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(……そもそも吸血鬼って呼んでそれを固定にしちゃったのは人間族なのよね)
前世の記憶を取り戻さなかったら、きっと私はそれを〝当たり前〟として受け入れていたんだろうなって思う。
両親や親戚と同じように、とりあえず引きこもって時々外に出て、好きな本を読んで書いてそれでいいねって。
でも私は記憶を取り戻して、折角このファンタジーな世界の美少女に生まれ変わったんなら色々やってみたいと思ったワケよ。
それってごく普通の欲求でしょう?
(聖女が召喚された頃、もう既に吸血鬼は迫害されていた)
不死者なんて呼び方も人間族がつけたって話なんだよね。
なんせその昔のまた昔、私たちのように人間じゃない種族ってのはそれなりに存在していた。
争うこともそこそこあったけど、エルフにしろドワーフにしろ、長命なら長命でメリットデメリットってもんは抱えているのだ。
それが、生殖能力だ。
私たちは長命で、強い力を持っている反面、生殖能力が乏しい。特に吸血鬼一族はちょっと特殊だからなあ。
まあそれはともかく、そういう理由で長命種は子が生まれにくい分、争わない。
無用に争うことで、子供を失ったら本末転倒でしょう?
人間種はその逆だ。
短命で、力や魔力に乏しい。その代わりに強い繁殖力を持っている。
その分自分たちの陣地を守るために争いごとに積極的……という風に見える。
どちらにも言えることは、知識欲や向上心があるってことかな。やり方は違うけど。
(そうね、やり方が違った)
人間族は自分たちにないもの……つまり私たちみたいな能力を欲した。
その結果、魔術が発展したし魔道具もできた。
医療技術は進歩し、ドワーフとはまた違った方向で知恵を伸ばし機械工学を編み出した。
でも、不死に近しい長命は、今も手に入れていない。
彼らはずっと永遠に憧れている。
「永遠の命、か……」
私は手元にある一冊の本の表紙を撫でる。
それは、今は滅んだとある国の王様……を描いた物語。
よくある『欲深いとこうなっちゃうから気をつけましょうね!』っていう、教訓めいたところがある話だ。
「何読んでるの?」
「イナンナ」
「あ、懐かしいー! それ『強欲の果てに』でしょ? 小さい頃絵本で読んだなあ、書籍は色々難しいことが書いてあるって聞いたけど、ここにあるんだあ」
「……そっか、書籍はあんまり人気でなくて絶版になったんだっけ?」
うちには確か置いてあったな。
確か三百年前くらいに生きていた人間族の青年が書いたっておばあちゃんが言ってたっけ。
となると、これは人間族にとっては古書扱いだろうか?
でも装丁は随分と新しい物だよな?
「そうそう、でもそれは最近出た翻訳版だよ! 新解釈ってなってた」
「へえ、気づかなかった」
「私もまだ読んでないんだけど、どうして郷土史研究部にあるのかな?」
「先輩の誰かのものなのかな? 図書館のものじゃなさそうだけど……」
「ああ、それ?」
私たちが本を見ながらそんなことを話していると先輩の一人が笑って教えてくれた。
もう一冊同じものを棚から取り出して、ぽんとイナンナに渡す。
「ここの卒業生が翻訳したってことでね、まとめて寄付してくれたのよ。ちなみに郷土史研究部の人だったんだ~、気になるなら貸してあげる」
「わあ、ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……」
親切に嬉しくなる。
だけど、ちょっとだけ、複雑な思いだ。
だって、この強欲の王様は本当にいた人だ。
三百年前にいた作者が描いたのは、それよりもずっと、ずっと昔にいた一人の王様の物語。
永遠の命を求めて、初めて〝吸血鬼〟を生み出した人の物語なのだから。




