナは言う。
不承不承、侯爵は肘を差し出し、カタリナはつんとすました顔で手をかけた。
二人は流れるように、隣の舞踏室へと向かう。
「……はえー。
なんというか、つくづく頭が高いご令嬢ですね……」
感心したように記者が言った。
わざと誤用しているのか、素で間違えているのかわからないが、言いたいことはわかる。
「彼女は、人類は皆、自分の下僕だと思っている節があるからな」
思わず、ノアルスイユも呟いた。
「グザヴィエ卿」
そっと呼びかけられて、ノアルスイユは振り向いた。
やりとりの間、侯爵から微妙に離れて他人っぽい雰囲気を全力で醸し出していたブラントーム伯爵だ。
「なんでしょう?」
ちょいちょいと手招きされて向かうと、伯爵はゆっくり歩きだす。
記者と距離が取りたいらしい。
彼女から目を離したくないのですがと小声で言うと、舞踏室の隅に陣取ることになった。
密談が目立たないよう、並んで壁にもたれ、同じ方向──カタリナとセニュレー侯爵が踊っている方を眺める。
「今日はセニュレー侯爵と同道してしまったが、うちをあちらと一緒にしてもらっては困る。
そのことを、レディ・カタリナに伝えてほしい」
「は? どういうことですか?」
「懇談会の終わり際に押しかけられて、今更こんな騒動は迷惑だから止めねば云々と言われ、つい一緒に来てしまったんだが、正直、セニュレー侯爵がなにをしたいのか、よくわからんのだ。
あっちだって妹を殺されている。
新たな証拠が出て、他に真犯人がいる可能性があるのなら、その追求が先だろう。
どうして、まずレディ・カタリナを止めようという話になるのだ。
いや、迷惑は迷惑だがな。
ぶっちゃけて言えば、本当に迷惑だが!
妻は記事を見るなり寝込んだし、会う人会う人に今更気を使われて居心地が悪くてかなわん!」
ものすごい早口で囁き倒されて、ノアルスイユは「はぁ」と気の抜けた返事を返すしかなかった。
「そもそもセニュレーの先代も先代だ。
亡くなったエリザベートは、今のシャラントン公爵との縁談がまとまる直前だったと匂わせて、公爵家に嫁がせていれば得られた名誉と利が潰されたのだから、あれをよこせこれもよこせと慰謝料を釣り上げるようなことをして」
「は? エリザベートがシャラントン公爵と?」




