勃発14
モニター上の表示は刻々と変わっていく。
艦隊は既に八割がた青く染まり、航空機もただ硫黄島上空を遊覧飛行するか、他律生体による制圧が成功しなかった船=まだ抵抗の意思と能力のあるそれへの攻撃に移っている。
「洋上、敵艦隊の映像出せるか?」
「了解。敵艦隊の映像、出ます」
オペレーターの一体が反応し、モニター上に新たなウィンドウが開かれた。
まだ闇の中の島の南の沖合、何隻もの船が火を噴き、そしてその火をより巨大に立ち昇る黒煙が覆っている。
その煙が海域全体を覆い尽くさんとしている中で、何とか姿が見えているのがフィルモアの巨大な甲板だった。
監視衛星のコントロールを奪う事で映し出されているこの映像。恐らく今映っているのは北共のそれだろうが、これを見た北共軍の関係者は何を思うだろうか――そんな事をする余裕があったらの話だが。
フィルモアは先程着弾したミサイルにより大きく左に傾いていた。
甲板上に広がっていた無人機たちが、その傾斜に耐えられなくなったものから滑り落ちていく。
時には他の機体にぶつかってそれを巻き添えにしながら、或いは逃げ惑う甲板要員を巻き込みながら、闇のそのものが広がっているような海面に向かって、吸い込まれるように落ちていく。
そして状況が故に、そうした機体には燃料と武器弾薬が搭載されていたはずだ。
そして――これはもしかしたらだが――甲板かその近くに、そうしたものがまだ残っている可能性がある。つまり、大量の航空燃料と武器弾薬=可燃物と爆発物が。
「あっ」
その可能性に思い至った時、隣で奥園が声を上げ、モニターの一角が真っ白になった。
まさにその予想が的中したのだという事は、予想したのが俺以外の誰だったとしても分かる事だろう。
フィルモアの甲板が真っ白に煌めき、それから甲板を覆い尽くす巨大な煙が広がる。
生存者はおるまい。
「……」
だが、今更考えて何になる。
同じことはこれからも起きる。それがシジマ計画だ。
この世界全てで、より大規模に起きる。
三大国の中枢、70億を超える世界人口のほんの一握りが王権神授説のごとき理屈で好き勝手に振る舞い、大国に生まれ高い地位にいるという事だけでこの世の全てを自由にできると大真面目に信じ込んでいる。
その繁栄は無数の流血と屍の上に築かれたものだと知らず、考えようともせず、ただ自分たちの思想が、理論が、都合が、この世界の全てに優先すると信じている連中。自分たちがそうすることは享受できる当然の権利と疑わず世界を弄び続ける連中。
暴君、いや無邪気な愚君。その頭には刃が落ちるのが相応しい。
そして多くの人々は巻き込まれてしまうだろう。フィルモアの乗組員たちと同様に。
しかし、必要なのだ。
シジマ計画の達成のために、真にクリーンな世界のために、腐敗した人間から権力を取り上げるために。二度と現在のような狂った歴史を歩まないために。
「大勢は決しましたね」
奥園が呟いた。
モニター上ではそれを示す情報がその瞬間にも更新されている。
「島内各所の被害状況の確認を」
「了解」
彼の指示にオペレーターが応じ、基地内に待機していた部隊や、各地の監視所や詰め所に連絡が入る。
と、同時に表示されるのは我々の頭上、この基地の地上部分だ。
「火災か……、ヘリポートにも被弾しているな」
その映像から分かる被害。恐らくは最初の攻撃で着弾したのだろう。
幸い建物自体には大した損傷もない。出火したのは正面ゲート付近の建屋で、消火班が既に出動して対応に当たっている。
更にヘリポートに出来たクレーターにも施設班が集まりつつある。
どちらも復旧にはそれほど時間を要さないだろう。
「ここの復旧が間に合わない場合、北の洋上滑走路跡を使用しましょう」
大事を取ってか、或いはその辺については専門外と割り切っているのか、奥園は次善の策をオペレーターに伝えていた。
硫黄島防衛の後は本土に戻れ――俺に下されていた統合共同体からの指令。
恐らく向こうもここと同じような状況だろうが、連中にしてみれば万が一に備えたいという所か。
――或いは、すぐ近くに置いて監視しておかなければならないと考えているのか。
まあ、どちらでもいい。
