1-5 眷属掃討戦 前半
視界の先に、赤黒い陽炎に照らされた村があった。
地響きのうなり。柵の破砕音。家屋の軋む鳴動。魔物の咆哮。村人の怒声。
――悲鳴。
「――っ!」
間に合え。
その時、前方の闇が跳ねた。
数匹の魔物が、奇怪な叫び声を上げながら飛び出してくる。
一直線に、馬上のトウジへ。
だが。
不思議と、遅く見えた。
飛びかかる軌道、爪の角度、着地点――すべてが見て取れた。
トウジは片手で手綱を引き、馬体をわずかに傾けた。
同時に、もう片方の手で剣を抜く。
一閃。
空中で一体の胴が裂ける。
返す刃で二体目の首を断つ。
さらに馬を滑らせるように走らせ、三体目を切り伏せた。
黒い血が夜に散る。
返り見ない。止まらない。
村の防護柵が視界に入ってきた。
先頭の中型の魔物が、瘴気を撒き散らしながら柵を押し破ろうとしている。
トウジの視線が鋭くなる。
魔物の周囲に、濃い瘴気。
人にもだが、馬にも毒だ。
馬を突っ込ませるわけにはいかない。
即座に飛び降り、着地と同時に駆ける。一息。一刀――中型の魔物の首が飛んだ。
黒い靄が噴き出し、倒れながら薄墨色の霞となって、わずかに光ってばらけて消えた。
トウジは振り返り、付いてこようとする馬の首を森へ向けた。
「瘴気から離れて!」
軍馬が鼻を鳴らし、そのまま森へ駆けていく。
賢い。
踵を返すと、トウジは壊れた柵を飛び越えた。
村の中は阿鼻叫喚だった。まだ魔物の侵入からそれほど経っていないはずなのに、多くの家屋が壊されている。逃げ惑う村人。泣き叫ぶ子ども。散らばる荷物。
「南の森へ!」 剣を振るい、出合い頭の小型の魔物を斬り捨てる。
「騎士団がすぐ来ます! 南へ逃げてください!」 声を張り上げながら走る。
今のところ死人は見えない。だが時間の問題だ。魔物より厄介なのは、漂う瘴気だった。
濃い。
数体の小型、中型を斬り伏せた先で、視界が開ける。
村の広場。
市が立っていたのだろう。
壊れた屋台。横転した荷車。散乱する果物や布。その中心で――
数体の眷属が暴れ回っていた。
首魁によく似た異形。
触手を振り回し、村人たちを追い詰めている。
村人も農具や槍を手に応戦していたが、到底敵う相手ではない。
心臓が大きく跳ねた。
気づけば、もう走り出していた。
無言のまま間合いへ飛び込む。
一閃。
村人へ伸びた触手を斬り飛ばす。
黒い液が飛び散り、すぐに霧散した。
眷属たちも村人も、一瞬息を呑む。
「ここは任せて、すぐ引け!」
剣先を眷族の一体に向け、構える。
「瘴気に巻き込まれるな!!」
怒声にも近い剣幕だった。
村人たちは我に返り、一斉に森へ向かって走り出す。
喧噪に覆われた広場に少しだけ間が生じた。
のもつかの間。
眷属たちが、絶え間なく瘴気を吐き出しながら半円を描くようにトウジをじりじりと囲む。
その周囲では、小型・中型の魔物たちが蠢いている。
だが、半円の中へは入ってこない。
何かを恐れているかのようだった。
「……?」
違和感があった。
トウジは眉をひそめた。
魔物達の動きが、これまでになく鈍い。そう感じた。
だが、それ以上に。
そうだ、瘴気そのものが違う気がした。
これまで感じていた嫌悪感――腐葉土と鉄が混ざったような、あの不快な臭いと味。それが、ない?!
大きく息を吸う。
甘い。
ほんのりと、甘い香りがし、舌の奥に明確な甘みを感じた。
「……なんだ、これ」
瘴気の変質に驚きを隠せないでいると。
眷属の周囲に渦巻く瘴気が、不意に揺らいだ。
眷属の巨体が、ぬるりと前傾した。
直後、黒い槍が空を裂く。
「っ!」
トウジは地を蹴った――半歩。それだけで、瘴気槍が頬を掠めて後方へ突き抜ける。
速い。だが、見えないわけじゃない。それに、身体が軽い。
首魁と戦った時は、瘴気に飲まれるほど体が重くなった。
今は違う。濃密な瘴気の中ほど、体が動く。むしろ――より速く。
黒い靄の中ほど、感覚が研ぎ澄まされていく。
次の槍が来る。今度は二本。左右へ散らすような射線。
トウジは前へ踏み込み、瘴気槍の間を縫う。
背後で地面が腐食し、じゅう、と嫌な音が響いた。
さらに三本。
今度は時間差。
一撃目で動きを制限し、回避先へ二撃目を置くつもりか。
「……っ!」
トウジは急停止した。
踏み込みかけた足を強引に捻る。直後、眼前を黒槍が突き抜け、そのまま横へ転がる。次弾が地を穿ち、土砂を爆ぜさせた。
眷属たちが唸る。
距離を取ったまま、絶え間なく槍を放ってくる。
連携している。射線が重ならない。一体が動きを制限し、別個体が潰しに来る。
厄介だ。
――だが。
トウジは低く息を吐いた。
体がついてくる。
視界が黒く滲むほど濃い瘴気の中なのに、妙に感覚が澄んでいた。
森で夜を駆けていた時に近い。
音。気配。空気の流れ。その全部が、輪郭を持って迫ってくる。
槍が飛ぶ。避ける。もう一発。剣で逸らす。
黒い飛沫が散り、刃が嫌な音を立てた。
踏み込む。
距離を詰めようとした瞬間、横合いから触手が薙いだ。
「――っ!」
屈む。頭上を黒い塊が通過した。風圧だけで頬が裂ける。
そのまま二本目。今度は下段。跳ぶ。
着地と同時に、槍。休ませる気がない。
トウジは舌打ちした。
中距離を維持される限り、じりじり削られる。
なら――。
地を蹴る。一気に前へ。
瘴気槍が飛ぶ。今度は避けない。半身になり、肩を掠めさせながら突っ込む。
熱い痛み。血が散る。だが止まらない。
触手が来る。剣を振る。黒い肉が裂け、瘴気が噴き上がった。
さらに踏み込む。
眷属たちが低く唸った。中距離では仕留め切れない。そう判断したのだろう。
巨体が、一斉に前傾する。地面が軋む。瘴気が揺れる。
圧殺する気だ。
トウジは剣を握り直した。
黒い靄の向こうから、巨影が迫る。
――来る。




