第58話 世界を止めて
ゼンはシャロンの腕の中へと力無く崩れ落ち、その頑丈だった身体からはみるみる生気が失われていく。
先ほどまであの恐ろしい南の魔王と真っ向から素手で渡り合っていた男とは思えないほど、その顔色は土気色に青白く、深く閉じられた瞳は二度と開かないかのように静まり返っていた。
駆けつけたフローレンスと六人の精鋭騎士たちは、誰一人として言葉を発することができない。
南の魔王を単身で打ち倒した英雄が、自分たちのすぐ目の前で命を失おうとしているのだ。
「……なんで、こんなことに……っ。」
シャロンは震える手でゼンの冷たくなりかけた身体を力任せに強く抱き寄せた。
「嫌だ……絶対に……こんなの嫌よ……っ!!」
「……お願い……死なないで……っ!!」
三度も、自分のために命を懸けて戦ってくれた。
北の魔王との苛烈な戦い。
東の魔王との熱砂の死闘。
そして今、自分の身代わりとなって南の魔王の呪いを受け止め、命を落とそうとしている。
その全ての絶望的な局面において、自分は常に彼とともに戦い、彼に救われてきたのだ。
失いたくない。この大切な人を絶対に死なせたくない。
切実で純粋な願いだけが、胸の奥底から波濤のように溢れ出していく。
その想いに呼応するかのように、シャロンの全身から柔らかな光が溢れ出し始めた。
温かな光は二人を優しく包み込み、途絶えかけていた命の灯火を、かろうじてこの世へと繋ぎ止める。
胸は微かに、しかし確かに上下している。
だが、閉ざされた瞳が開くことはない。
必死に名前を呼びかけても、冷えた身体を優しく揺すっても、ゼンは何一つ反応を示さなかった。
「ゼン……っ! お願いだから目を覚ましてよ……っ!」
シャロンは震える声で何度も、何度もその名を叫び続ける。
しかし、いくら求めても望む返事は返ってこない。
ただ、彼が確かにまだ生きているという微かな生命の温もりだけが、シャロンの腕の中に残されていた。
フローレンスは静かに傍らへ膝をつき、ゼンの悲惨な容体を見つめた。
そして、重々しく短く告げた。
「……シャロン様の光の力により、かろうじて命の脈動だけは繋ぎ止めたようだ。」
「……だが、一刻の猶予も無いぞ。」
フローレンスは一人の大柄な騎士にゼンの搬送を命じる。
その騎士は大きな背中にゼンを担ぎ上げた。
つい先ほどまで南の魔王と凄絶な死闘を繰り広げていた男の身体は、驚くほど軽く感じられた。
「総員、これより王都へ帰還するッ!」
「何としても、この者を必ず生きたまま王都へ運ぶのだッ! 我らの命に代えてもこの男を死なすわけにはいかんッ!!」
「はっ!!」
六人の精鋭騎士たちが意を一つにして応じる。
シャロンは流れる大粒の涙を拭う間すら惜しんで素早く立ち上がり、ゼンを背負う騎士のすぐ隣へと並んだ。
その澄んだ青い瞳は、ただゼンだけを映し続けていた。
誰一人、言葉を発する者はいなかった。
黎明の荒野に聞こえるのは、一人の男を生かすために王都を目指して必死に駆ける靴音だけだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
南の魔王編は、これにて終了です。
南の魔王は個人的に好きなキャラクターです。孤独感や哀愁を感じてもらえていれば嬉しいです。
ここまでで印象に残った場面やキャラクターなど、なんでもいいので感想をいただけると嬉しいです。
「面白かった」「続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると、今後の執筆の励みになります。
次回からは、要塞防衛編です。
次の章にも、この作品を書き始めた時から描いてみたかったシーンがたくさんあります。ぜひ、引き続きお楽しみください。
今後とも、よろしくお願いいたします。