シジマ計画の達成までは俺も統合共同体に従うのだ。疑われても困ることは無い。
それに連中が俺を信用していないというのはある意味正しいのだ。
「……」
持ち歩いていた社会的高次進化論をパラパラとめくる。
この理想を実現するために、連中は公社を通じてここまで計画を進めてきた。
俺の出番はその後、連中がシジマ計画を達成し、全てをリセットした後に新世界秩序を打ち立てた後の世界だ。
世界にはダモクレスの剣が必要だ。そしてそれは、新世界の創設者とても例外ではない。
※ ※ ※
「作戦内容を確認しておく」
船の墓場と化した海域を抜けた頃、ビショップさんがそう言って俺たちの注目を自身に集めた。
「目標は公社のエージェント奥園香輝。この男を拘束し、公社が次元跳躍技術を入手しているかどうかを確認、手に入れていた場合、それが暴露される前に抹消する方法を探る。これが第一だ。その際こいつと公社の背後関係も洗う。他にも公社やその他の組織に技術を流出させたものがいるかもしれない」
もしそうなら、とてもではないが回収は不可能だ。
物体ではなく情報である以上、盗み出されたとか漏洩したとか言われても、目の前のものが無くなったり、その量がどれほどか等分からないのだ。
つまり、よく分からない被害をそれで収まると信じて止めに行くしかない。勿論その間にも人から人へと情報は広がっていく。
――もういっその事、公社がシジマ計画とやらを実行して全て吹き飛ばしてしまった方が簡単に対処できるのではなかろうか。
そんな悪魔の囁きすらも聞こえてくる。
異世界エレベーターを運用できそうな技術力を持つ三大国が消滅してしまえば、最早元の世界への侵攻など考える必要もない。シジマ計画実行後の世界には異世界エレベーターどころか普通のエレベーターすら残っていないだろう。
もっとも、その頃には俺たち自身も残っていない可能性が高いので現実的ではないが。
「だが問題は、この男がどこにいるのかがまだ分からないという事だ」
ビショップさんはそう続けながら自身のデバイスに手を伸ばした。
「エド?通じているか」
「良好です。軍の監視を気にしないでいいってのは快適なもんだ」
向こうから聞こえてくる声はマイクによって俺たち全員にも分かる。
「公社の方は?」
「今のところ秘匿回線が有効に機能しています。ただ、通話が限界です。何とかして連中の中に入る方法を考えていますが……」
どうやら情報の保護に関して三大国は公社より一枚上手だったようだが、今になってはもう意味もないだろう。
「わかった。引き続き頼む。それと――」
ビショップさんが本題を切り出す。
「硫黄島にいる奥園というエージェントについては分からないか。この前画像を送った男だ」
二人の間でやり取りがあったのだろう。エドの返事はすぐだった。
「最新ではありませんが、数時間前なら分かります。ジークフリートで三大国のシステムが無力化された時にEFの衛星にハッキングを仕掛けました。そのログに、奴が硫黄島北部の守備隊駐屯地に入るのが目撃されています。まあ、問題はそれを最後に映像を確認する手段を失ってしまったことで、奴がまだそこにいる確信が持てないという点ですが」
確かに可能性は少しだけ下がっただろうが、それでも行動に移すには十分な情報だろう。
他の可能性は一切思いつかないのだ。それなら消去法で最も高い確率=駐屯地に向かうべきだろう。
問題があるとすれば、駐屯地内に潜伏する奴の身柄を拘束するために投入できる戦力がこれしかいないという事だ。
情報が正確でなかったら?その時のことはその時考えればいい。それにもしその情報が間違いでただ敵に包囲されるだけになるのなら、次の事なんて考える必要はもう永遠に無いのだから。
「OKだ。十分だよエド。感謝する。また何か分かったら教えてくれ」
通信終了。
ビショップさんの考えも俺と同じだったという事は、その後すぐに分かった。
「確実性には確かに欠ける。だが他に手掛かりがない以上、この情報に賭けるしかないと思う」
全員異論なし。
俺の考えと他の全員が同じだという事は、その時に分かった。
(つづく)
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