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「……なんでハルトヴィヒは騎士と話してたの?」
「あー、そうだなあ」
「話せないなら別にいいよ」
「いや。言ったろう、誘拐が出てるって。すでにここに受験に来た人たちの中で、合格・不合格関係なく行方不明者が出ているんだ」
「えっ……」
あの時のチャラい騎士が言ってたのは脅しでも何でもないのか。
その割には学術都市内はとても静かだ。
(……この時期になると、行方不明者が増えるってわかっているのに?)
警戒を強めるとか、学園側からも受験者に注意を促すとか、色々できたはずではないのだろうかと私は思ってしまった。
実際、私が受験するまでの流れは願書を出して、受験票が届いて、受験した。
途中の旅費や受験料は返還されないって注意があったくらいだろうか?
(勿論、それは前提として自分の身には責任を持って行動しろって意味だとは思うけど……)
それでも結構、無責任な気がするのは私だけだろうか?
思わずまた眉間に皺を寄せてしまった。
「実はカタルージアの人間も被害に遭ったみたいでね。……学術都市の騎士隊は、基本的には動かない。そして自治国家だけあって、他国からの干渉も受け付けない」
「……それって」
「殿下はとても気にしていらっしゃるんだ。僕も同郷が困っているなら、手助けしたいと思っている。だから騎士たちに話が聞けないかと思って」
「……何か聞けた?」
「いいや、何も。子供だと思って何も教えてもらえなかった」
悔しそうにハルトヴィヒが言った。
葛藤も無念も理解できるし、王子が自国民を気に掛けるってこともわかる。
そして同じように騎士たちが子供たちに何も話さないってことも、わかる。守秘義務だもんね。
「……ハルトヴィヒもさ」
「ん?」
「人攫いだけじゃなくて、吸血鬼も攫ってるなんて思う?」
「マリカノンナ?」
怪訝そうな表情を浮かべたハルトヴィヒに、私はハッとした。
何を聞いているんだか!
「ご、ごめんごめん。実は受験の日に騎士さんに人攫いとかが横行してるから気をつけろって言われて、その時に吸血鬼に攫われるぞって言われたからさ!」
「ああ、なんだそういうことか。まあ昔から聞く脅し文句だよな」
「うん。まあね、えへへ……」
よっしゃ無理なく切り抜けたぞ!!
私ったらこの本のせいで感傷的な気分だから変なことを言っちゃったのかしらね、気をつけなくっちゃ。
「吸血鬼はさすがに突飛な話だろう。死体が出ているわけじゃないし……」
「ゴッフ」
おっそろしいこと言われて思わず噎せたわ。
なんで死体とかそんな恐ろしい単語が出てくるの!?
「マ、マリカノンナ!? どうした、大丈夫か!?」
「ダイジョウブ」
ハルトヴィヒに心配されながらも歩いて寮に着いた時には、ダメージと疲労でとんでもないことになってたよね……。
うんうん……。
吸血鬼が狙うのは成人手前までの子供の生き血。喰らったら死体は捨てる。
かの傲慢なる王の舞台は実はこの学術都市が立つ前の土地のことではないかということ。
吸血鬼を信奉している人間たちによる凶行とも思われたことがあるが、先も述べたように死体が発見されていないので人身売買の可能性がある……なんてことを教えてもらった。
「だから夕暮れ以降に一人で路地の方に足を踏み入れるなよ!」
「わかった……」
「わかったならいい。それじゃあ僕は殿下のところに戻るから、また明日。……そうだ、明日は馬術部に来るか!?」
「……そうだね、折角だから顔を出すよ」
「そうか! じゃあ教室に迎えに行くよ!」
「えっ、ちょ……」
それは目立つから止めてほしいんですけど!?
私はまだ青春したいのであって、修羅場を迎えたいわけじゃないんですよ。
そこんとこわかってくれないかな!!
(はーあ……学園生活、どうしてこう多難なわけ!?)
ハルトヴィヒの姿が見えなくなって、私は大きなため息を吐くしかできない。
そんな中、部屋に戻ると大コウモリが一匹、窓枠にぶら下がっているではないか。
「わあージェフリー!」
窓を開けて迎え入れると大コウモリのジェフリーが私の腕の中に収まった。
このコウモリ、ひいおじいちゃんのペットである。
「ありがとう、手紙を届けに来てくれたんだね!」
私からの問い合わせに対し、のんびり屋のひいおじいちゃんが特急でお返事をくれたことに落ち込んでいた気分も上がるってもんですよ!
しかも相変わらず洒落た便箋使うなあ、金箔とか孫に送る手紙じゃないよ?
「っていうか分厚い!!」
思わず笑ってから、私は戸棚に入れておいたドライフルーツを一つ取り出してジェフリーに渡した。
そしてベッドに座り、ジェフリーをひとなでしてから手紙を読み始めるのだった。




