(七)
「ラストオーダーになりますが...、」
例の研修生がやって来て言った。周りを見るとこの離れの奥座敷に
居るのはいつの間にか私達だけだった。バロックはK帯をズボンの
ポケットから取り出して時間を確かめて、私に、
「もういい?」
と聞いてきた。私が頷くと、同じ言葉を発音を変えて研修生に言っ
た。「もういい!」
研修生は、
「かしこまりました」
と言ってから閉店時間を告げて去った。バロックは彼女が見えなく
なると、慌てて席から立ちバックを背負い相棒のギターケースを取
り、後ろの非常口へ走りノブを下げてドアを開けた。そして私に目
配せをして、
「早くっ!」
と言った。私はすぐに事情が飲み込めたので急いで後に続いた、「
爆れるっんだ!」非常口の向こうは廊下に為っていて右側には様々
な食材が置かれた棚が並んでいた。廊下の奥はまたドアが有ってバロ
ックはその前に行ってドアを開け向こう側の世界へ逃げ込んだ。もち
ろん私もその後に続いた。ところがすぐに彼は、
「あっ!」
と叫んだ。私もドアを出るなりいきなり足元に水が掛かってきたので
驚いたが、それどころかもっと驚いたのはドアの向こう側はこの店の
厨房だった。まさに後片付けの最中で調理師やアルバイトらしき店員
が洗い物や片付けに忙しく働いていた。我々が踏み込んだ床も白衣を
着た兄ちゃんがホースの先を指で潰して逃げ場を失った水が勢いよく
床のゴミを追い遣っているところだった。バロックと私は足に掛かる
水を除けもせずに互いに顔を見合した。やがて店を取り仕切る風の人
がゆっくり遣って来て、我々に、
「何かっ?」
と言った。その落ち着いた態度から何度も同じ場面に遭遇しているこ
とが窺えた。しかしバロックと私は大いに慌てて、
「あっ....、まっ、間違いましたっ!」
「えっと...、レッ、レジは何処ですか...?]
やがて奥の方から例の研修生の女性が薄ら笑いを浮かべながら伝票を
持って来た。白衣の兄ちゃんは指先により力を込めているのか、勢い
の強くなった水が止むこと無く我々の足元を濡らしていた。
(つづく)




