72.イラスト
王宮の一角の、ギルとエレンの母親の庭でスケッチをする。
「ウィリアム様、何を描いてらっしゃるんですか?」
「ノルムさん。無理いって入れて貰っちゃってすみません。どうしてもこの庭が描きたくて」
「いえいえ、坊っちゃんなら大丈夫ですよ。門番だって顔パスでしょう?それにしても色合いが綺麗ですね。同じものを見ているはずなのに坊っちゃんが絵に描くとこんなに鮮やかに」
へぇ〜と呟きながら、庭師のノルムさんが褒めてくれる。ノルムさんは小さい頃から褒め上手なのだ。
「どうもありがとうございます。僕が描いたものが良いとしたら、それはノルムさんの作った庭が素晴らしいからですよ。いつ来ても綺麗なんだもの」
話しながらも手を止めずに絵の細部まで描いていく。以前エレンの絵を描く事を約束した時に背景はここにしようと決めていたのだ。
ふと、端にある花壇の一角を見ると、夏期休暇の時にエレンにあげた花が植えてあった。
「ノルムさん、あれ」
「ああ、この間、坊っちゃんがエレノアお嬢様にあげたお花ですな。あれはエレノアお嬢様が自分で植え替えていましたよ。太陽を浴びて元気いっぱいですな」
「本当だ、赤くて綺麗だ」
「坊っちゃんはあの花の花言葉をご存知ですか?」
「“君がいると幸せ”でしょう?エレンにぴったりだ」
「ふおっふおっ。やはりご存知でしたなぁ!流石ウィリアム坊っちゃん」
その後は、ノルムさんは庭仕事、僕はイラスト描きと、お互い手を動かしながら他愛ない話に興じる。そうこうしている内にやっとイラストが完成した。
「出来た!」
我ながら、会心の出来である。エレンの好きな庭をバックにエレンを描いた。
「ノルムさん、終わりました。庭を貸してくれてどうもありがとう!」
「いえいえ、このままお嬢様に会いに行くのですか?」
「今日はこのまま帰ります。明日学園で渡す事にします。また、遊びにきます!」
早く渡したい気持ちを抑えつつ、この日は家に帰って眠りについた。
***
次の日の放課後、エレンに昨日描いた絵を渡す。
「エレン、お待たせ。前に約束していたエレンの絵が出来たんだ」
「わぁ嬉しい!見ても良い?」
待ちきれないという様子で、包み紙を開けるエレン。いつの時代だったとしても、自分の作品を人に見せる瞬間は緊張する。
ほうと息を吐いてイラストを見つめるエレン。
「素敵……なんて綺麗なの。お母様の庭園だわ。これ、私?こんなに可愛く描いてくれてありがとう」
大切そうに胸に抱いて、真っ直ぐこちらを見てくれるエレン。本当に嬉しそうに見える。
「喜んで貰えて嬉しい。ありがとう」
「ふふっ。なんでウィルがお礼を言うの?とても嬉しい。大切にするわ」
「エレン……」
その時、僕達がいる部屋の入口側から不意に声がした。
「ウィルー。生徒会室に皆集まれってー。呼んでるわよ……って、エレノア様、それは、その絵は、如何されたのですか?!」
ライラが僕を探してやって来たようだ。
ヤバイ!と思った時にはライラの目はエレンの手元、僕の描いた絵を凝視していた。この絵が前世で慣れ親しんだイラストだと言うことは彼女には簡単にわかってしまうだろう。くそっ!絵を描いていた事がバレてしまう。
「あら、ライラさん。こんにちは。これ、ウィルが描いてくれたのよ。素敵でしょう」
「……ステテコ様……」
ライラがボソリと呟く。
「ライラさん?何ておっしゃったの?」
「ステテコ様……ステテコパンダ様!わっ私の神、ステテコパンダ様!!」
動揺しながらも、今度ははっきりと不穏な事を言い出すライラ。
僕はなり振り構わず、ライラの口を押さえて部屋から全力で引き摺り出した。
「ステテコパンダ」―――それは、前世の“私”のサークル名兼ペンネームだった。
そう、同人活動する時に、私はステテコパンダと名乗っていたのである。
ああ、神様……!




