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かの地へ42

 奇妙な感覚だ。

 世界の全てはそのままで、しかし飛んでくる対戦車ロケット弾だけが時間の流れに取り残されたように目に焼き付いている。

 勿論、実際にはそんなことは無い。

 RPGの弾頭はクロが叫んだ次の瞬間にはレイヴンのすぐ横を掠めて行った。


 そう。掠めて行ったのだ。

 ただの幸運。或いは咄嗟に反応した操縦担当の他律生体の性能。

 機体は大きく右にバンクし、そうすることでRPGを紙一重で躱していた。

 ――当然機内は無事では済まない。


 「うおっ!!?」

 目に焼き付いた一瞬を脳が理解する頃には、突然の動きに体を投げ出され、開いている後部ハッチから片足が外に露出した。

 咄嗟に伸ばした手が手すりを掴めたのはほぼ奇跡と言っていい。

 「くっ……」

 何とか振り落とされないように体を引き上げ、それと同時にハッチが閉まり始める――ナイスタイミング。


 「大丈夫ですか?」

 クロの手がドラッグハンドルを掴んで引き上げてくれる。

 「ああ。ありがとう」

 機体が水平に戻り、急制動に鳴り響いていたアラームが消えた頃、ようやく俺は立ちあがることが出来た。

 水兵に戻ったと思った機体は機首をやや上げて一気に駐屯地から離れていく。閉まりつつあるハッチの外に目をやると、こちらを撃ったのだろう屋上で二体の他律生体が銃を構え、その延長上に倒れている別の他律生体の横には発射筒が転がっている。これで二発目はあるまい。

 ――まさか公社の連中に助けられる日が来るとは思わなかった。


 「肝を冷やしたな……」

 先程の光景を思い出す。RPGも落下も、あと少しでも何かが違っていれば死んでいた。

全く、こちらに来てから何度こういう体験をしたことか。

 どれ程危険な現場仕事だって、こうも何度も致命的なヒヤリハットは重なるまい。

 酷く脱力した気がして、しかしそれでも離れないでいた握力の限りで掴んでいた手すりからようやく手を離すと、奥園が操縦席の方へと移動しているのが見えた。

 その背後にはビショップさんが、ハイジャック犯よろしく拳銃を突きつけながら控えている。

 突きつけられている張本人はもう慣れたのか――或いは撃たれないと高をくくっているのか恐怖がマヒしてしまっているのかは分からないが、落ち着いた様子で操縦士に呼びかけている。


 「念のため電子マスキングを施す。プールしていた別のコールサインを使用しろ。それと、統合共同体議会に秘匿回線を繋げ。オブライエンの行動について報告する」

 返答はすぐにあった。

 指示に従っていた通信士兼副操縦士が奴の方へ振り返る。

 「回線繋がりません。呼びかけていますが応答がありません」

 「出るまで続けろ。……クソッ、何のためのホットラインだ」

 奴はどうやらどこかに連絡しようとしているようだが、上手くいっていないらしい。

 連中の指揮系統や通信がどうなっているのかは分からないが、ホットラインが通じないとなると中々の非常事態だ。


 「診断プログラムの走査完了しました。異常は見受けられません」

 「妨害はあり得ない。そのための秘匿回線だ。それに繋がらないはずもない。脳に直接流し込むのだから……」

 「……なんだって?」

 ビショップさんの問いかけは、恐らく今の言葉を聞いた全員が口に出しそうになっていた言葉だろう。もし彼が一瞬でもそれを口にするのが遅ければ、俺を含むキャビンの誰かが同じ台詞を吐いていたはずだ。

