第69話 大空
燃え盛る空堀の中で、墜落した黒竜の巨体はゆっくりと崩れ落ちていく。
紅蓮の炎はなおも勢いよく燃え上がり、黒い鱗を容赦なく呑み込んでいた。
城壁の上には、しばし静寂が流れた。
誰もが自らの目の前で起きている光景を信じられず、ただ呆然と炎の中へ視線を向け続けていたのだ。
やがて、城壁の上で身を乗り出していた一人の守備兵が言葉を漏らす。
「……か、勝ったのか……っ。」
その一言を合図にしたかのように、要塞中から歓声が爆発した。
「勝ったぞぉぉぉッ!!」
「あの恐ろしい北の魔王を倒したんだッ!」
「俺たちの手で……王国を守り切ったぞッ!」
歓喜と安堵の声は波のように次々と広がり、兵士たちは互いの無事と勝利を確かめ合いながら力強く抱き合った。
術戦士たちも、その場に力なく座り込み、深く安堵の息を漏らす。
五日間に及ぶ野戦築城。
そして命を懸けた防衛戦。
血と汗を流した彼らの泥臭い努力が、ようやく報われた瞬間であった。
カレンは歓声と涙に包まれた要塞全体を静かに見渡した後、フローレンスと術戦士隊の前へ穏やかな歩調で歩み寄る。
「皆さん。」
その声に、疲弊しきっていた術戦士たちはすぐさま姿勢を正した。
「本当に……ありがとうございました。」
「皆さんに命懸けで守っていただかなければ、この勝利は無かったと思います。」
術戦士たちは互いに顔を見合わせ、照れくさそうに小さく晴れやかな笑みを浮かべた。
フローレンスもまた、深く静かに頷く。
「礼を言うのはこちらの方です。」
「民と王都を守るために共に戦っていただいてありがとうございました。」
カレンも柔らかく微笑み返した。
「それでも、お礼を言わせてもらいます。」
「本当に、ありがとうございました。」
フローレンスは空堀の底で燃え続ける炎へと視線を戻す。
「しかし……。」
「これで全ての脅威が終わりとは思えません。」
「北の魔王は討伐されて、またすぐに新たな北の魔王が誕生した。……このままでは、いずれ同じ事が繰り返されるでしょう。」
「この果てしない絶望の連鎖そのものを断ち切る術があれば良いのですが……。」
その言葉に、カレンは静かに目元を伏せた。
彼女の脳裏に浮かび上がるのは、南の魔王が語った言葉であった。
——管理者。
世界の均衡を維持するシステム。
そして、魔王という存在の真実。
「……。」
カレンは何も言わず、問いの答えを自らの胸へしまい込んだ。
その時だった。
一人の伝令兵が、荒い息を吐きながら城壁の階段を駆け上がってくる。
「フローレンス様ッ!」
「王都より急報です!」
息を切らせながら、伝令兵は大声で叫んだ。
「ゼン殿の意識が戻られましたっ!」
思いがけない朗報に、その場の張り詰めていた空気が一変する。
フローレンスは胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべた。
「そうか……!」
「ようやく、目を覚まされたか。」
そして、佇むカレンへ向き直る。
「カレン殿。」
「これからすぐに王都へ参られますか? ゼン殿もきっと、心から喜ばれるでしょう。」
カレンは城壁の上から澄み切った大空を見上げた。
夏の青空は、どこまでも穏やかに広がっている。
彼女は小さく首を横へ振った。
「……いいえ。」
少しの間を置いた後、彼女はいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「私は、家へ帰ります。畑の手入れを、早くしてあげないといけませんから。」
フローレンスは静かに温かな笑みを浮かべた。
「そうですか。」
「では、ゼン殿にはそのようにお伝えしておきます。」
カレンはもう一度、歓喜の叫びがこだまする古い要塞を振り返った。
ここで守るべきものは、すべて守った。
小さな背中は、賑やかな王都とは真反対の静かな道へと遠ざかっていく。
風が吹き抜ける一本道を、カレンは我が家を目指して歩いていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて「要塞防衛編」は終了です。
この章では、強大な力を持つ魔物たちに対して、知恵と準備で立ち向かう戦いを書いてみました。
次回より、新章「管理者編」へ入ります。
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物語もいよいよ終盤です。最後までお付き合いいただければ嬉しいです。




