65.趣味2
週末休みに、夏期休暇中に注文していたパイル生地を業者が持ってきてくれた。希望通りもふもふのふわふわだ!
癒しのグッズ制作第一弾。まずは枕。
とりあえず自分で作って自分で使ってみた。
「……なんて素晴らしいんだろう……」
枕に無防備に頭を預け、身体をそっと横たえる。柔らかな肌触りを指で堪能した後、優しく頬を寄せてみる。僕の熱が枕に移り、僕の動きに合わせて形を揺らす。曲線的なフォルムに抱かれるように、僕はそのまま深い安らぎに堕ちていった―――――――
その日僕が見た夢の中では、森が歌い、風がそよぎ、天使達が舞う中、祝福の鐘が鳴り響いていた……。
「僕は天才だ!!」
次の日、掛け声と共にガバッと起きる。快眠で疲労回復、お肌も艶々だ。
上出来だ、この枕。ギルとエレンにも作ってあげよう。
すっかり気を良くした僕は、癒しのグッズ制作第二弾に取り掛かった。ぬいぐるみだ。
推しキャラ(ギルバートとウィリアム)のぬいぐるみを前世で作ったりしていたおかげで、型紙からおこすのもお手の物だ。
…………と思っていたのだが…………。
ぬいぐるみ制作は難航に難航を重ねた。納得のいくものができない。可愛い猫のぬいぐるみがどうしてもできない。
試行錯誤し、何度も何度も作り直しながら、細部の細かい所までつめていく。
肩が凝り、目が充血する。
癒されたくてグッズ制作を始めたのに、今、癒しとは程遠いところにいる。
何故こうなった。なんでだ。
そんな思いをこめて、この猫のぬいぐるみが完成した暁には、こいつの名前は「にゃんデー」にしてやる。
こうしてできた「にゃんデー」を、万感の思いでモフモフしていたら、使用人や使用人の子どもたちに怪訝な目で見られてしまった。あんなに苦労したんだから、これくらい良いじゃないか!
それにしても、最近色々な人から怪訝な目で見られる。怪しい人扱いは勘弁である。
***
「お招きいただきありがとう」
「なんだその大きい荷物は」
僕はギルとエレンに食事に誘われ、王宮にきている。
ついでに、完成した枕2つと「にゃんデー」をあげようと持参したのだ。
わざわざ出迎えてくれたギルバートが、僕というよりは荷物に話しかけてるみたいになってしまっている。
執事のセグルスさんが、荷物を受け取って机に置いてくれた。エレンが少し遅れて応接室にやってくる。
「ウィルご機嫌よう。何なの?これ」
「エレン、これはこの間の生地から作った枕だよ。2人ともちょっと触って見て」
促されるままに双子が枕に手を滑り込ませると。
「うわぁ、フワフワ〜」
「何だ。この滑らかな触り心地」
「でしょう!癒されるでしょう!クッションでも良いかと思ったんだけど、タオル生地だからね。枕にしてみた!」
「この窪みはなんだ?」
「頭が固定し易いように。寝やすいんだよ。連日の公務、学園での勉学。より良い睡眠は健康の基本。忙しい2人に安眠と安らぎを!!プレゼントさせてね!使ったら感想をよろしく!」
ありがとう、とにっこり微笑む双子。
その後、執事のセグルスさんがギルに近づき、何やら耳打ちをした。
「ウィル、すまない。私に来客だ。エレンとゆっくりしてくれ。後で戻る」
「こっちこそ、忙しいのにごめん。ありがとう」
そのままギルは慌ただしく部屋を退出し、僕とエレン2人だけになった。
「それから、エレンにはこれもあげる。にゃんデーっていうんだ」
「可愛い!!」
エレンはぬいぐるみを抱き寄せると、大事そうに抱きしめてくれた。やっぱり女の子は可愛いものが好きなんだなあ。
僕がこれをやったら、皆が怪しい目で見るだろう。同じ人間なのにな……。世の中不公平だなと思いつつ、にゃんデーを抱きしめて喜んでくれるエレンは、物語のワンシーンのように絵になっていた。
***
一方のギルバートは新たな来客の待つ部屋へ急ぐ。
部屋の中には壮年の男女と1人の子どもが待っていた。女と子どもは男性の妻子なのだろう。
「お初にお目にかかります。ギルバート王子殿下」
「あなたがサルヴァトーレか?高名な錬金術師と聞いている」
ギルバートの言葉に、サルヴァトーレと呼ばれた男は恭しく頭を下げる。
「こちらに呼んだのはある事を頼みたくてな。……この薬が何の薬か調べてもらいたい」
ギルバートは1つの小瓶を取り出す。ローザンヌ商会の邸宅から持ってきた、ソロモン・グランディ事件で使われた薬。その薬の半分をこの小瓶に移し替えたものをサルヴァトーレに渡す。
「どのような作用があるのかわからない。王宮お抱えの錬金術師たちも調査したが、不明な部分が多い。危険物だと認識してくれ」
「……謝礼はどれ程で?」
「……このくらいだ」
ギルバートは紙に金額を書いてサルヴァトーレに渡す。
「こんなにですか」
サルヴァトーレは気を良くし、薄く笑う。
「引き受けましょう。何かわかりましたらご報告にあがります」
「ああ、頼む。……そちらはお前の妻子か?」
「ええ。めったに王都には来ませんのでね。用事が済んだら観光しようと連れてきたんです。申し訳ございません」
妻子がぺこりとギルバートに頭を下げる。
「いや、別に構わない。後、この薬の件は口外するな」
「わかりましたよ……」
大仰なお辞儀を残して、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせたサルヴァトーレとその妻子は応接室を退出していった。