 脳に直接流し込む。聞き間違いでなければ奴は確かにそう言った。

 ホットラインの繋がった先が誰かの脳みそ。文脈から考えて脳というのは比喩ではなさそうだ。


 「脳に直接……?統合共同体議会が……?」

 湧き上がった疑問を誰かが口にした。そしてそれは、発言者の耳にも届いていたようだ。

 「ああ……なんだ」

 奴はこちらに振り向いた。その表情には微笑が張り付いている。

 微笑の内容=自分が追い詰められつつあるという事への反応:どうやら真相を知らないらしい俺たちへの嘲笑=50:50と言ったところか。

 実際、のっぴきならない事態になりつつある時には却って頬が緩くなる場合がある。


 「そうか、あんた達知らなかったのか。統合共同体が日本政府か何かだと思っていたのか」

 半分ぐらいは当たっているかな――そう付け加える。

 「どういう意味だ」

 奴はその問いかけにすぐには答えず、すぐ近くのシートへ腰を下ろして俺たち全員を一瞥した。

 それから一度だけ操縦席を振り返り、まだ求めた結果が出ていないことを確認すると、深くため息を一つ吐いて再度こちらに向き直り、語り始めた。

 統合共同体の正体を、そして東日本暫定自治区が辿った歴史を。




 発端はユーラシア戦争勃発よりも前に遡る。

 時は2040年、こちらの日本では高い支持率を誇った高山内閣が政治資金を巡るスキャンダルで退陣。解散総選挙の末、当時最大野党だった左派政党『社会発展党』が政権を握ることとなる。

 一説には保守層を中心として支持を集めていた高山内閣に対し、警戒感を強めていた東人連が日本国内の各界に潜伏した、或いは育成した工作員によってネガティブキャンペーンを行ったとも言われているが、事の真相は不明だ。


 とにかく、社会発展党政権が誕生したが、その2年後の2042年に沖縄が琉球人民共和国として独立を宣言。日本政府は説得を試みるが、その実態はほぼパフォーマンスだけだったとされている。

 親東人連派が多数在籍していた社会発展党の中では沖縄独立は既定路線だった。

 表向きは日本、北共、東人連のいずれの軍事力の駐留も認めないとした国際条約も、早晩日本及び東人連の定めた例外規定により形骸化。琉球人民共和国は東人連の傀儡となって取り込まれることとなるのだが、この時日本政府はこれを黙認している。


 そして決定的な事件が起きたのは2071年。社会発展党政権が一度下野し、再度壮絶なまでのネガティブキャンペーンで政権に返り咲いた時の事。

 東人連軍艦艇が対馬に上陸。2週間に及び住民を人質に取り不法占拠するという事件が発生する。

 当時の政権は軍部を退け東人連との対話による解決にこだわり、遂に艦隊が不法占拠を解いたものの、その後東人連政府に対し、当時の日本政府が対馬割譲、北九州分割統治提案を行っていたことがリークされると、軍の一部将校による反乱が発生。保守層の多くもこれを支持した。


 これに対し政府は軍に治安出動を要請。結果から見れば、これが火に油を注ぐこととなった。

 軍の将校たちにしてみれば、反乱こそ起こしてはいないものの、毎年予算を削減された挙句、自国の領土と国民を切り売りする判断を下した政府になど愛想をつかしており、その上でその政府に危険が及ぶとなれば真っ先に味方に銃を向けろと要請する時の政権への不満が噴出。更なる反乱を誘発してしまう。


 これが日本内戦だ。


 およそ一か月にわたる内戦はしかし、意外な形での結末を迎えた。

 反乱軍による、日本国民集団自決といういかれた形で。

 最早自国の軍を頼れないと判断した日本政府が次に頼ったのは東人連だった。

 その事実と、そして何より国民の多くがこの反乱に対して無関心であったことが、反乱軍上層部には致命的だった。

 最早この国を守ることはできない――その判断が、彼らが密かに温め、そしてそのまま忘れ去ってしまいたいと思っていた最終作戦の発動を許可した。

 曙作戦――彼らがそう呼んだそれは、研究用に保存されていた大量破壊ナノマシンの全国散布による集団自決。

 他国に屈し民族のアイデンティティを奪われる位ならば、自らの意思で死を選ぶべきだ――その思想がもたらした最終作戦は実行された。


 それも、彼らが最も排除すべきと考えていた政府と、その支持母体であった統合共同体だけを残す形で。


 統合共同体。元々は社会発展党を支持する一市民団体。

 社会的高次進化論という独自の思想を掲げ『よりよい世界のため』をスローガンにしたその団体の実態は東人連の対日工作部門が作り上げた組織。そして彼等ですら制御できない程の狂気を孕み、今日まで公社と東日本暫定自治区議会として存在し続け、今は世界中に戦争を吹っ掛けている組織の正体だった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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