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14.こき使われる予感しかしない

「で、あなたは、当時この別邸で働いていた人達を探してほしいの。

 特に侍女のアンナ。

 彼女が生きていれば、ただ一人の事件の目撃者だわ」


 カタリナに仕事を振られた管理人は慌てた。


「それがその、叔父はとっくに引退して亡くなっていますし、ここが先代大公妃様に売却された時に、伯爵家との縁は切れてしまって。

 当時、別邸で仕えていた者とのつながりも、私にはまったくなく……」


 聞けば、管理人は伯爵領とは関係のない王都近郊の地主の出身。

 大学で優秀な成績をおさめた叔父がたまたま伯爵の秘書として就職し、気に入られて先々家令になることを前提に執事となったのだそうだ。

 子がいれば、続けて伯爵家に仕えたかもしれないが、叔父は未婚。

 他に伯爵家とかかわりのある親戚や友人もいないとのことだった。

 騎士団に入る前に剣の相手をした次男は、大学を卒業した後、領地の管理を手伝っていたが、だいぶ前に魔獣との戦いで亡くなったという。


 あてが外れたカタリナは、眉を寄せる。


「まいったわね。

 それじゃ、アンナ探しは別途考えるとして。

 隣にあったセニュレー侯爵家の別邸は、今は女学校になっているのよね?

 どういうことなのかしら」


「ここの管理を引き継ぐ時に、叔父がちらっと言っていたのですが……

 セニュレー侯爵家も、ブラントーム伯爵家も、事件後、誹謗中傷にだいぶ悩まされたとのことで。

 結局、嫌な記憶が残る別邸を、セニュレー侯爵家は修道女会に売却し、ブラントーム伯爵家は地所を分割して、平民向けの別荘用地として売却したようです。

 もちろん、中傷が一番酷かったのはリュイユール伯爵家ですが、この別邸は買おうという者がいませんでしたから」


 ノアルスイユは、馬車の中で見た近辺の地図を思い出した。

 街道を挟んだ向かいに、小別荘ばかり並んでいたのはそういうことか。

 東隣は元はリュイユール子爵家の別邸で、こちらもブラントーム伯爵家と同じく更地にしてから分割して売ったらしい。


「誹謗中傷って、エリザベートもアンリエット達も被害者なのに?」


 カタリナは首を傾げた。


「被害者でも、ですよ。

 こういう大きな事件があった後は、さかしらぶった逆張り野郎が湧いて、無理な憶測を立てては、自分だけは真実に気づいたと吹聴したりするんです。

 それで、エリザベート達も、実は毒殺犯だろうとかなんだかんだ言われてしまったんでしょう。

 警察が証拠を揃え、おおやけの裁判で真相を明らかにしても、そういうことは起きます。

 ましてやこの事件、病死ということにして蓋をしてしまったんですから、妄想し放題じゃないですか」


 ノアルスイユが説明すると、カタリナはなるほどと頷いた。


「家名を守ろうとして、捜査を回避したら、もっと酷いことになったってことね。

 ほかに、なにか叔父さんから聞いていることはないかしら?」


「……あるにはあるのですが」


 管理人が渋い顔をして口ごもった。

 なんぞ?とカタリナとノアルスイユは続きを促す。


「ちらっと、それらしいことを聞いただけなので、そこのところをお含みおきいただきたいのですが。

 リュイユール伯爵家は、セニュレー侯爵家とブラントーム伯爵家、特にセニュレー侯爵家につぐないとして相当な資産を譲ったようで」


「「あー……」」


 カタリナとノアルスイユは嘆息を漏らした。

 これだけの事件だ。

 公的な制裁を回避しても、慰謝料をという話には当然なるだろう。

 マリー・テレーズの日記からも、当時のリュイユール伯爵はどうも謹厳実直が過ぎるくらいの人物だったことが伺えたし、過剰なくらい要求に応えてしまったのかもしれない。


「ここの維持費も、盛時であればなんの問題もなかったのですが、年々支払いが厳しくなってゆきました。

 売るのも貸すのもままならず、とうとう取り壊して更地にするしかないという話まで出て、ボアンヴィルを愛好される方々の縁をたどって、先代大公妃様にようやくお救いいただいたのです。

 伯爵家が社交界に出なくなったのは、金銭的な余裕がなくなったこともあるかと」


 領地貴族の収入は、領地からの税収、および所有する地所からの地代がメインだが、代々さまざまな事業に投資して膨らませ、その利子を合わせて豪奢な生活を支えていることが多い。

 長年蓄えた資産の多くを、侯爵家に渡した結果、領の景気に左右される税収頼みの自転車操業となってしまったのだろう。


「一時は爵位返上という話も出ていたそうですが、『なにも起きていないことになっている』上、後継者もいるのに返上というわけにもいかず。

 予定を大幅に前倒しして代替わりをされたんですが、ろくに披露もできなかったとか。

 後を継がれたのは御嫡男、つまりマリー・テレーズ様の上のお兄様ですが、もともと身体の弱い方で、こちらも既に亡くなられ、ご子息の代となっています」


「後々まで、大変なことになったのね」


 事件は、マリー・テレーズの父・兄・甥の三代に渡って、伯爵家に大きな影を落としていたのだ。


「ですので、伯爵家に協力を要請されても、おそらくは……」


 管理人は言いよどんだ。


「普通に、調べ直したいから協力してくださいって申し出るだけじゃ断られる、でしょうね。

 セニュレー侯爵家だって、ブラントーム伯爵家だって、いまさら蒸し返されたくないに決まっている。

 これが父なら、断れない筋から手を回して無理やりにでも協力させてしまうんでしょうけれど、わたくしではそうはいかない。

 どう立ち回るのがよいか、考えないと……」


 カタリナは公爵家の令嬢ではあるが、しょせんは「令嬢」。

 腹黒ポンポコ公爵のように、他家になにかを強いるような力は持っていない。


 マリー・テレーズの冤罪を晴らすと決意したはいいが、カタリナはどうやって調査するつもりなのだろう。


 ──ノアルスイユは、自分がこき使われる予感しかしなかった。


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