第44話 砂糖と塩1
砂漠での戦いから一ヶ月の月日が流れた。
北の魔王が倒れ、東の魔王もいずこかへ姿を消したことで、世界を覆っていた危機は、ひとまず遠のいていた。
王都の街並みは、かつての活気を取り戻し、人々の笑顔で満ちあふれていた。
そんな王都の通りで余暇を過ごしていたシャロンの視界に、場違いでそれでいて見間違えようもない男の姿が飛び込んできた。
そこにいたのは、徒歩で一日半の道のりを越えて王都までやって来たゼンだった。
シャロンは周囲の視線も気にせず、思わず駆け寄っていた。少し頬を朱に染めながら、信じられないというように目を見開く。
「……嘘、でしょう? ゼン、どうしてここに……!?」
「勇者か。助かった。砂糖と塩を買いに来た。備蓄が底をついてしまってな。最近は村に来る行商人も少なくなったから、買い出しだ。」
「えっ……、あ……、そうなの、そうなんだ。」
「砂糖と塩ね……もしお店選びに困っているなら、私が案内してあげてもいいわよ?」
期待していた答えとは違ったが、すぐに気を取り直して提案した。
「そうだな。頼んでいいか。」
「しょうがないわね! ……じゃあ、まずは市場へ行きましょう!」
シャロンはくるりと振り返り、先を歩き出してから、照れ隠しのように小さく呟いた。
「……あと。」
「ん?」
「……『勇者』じゃなくて……『シャロン』って名前で呼んでよ……。」
「そうか。」
ゼンは素直に頷き、言葉を繋いだ。
「シャロン。とりあえず食事にしないか。ちょうど昼時だし、この街の料理も食べてみたい。」
改めて名前を呼ばれたシャロンは、耳まで赤くしながら答える。
「そっ、そうね! 何か食べたい物でもあるの!?」
「美味い米料理はあるか? 無ければ魚でもいい。」
シャロンは唐突なリクエストに、少し意外そうな表情を浮かべた。
「米料理? あのね、ゼン……この国じゃお米を主食として食べる文化はあんまり無いのよ。」
シャロンは申し訳なさそうに苦笑いした。
少し考えてから、気を取り直すように明るく微笑む。
「それなら今日は魚料理にしましょ! この近くに、とっても美味しい店があるの!」
「今度来るときまでに、絶対美味しい米料理のお店を探しておくわね! でも、こっちの魚はゼンの好みに合うかしら……。」
「大丈夫だ。俺は好き嫌いは無い。出された物はなんでも残さず食う主義だからな。」
「よし、決まりね! 私がとっておきの場所へ案内するわ! さあ、行きましょう!」
案内されたのは、活気あふれる路地裏に店を構える『海幸亭』だった。
店内に立ち込める香ばしい焼き魚の匂いに包まれ、二人は対面して木製の席に腰を下ろした。
手元のメニューに目を通しながら、ゼンがぼそりと呟く。
「……こっちは、生魚も食わんのか。」
「そうねぇ。一部の地域では食べるみたいだけど、基本的には火を通すわね。」
「そうか。なら青魚が良いな。注文は任せていいか?」
シャロンは得意げな笑顔を浮かべた。
「任せておいて。美味しい青魚を焼いてもらうから!」
シャロンは手慣れた様子で店員に注文を済ませた。
二人で和やかに会話を楽しんでいると、不意に一人の騎士が席へと近づき、姿勢を正して声をかけてきた。
「シャロン様! お疲れ様です! このような場所で何を……」
騎士は一転して、シャロンの向かいに座る素朴な男——ゼンを、品定めするように鋭い目つきで睨みつけた。
「……失礼ですが、シャロン様。そちらのお方はどちら様でしょうか。」
シャロンは少し焦りを見せながら応じた。
「彼はゼンよ……。」
言い淀みながら、少し赤くなって付け加える。
「……えっと……私の、お友達よ。」
ゼンは騎士の視線に背を向けたまま、特に気にした様子もなく、出された水を静かに口へ運んでいた。
しかし騎士は、その横顔を食い入るように凝視していた。




