第57話 malediction(マレディクション)
虫の息となった巨大な大蛇――南の魔王が、荒野の上に横たわっていた。
その間近で、ゼンは拳を握ったまま佇んでいた。
遅れて駆けつけたフローレンスは、眼前の光景を一目見て状況を把握した。
「な、なんと……っ!? もしや異形の大蛇こそが、南の魔王の真の姿なのか!?」
そして、大蛇の傍らに立つ素朴な男の姿にも気づく。
「……それに……っ!? あの男は、以前シャロン様と共に食堂で食事をしていた者ではないか!? 一体ここで何をしている!? まさか貴様がアレを仕留めたというのか……!?」
「ゼンッ……!!」
シャロンはゼンの姿を視界に捉えるやいなや、一心不乱に駆け出した。
ゼンは駆け寄ってくるシャロンの姿を見つめると、足元の南の魔王へ静かに声をかけた。
「……おい、動けるならさっさと逃げろ。」
「……ここにいたら騎士たちに殺されるぞ。動けないなら、そのまま息を止めて死んだふりでもしてろ。」
シャロンがゼンの元へと辿り着くと、溢れ出る安堵から声を弾ませた。
「ゼンッ! やっぱり私との約束を覚えていて来てくれたのね……っ!」
——直後。
シャロンが無防備にゼンへ駆け寄った、まさにその一瞬。
倒れていたはずの大蛇が突如として巨大な顎を開き、無防備なシャロンへ最期の執念の奇襲を放った。
フローレンスが血の気の引いた大きな悲鳴を上げる。
「シャロン様ッ……!!」
「バカタレがっ……!!」
ゼンはその一瞬に即座に反応し、シャロンを庇うように全身の体重を乗せた渾身の右拳を大蛇の頭部へと叩き込んだ。
——ドスッッ!!
鈍く重い打撃音が荒野に響き、大蛇は再度地面へと大きく倒れ伏した。そしてその容赦ない拳撃が決定的なトドメとなり、南の魔王は二度と動かなくなった。
――その瞬間。
朝日が昇り白み始めていた空が、不気味な漆黒の闇へと染まっていく。
─────
〈malediction〉——
呪いは成就した。
それは命と引き換えに、自らを討ち果たした者へ確実な死を与える。
南の魔王だけが秘かに持つ、一人一殺の道連れの呪い。
そのためだけに、この魔王は永い時を耐え忍び、ひっそりと生き続けてきたのだ。
勇者と魔王の均衡が崩れ、魔王側に残る者が自分一人だけとなる『その日』を、ただ静かに待ち続けていた。
自らの死と引き換えに勇者を道連れにし、勇者と魔王、双方が空位となる時間を作る。
その間に新たな魔王が誕生すれば、再び世界の均衡は保たれる。
それは誰かに命じられた義務ではない。南の魔王が、自らの意志で選び続けた最期だった。
しかし——。
その絶対なる死の呪いは皮肉にも勇者ではなく、同じ魔王でもあるゼンへと注ぎ込まれてしまった。
「……っ……。」
ゼンの瞳から、すっと色彩と光が消え去った。
急激に全身の力を失ったその肉体は、風化した石像のように、その場へ崩れ落ちた。
シャロンは膝から崩れ落ちたゼンを強く抱き上げ、激しく混乱し、狼狽する。
「ゼン……っ!? どうしたの……!? なんで……なんで急に倒れるのよ……っ!?」
黒く染まり切った荒野の上空に、南の魔王の念話が重々しく響き渡った。
『……その男は、貴公らの代わりに私と対峙した。』
『……私が勇者へ託すはずだった死の呪いは、その男へ移った。』
『……もはや、この呪いに何の意味も無い。』
『……勇者シャロン。』
『……貴公の"光の力"ならば……あるいは、その男を救えるやもしれぬ。』
『……頼む……。』
シャロンの美しい頬を、大粒の涙が幾筋も伝っていった。
「そんなの……勝手なことばかり言わないでよ……っ! なによ……なんなのよそれ……っ! なんで……なんでこんなことに……っ!!」




