第33話 異国の扉
大オークが倒れ伏すと、魔物の大群は蜘蛛の子を散らすように壊走していった。
先ほどまでが嘘のように、あたりは静まり返った。
ゼンはカレンに次の行動の指示を仰ぐ。
「この後はどうするんだ。行くのか、待つのか?」
カレンは柔らかい笑顔を見せた。
「そうですね。朝食がまだでしたので、ここで少し休憩にしましょう。」
激闘による疲労を抱えたまま、未知の敵地に踏み込むのは危険だと判断したのだった。
三人はその場の岩場に腰を下ろした。
そしてゼンは、手持ちの干し肉と水を二人に配った。
少し遅めの朝食を取りながら、三人で穏やかな会話が始まる。
シャロンは干し肉をかじりながら、ゼンに素朴な疑問を投げかけた。
「……ねぇゼン。あなたは戦うのが怖くなったりしないの?」
「俺は実は……けっこう怖い。」
シャロンは驚いたように目を丸くする。
「そうなの!?いつもオラァとかコノヤローとか大声を上げて突っ込んで行くから、怖いものなんて無いと思ってたわ。」
「前にも言わなかったか?俺は戦うのが嫌いだ。」
「全然、そんな風には見えないわよ。」
「物心が付いた頃から大人になってからも、格闘技の道場で練習していたから、他のやつよりちょっと強いだけだ。世の中には自分より強いやつなんて山ほどいる。」
ゼンは遠くを見つめながら続けた。
「怖いし、嫌いにもなる。」
「じゃあなんで大人になってからも、その嫌いで怖い格闘技を続けていたのよ?」
「最初の二年間くらいは楽しかった。その後は惰性で道場に通っていた。習い事なんてそんなもんだろう。」
「惰性で続けてたの……?」
「……自分から辞める理由がなかった。」
「じゃあ、戦闘中にコラァとかコノヤローとか叫んでるのはなんなのよ!?アレは!?」
「アレはああやって無理やり気持ちを作らないと戦えない。まぁ、虚勢ってやつだ。」
カレンもその会話に静かに混ざる。
「私も戦うのは嫌いです。やっぱり怖いですよ。」
シャロンはますます不思議そうな顔で尋ねる。
「あなたはもっとわからないわよ!?さっきだってめちゃくちゃやってたじゃない!ドカーン、バーン、ダダダダって!」
「私は元々、災害派遣で人を助けることに憧れて仕事を選んだんです。まさかこっちに来て魔王になって戦うなんて、夢にも思っていなかったですよ。」
干し肉を口に運んでいたゼンが、会話に割って入る。
「俺は、親父と一緒にパンを焼いて、店に並べて、買いに来てくれた人が選んでいるのを見てるのが一番楽しかった。」
カレンもその言葉に深く同調した。
「私も実家でお父さんとお母さんと一緒に、田んぼや畑をやっている時が一番楽しかったな。」
シャロンはどこか愛おしそうに少し微笑んだ。
「あなたたちは戦っている姿は恐ろしい魔王そのものなのに、こうして話していると本当に普通の人たちね。」
シャロンは少しだけ遠くの空を見つめた。
「私も小さい頃は、お父様やお兄様みたいになりたくて、一生懸命に小さな剣を振っていたわ。」
彼女はそのまま疑問を続ける。
「ところでカレン、あなたは色んな武器を使うじゃない?あれってどういう仕組みになってるの?最初からそこに有ったみたいに出てくるけれど?」
「そういう仕組みみたいですね。必要最低限のものしか出てきません。あっ、あとなぜか農機具も出てきますね。」
「そういうもの……?よく分からないわ。聞いても理解出来ないから、まあそれはいいわ。」
「その能力って、あっちの世界にいる時から元々出来た技とか術とか能力なのかしら?」
カレンは首を横に振って答える。
「あっちでは出来ませんよ。気づいたらこちらの世界に居て、その時から使えるというか、出てくるようになりましたね。」
ゼンも同意するように頷いた。
「俺もそうだ。こっちの世界に来てからだ。俺の場合は身体が頑丈になったり、拳が硬くなったり、怪我の治りが早くなったりするだけだが。」
シャロンは呆れ半分で吐き捨てる。
「十分に凄いわよ……。」
「もしかして、あっちの世界にいた時の特技とか仕事の経験が、こっちで強くなっているのかな?」
「多分、そういうことなんでしょうね。私の場合は陸上自衛隊に所属していたから、陸上自衛隊の装備が使える。」
「ゼンの場合は……長年格闘技をやっていたからでしょうね。身体能力が強化されて、元々身につけていた技術と組み合わさっているんだと思います。」
「他に考えようが無いですね。」
今度はゼンの方からシャロンへ質問が飛ぶ。
「お前のその、キラキラ光るやつはなんなんだ?」
「“光の力”よ。先祖代々、勇者の家系に伝わる力なの。心の強さと強い意志が現実の力になるってお祖父様が言っていたわ……。」
「まあ、まだ上手く使いこなせてはいないんだけどね……。」
食事を終え、三人が落ち着きを取り戻しかけていたその時であった。
——ドシンッッ!!
静寂に包まれていた空気を切り裂くような地響きが走る。
これまでの魔物などとは比較にならない、文字通り山のごとき巨躯が地平線の彼方から姿を現したのだった。
四本の太い脚で力強く大地を踏みしめ、全身を鋼鉄のような甲皮で覆われた異様な姿——『巨甲獣』。
その巨体が一歩進むたび、地面は悲鳴を上げ、岩場に残っていた小石が激しく震え跳ねる。
先ほどまで、魔物の軍勢を圧倒していた三人でさえ、目の前の存在が異次元の怪物であることを、否応なく理解させられた。




