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12.顎長キモ男、ほんっとキモいわね

 とりあえず、立ち話もなんだということで、管理人のコテージに3人は向かった。

 直接、コテージの裏手に回り込むと、広めのポーチがある。

 座り心地の良さそうな籐椅子がニ脚置いてあった。

 二人を案内した管理人は一度中にひっこみ、さきほどの下女が、ガチガチに緊張しながらお茶を出してくれる。

 ちらりと、居心地の良さそうな居間が見えた。

 ノアルスイユも、マリー・テレーズの日記の最後のあたり、当日なにが起きたのかをまとめたあたりにささっと眼を通す。

 昔、貴族学院で焼身自殺があり、大騒動になったという話はどこかで聞いた覚えがあるが、まさかこの事件に絡んでいたとはびっくりだ。


 アンリエットとルイーズ。

 エリザベートとニコル。

 そして、侍女のアンナ。


 画帳の肖像画は、マリー・テレーズ本人も含め、事件の現場に居合わせた6人を描いたものだと気づいたノアルスイユは、カタリナに画帳も見るように勧めた。

 カタリナは、1枚1枚、6人の肖像をじっくり眺めていく。


「もしかして、この絵、事件を調べ直してくれる者が現れたら、参考にしてもらうつもりで描いたのかしら」


「そうかもしれませんね」


 うなずきながら、日記の続きを読む。


 犯罪実話本で書かれていた解説と、かなり経緯が違う。

 そもそも、茶葉は伯爵家のものではなく、従姉妹のニコルが持ち込んでいたものだとかびっくりだ。

 どう見ても、その茶葉が怪しいではないか。

 とはいえ、同じ物を飲んだのにマリー・テレーズだけが無事だった謎は残るし、なによりニコルも亡くなっているので、ニコルが犯人だと単純に考えるわけにもいかないが──


 一通り、事件前の動きを頭に入れたところで、その後のことが書いてあるくだりも読んでいく。

 事件の夜、ようやく意識を取り戻したマリー・テレーズは、気がついたらすっかり犯人ということになっていた。

 父母に次兄に叔父に責め立てられながらも、マリー・テレーズは自分ではないと主張し続けるが、言えば言うほど狂っているとみなされて、自室に軟禁されてしまう。

 頼りにしていた侍女のアンナは、顔も見せない。

 自分が無実であることは、アンナならば証言できるはず。

 アンナを探しに行こうと自室を抜け出したマリー・テレーズはすぐに捕まってしまい、激怒した父に、例のクローゼットに閉じ込められてしまった。

 服をかけるバーやフックの類が外されていたのは、安易に自殺させないため。

 目の前で友人達を失ったショックと悲しみ、家族にどうしても信じてもらえない苦しみを乱れた文字で切々と綴った後、ページを替えて、先に読んだ当日の動きの部分を克明にまとめたようだ。


 重い。

 めちゃくちゃに重い。


 ノアルスイユは、深々とため息をつくと、日記の最初のページに戻った。

 日付からして、事件の半年ほど前からの日記だ。

 なにか手がかりはないか注意しながら、穏やかな令嬢生活の記録を読み進めていく。

 従姉妹のニコルと貴族学院に通っていたアンリエットは、王都の本邸で主に暮らしていたようだが、なんだかんだでしょっちゅう別邸に顔をだす。

 そこに西隣のエリザベート、ルイーズと末の妹のイザベル、そして付近に別邸をもつ伯爵家や子爵家の令嬢達も混ざり、招いたり招かれたりとちょっとした社交界のよう。

 些細な言葉尻で波風が立つこともあったが、だいたいのところは仲良くしていたようだ。


 カタリナは、「顎長キモ男、ほんっとキモいわね!」とか、「あるわー、下剋上狙い女こういうことしてくるわー」とかぶつぶつ言いながら、ノアルスイユが読んでいる日記の前に書かれた、もう一冊の日記を読んでいる。

 カタリナは、ノアルスイユとはだいぶ違う読み方をしているようだ。


 そうやって2人で日記を読み込んでいると、ありあわせのものですがと言いつつ、田舎風パンに粒入りのマスタードを塗ってチーズや冷肉を挟んだものと、ごく薄切りにした白パンにスライスしたキュウリを挟み、小さくカットしたものを管理人が持ってきてくれた。

 そういえば昼時だ。

 キュウリのサンドイッチは、これでも一応公爵令嬢であるカタリナのために、上品に食べられるようわざわざ作ってくれたのだろうが、カタリナは遠慮なく両方ぱくついて、「なかなか美味しいわ」とご満悦だ。


 腹が落ち着いたところで、カタリナは「二三、訊ねたいことがあるから、そこに座りなさい」と、妙ににこやかに管理人に促した。

 管理人はおっかなびっくり、作業用の丸椅子に座る。


 まず、カタリナはいったいどういう「縁」で、ここの管理をすることになったのかと訊ねた。

 管理人は、実は事件当時、この別邸の管理を任されていた執事の甥で、王立騎士団に下士官として入る前の半年ほど、このコテージで暮らしていたこともあると白状した。

 一応、伯爵家の家族にも紹介され、当時別邸にいた次男のジャン・バティストの剣の稽古の相手もしたという。

 マリー・テレーズは、よく庭で絵を描いており、幾度か言葉を交わしたこともあったそうだ。


 とはいえ、それは事件の3年前の話。

 事件が起きた時には新人騎士として辺境での任務に当たっており、事件の詳細を知ったのは、任地替えでいったん王都に戻った時。

 事件から3ヶ月が過ぎていた。

 その頃には、マリー・テレーズは病死したとかいう噂で、伯爵家は既に領地に引っ込んでいたし、伯爵に付き従って領地に移った叔父とも会う機会がなかった。

 実際には、マリー・テレーズは軟禁されていた部屋を抜け出し、別邸近くを流れるランデ河の支流で入水したらしいが──


「気の毒に」


 ノアルスイユは思わず呟いた。

 結局、家族に信じてもらえないまま、絶望のうちに亡くなったのか。


 そして十五年前、騎士団を除隊することになった時に、執事から家令になっていた叔父に知らせたら、ちょうど別邸の管理人が引退したがっているので、この際どうかという話になったのだそうだ。


カタリナ「顎長キモ男といえば、高畑勲『かぐや姫の物語』の帝は酷かったわ……」

ノアルスイユ「ん? 誰に向けて何を言ってるんですか??」

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