第15話 北の魔王4
「……っ! 立ち上がった……! あの凄まじい投げ技を受けておいて……っ!?」
北の魔王の異常なまでのタフさに、シャロンは目を剥いて驚愕した。
「なんだ、なんだぁ! まだやられ足りないのかコラァ!」
立ち上がる北の魔王の姿は、まるで死そのものが再構築されていくかのような底知れぬ不気味さを孕んでいた。鎧が擦れる甲高い音だけが、周囲の音を吸い込むような静けさの中に響いている。
その絶望的な静寂を、ゼンの騒がしく無鉄砲な怒号が容赦なく切り裂いていった。
ゼンの無茶苦茶な立ち回りと異様な戦闘技法に、シャロンは恐怖を通り越して叫び声を上げる。
「あんな怪物相手に、そんな……近所のおじさんの喧嘩みたいなノリで挑むなんて……っ! あなた、本当に正気なの!? 命がいくつあっても足りないわよ!!」
次の瞬間、一気に間合いが詰まり、死闘が再開された。
静寂はもはや存在しない。漆黒の大剣が空を裂く重厚な音と、ゼンの硬い拳が鉄の鎧を叩き、激しい火花を散らす衝撃音が戦場に狂ったように響き渡る。一撃がかすめれば大地が裂け、一撃が防がれれば目に見える衝撃波が吹き荒れた。
「……っ、はぁ、はぁ……っ!!」
目まぐるしく苛烈な攻防に、シャロンは視界が眩み、呼吸することさえもままならなくなる。
「剣と、拳……! 魔法も、高度な術式もなしに、純粋な力と意志だけで、あの魔王を押し戻しているなんて……っ!!」
激しい肉弾戦の果てに、二人の距離がわずかに開いた。
北の魔王は不吉な沈黙を破り、大剣を横一文字へと一気に薙ぎ払う。放たれたのは、周囲の空間そのものを断ち切るような、巨大で禍々しい一閃の斬撃波だった。
それは飛翔する死の刃となって、一直線にゼンへと襲いかかる。
「避けて!! ゼンッ!」
漆黒の斬撃が大きく弧を描いて迫る。それを見たシャロンは思わず身を乗り出し、悲鳴を上げた。
飛来する死の斬撃が地表を爆ぜさせる中、ゼンは驚異的な反射神経で地面を低く滑るようにスライディングし、その破壊の奔流を紙一重で回避した。
砂塵の中から飛び出した彼は、まるで獲物を捉える肉食獣のごとき速度で北の魔王へと肉薄する。ゼンは剣を握る相手の右手首を掴むと、同時に低い体勢から相手の足元へと飛び込んだ。
剣を握る右手を強引に手前へ引き寄せ、軸足の足首を刈り取る絶妙なアンクルピック。
どれほど強大な力を持とうと、片足を刈られ、バランスを失えば地は足底を裏切る。
北の魔王は重力に従い、地響きを立てて無残に地面へと叩きつけられた。
「オゥラァッ!!」
倒れ伏した北の魔王に、ゼンは一気に畳み掛ける。その巨体へ飛び乗ると、そのまま馬乗りになり、渾身のマウントパンチを叩き込もうとした。
しかし、死そのものを体現する北の魔王は、その底知れぬ力で即座に反撃を見せた。下から突き上げられた強烈な蹴りがゼンの腹部を真下から直撃し、彼の身体を宙へと力任せに弾き飛ばしたのだ。




