第22話 イチゴ
北の魔王討伐から一ヶ月が経過した。
王都の喧騒も、勇者としての凱旋を祝う声も、今の彼女にはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。
北の魔王討伐の報告を終え、国を挙げた祝祭の渦中にありながら、彼女の心はただ一点、あの男の待つ場所へと向けられていた。
身支度を整え、装備の最終確認を繰り返す。 心臓の鼓動が、高揚感からか、あるいは緊張からか、かつてないほど速く打ち鳴らされている。
「……準備は、整ったわ。……さあ、行きましょう」
迷いはもうない。
たとえその先に待っているのが、さらなる混沌であろうとも、彼女は今、勇者として、彼のもとへと足を踏み出す。
王都から徒歩で一日半。魔王の居所にて光の勇者と畑の魔王は再会する。
汗を拭っていたゼンは、やってきたシャロンをひと目見ると、事もなげに言った。
「勇者か。どうした?」
「…っ!どうしたじゃないでしょ!他の魔王討伐に協力してくれる約束はっ…!?」
「今は六月だ。小麦の収穫がある。」
「はぁ!準備が出来たら来いってあなたが言ったんでしょ!」
「一週間待て。」
「そんな事言われても! 王都の人たちにも『残りの魔王を倒しに行ってきます』って見送られて来ちゃったのよ!? 今更手ぶらで帰って『来週出発します』なんて言えるわけないじゃない! そんなの無理よ!!」
「今は行けない。」
「もうっ!知らないわよっ!! 本当に、あなたは最低の魔王よっ!!」
シャロンは憤慨して背を向けて帰ろうとする。
「おい。西の魔王がハウスで作ったイチゴだ。帰る前に食っていけ。」
「……えっ? イ、イチゴ……? 西の魔王さんが……作ったもの……?」
呼び止められて振り向いたシャロンの視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど大粒で、真っ赤に熟した美味しそうな果実だった。
あまりに唐突な差し出し物に、シャロンは毒気を抜かれて佇んでしまう。
ゼンは彼女の困惑など意に介さず、かごから真っ赤なイチゴを一粒摘まむと、一口でポイと口に放り込んだ。
「うまいぞ。」
「なによ……別に、食べ物で懐柔されるつもりはないんだから」
捨て台詞を吐きつつも、甘い香りの誘惑には勝てず、シャロンはおそるおそる一粒手に取り、不服そうに口へと運んだ。
次の瞬間——。
「……えぇっ!? 何これ……! こんなに甘いの……?」
一口食べた瞬間、あまりに濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、彼女は思わず目を見開いて声を上げる。
「こんなに甘いなんて。西の魔王さん、本当にすごい人なのねっ!!」
「西の魔王の農園は面白いぞ。」
戦いの緊張感とは無縁の、甘い香りに包まれた時間だった。
世界を救う勇者と、世界を滅ぼすと言われた魔王。
その二人が向き合っているのは、剣でも魔法でもなく、一粒のイチゴだった。
「……来週、またくるわ。」
そう言い残し、シャロンは王都への道を引き返した。
読んでいただき、ありがとうございました。
北の魔王編はこれにて終了です。
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次回から東の魔王編です。
更に、楽しい展開になると思います。
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