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かの地へ33

 穴の上のガラクタをどけると、ベニヤ板で出来た蓋が姿を現した。

 風雨に晒されたことで変色し、妙なぬめり気もあるそれは、見た目も相まって浴槽に使う蓋のようにも思える。

 そのやっつけ感漂う蓋をどかすと、今度こそぽっかりと空いた穴。一応タラップも取り付けられている――というか地面や内壁と同化して取り込まれている――ので降りていくことはできそうだ。


 「これ……ちゃんと中入れるんですよね?」

 不安げにデバイスを取り出して酸素濃度計を起動し、穴の中に突っ込むクロ。

 一応酸欠にはならなそうだし、有毒物質も検出されていない。

 「一応大丈夫のはず……」

 シロがライトで穴を照らしながら答えるが、その声は明らかに自分の言葉を信用していない。


 とはいえ、ここで止まっている訳にはいかない。

 クロがデバイスに延長端子を取りつけて、その先端を尻の下に下げた状態でタラップを降りていく。

 もし中に有毒ガスや酸欠状態の空気があれば、この延長部分が体より先にそれを察知してくれる。

 「じゃ、俺はこれで」

 そう言うと、アキームは俺たちがどかしたガラクタの上を驚くべき身軽さで駆け上り、身長よりも高いフェンスを軽々と越えて向こう側に消えていく。


 彼の姿が消えたところで角田さんがCPに連絡を入れた。

 「アルファ6よりCP。LZにてグリフレットと合流。シュティレンを手渡しました。これよりトンネルへ移動しますオーバー」

 「CP了解した。引き続き警戒せよアウト」

 通信はそれだけだった。

 そしてそれを終えると同時に今度は部隊内チャンネルにクロの声。

 「アルファ2よりオールアルファ、底に到着しました。周囲に異常なし。酸素濃度計の数値は全て正常」

 安全が確認できたところで俺も彼女に続く。

 狭い洞窟内に垂直に降りていくと、クロが進行方向に向かってセカンダリーとライトを向けていた。

 右手にセカンダリー、左手にライト。ライトを逆手に持った左手を右手の下に入れる構え。右腕に装着したデバイス用のホルダーに自身のそれを納めて、延長端子が銃身の下に届いている。


 俺の後に続いたシロと角田さんが揃い、それからクロが前進を開始。

 ここから先は道が狭く、途中で入れ替わることができない。その上、俺や角田さんが先頭に立つと後続の視界を完全に塞いでしまうため、穴を抜けるまではクロが常に先頭に立つことになる。

 と言っても、思っていたよりトンネルは短かった。身を屈めて、時にはほぼ這うような形で進まなければならない所もあったため、距離のわりに時間はかかってしまったが。

 暖かくて湿った空気の満ちている土の中はそれほど長時間いたいと思えるような場所ではなかったのでその点はありがたかった。


 その出口の光が見えたところでクロが足を止め、酸素濃度計の代わりに取り出したのは昆虫型ドローン。最早慣れたそれを外に送り出し、しばらく外の様子を確認。

 「穴の周囲はブッシュ。穴から数m進んだところが崖になっていて、その下に歩哨が数名。建物からはブッシュの陰になって露見の可能性は低い」

 淡々と届いた映像を解説するクロ。

 映像を共有してもらうと、成程背の高い藪といくつかの名前の分からない草――というか枝が伸び放題に伸びて穴の周囲を覆い隠している。

 その枝の隙間から見えるのは目指す駐屯地の建物。穴から距離を取るように車回しが設けられていて、それらをフェンスで囲んでいる。

 そしてドローンの下には報告通り数名の歩哨が巡回中。

 巡回しているという事はそのうちどこかに移動する可能性が高いと思われる――そう思った矢先、願いが聞き届けられたのかのようなタイミングで、屯していたうちの二人がその場を離れていく。


 「おっ、ラッキー」

 ドローンの持ち主もそれは見逃していない。

 と言っても残った二人には動く気配がない。

 「どうしますか?」

 不意にクロが振り返って指示を求めた。位置的に俺に対して言っているようだが、実際には最後尾=角田さんだ。

 「行こう。このまま待っていてもせっかく離れた連中が戻ってくるかもしれない。流石に連中も裏口を無人にすることは無いだろう」

 反論はなかった。どの道、それほどのんびり待っている時間的余裕もないのだ。もたもたしていたら奥園が移動してしまうかもしれない。


 クロがライトを消し、ドローンを回収して出口に向かって進む。

 真っ暗闇のトンネルから日の光の下に再度出てきたことで一瞬目が眩み、回復する前に付近のブッシュに伏せる。

 目が正常に戻り、それから音を消して前進。

 ブッシュの擦れる音さえも消すように慎重に、風に辺りがそよぐのに合わせて進む。

 歩哨二人はもはや肉眼でその顔――と言ってもどちらも同じJ1614型だが――まで分かるような距離だ。


 立ち上がれば即座に見つかる。そんな場所で息を殺してチャンスを待つ。

 「……」

 ちらりと横に目をやる。

 もう一つの盛り上がったブッシュの陰にクロが息を潜める。

 互いの手にはナイフ。歩哨はどちらも崖から飛び降りればそれで済む位置。

 しかし最後の一歩が出ない。映像で見たより距離があり、同時にブッシュは崖際までは届いておらず、どうしても最後は体を晒して飛び込まなければならない。

 動き始めた瞬間に見つかったとして、その直後に飛び掛かればなんとかなるか?一瞬頭にその考えが浮かび、すぐに脳の別の場所が否定する。確かにできなくは無さそうだがギャンブルだ。

 もし連中が即座に銃撃を加えるか、或いは距離を取る方向に動けばそこで唯一にして最大のチャンスを失うことになる。そしてそうなれば反対に、俺たちは無防備に鉛玉に自らの体を晒した間抜けとなるだろう。


 「アルファ1、2。こちらで注意を引きます」

 助け舟を出してくれた事に感謝――と言ってもここでは声を出すことはできないが。

 通信の直後、右手でブッシュが大きく音を立て、枝が折れるような音がそれに続く。

 極めて単純な、しかしそれゆえに効果的な陽動。歩哨二人の目がそちらに注がれる。


 「ッ!!」

 そのほんの僅かな意識の集中が、この距離では致命的になる。

 俺とクロが一斉に飛び出して、連中の体めがけて崖を飛び降りる。

 「!!?」

 意識の外から突然飛んできた相手に、歩哨が出来たことはただこちらに振り返る事だけだった。

 飛び出した勢いと自身の質量でもって飛びつき、その衝撃で仰向けに倒すと、地面に相手の背中がつくのと同時にその首にナイフを突き立てる。


 バイザーの向こうの目が驚いたまま動きを止めたのを確かめてから、それぞれ崖下のブッシュの中にそいつらを投げ入れておいた。

 「よし、無力化したな」

 注意を引き付けてくれた二人がブッシュから出てきて合流。

 最初の障害はクリア。後は潜入だ。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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