(三十六)
路上で人の往来を眺めながら、行きずりの人々の関心を引き止め
て、ポケットの隅の小金を目当てにパフォーマンスをする者にとっ
て、世間の景気がどうかというのは、行き交う人の様子で大体の事
は分かる。かつては、立ち止まって関心を寄せた人々も、今では脇
目を振らずに足早に立ち去り、その硬い表情からも世間の厳しさが
伝わってきた。路上ミュージシャン達も以前の様には人気を集めら
れず、やがて一人二人と減って行き、駅前の広場にはホームレスば
かりが目立ち始めた。多くのミュージシャンは初志を棄てて、仕方
なくまた蟹工船へと戻って行った。私は画商の女主人との約束で、
彼女を通さずに絵の売買を止められているので、早々と青空画廊を
店仕舞して憂き目を見ずに済んだが、かといって、闇の中で足元を
確かめながら歩を進めることに変わりがなかった。上ばかり見てい
れば足を踏み外して、またホームレスへ逆戻りする人生ゲームだ。
バロックが言ったように、我々は奴隷になるか、ホームレスに甘ん
じるか、それとも芸人にでもなって一発当てるか、或いは、「間違
って生まれて来ました」と遺して、生まれて来る前に引き返すしか
ないのだ。
路上にいた頃、暇を持て余した女子高生が遅くまで屯していた。
彼女等は気さくに話しかけて来てはよくタバコの無心をした。もち
ろん断ったが、すぐにどこかで手に入れて、陰で吸っているのを目
にした。そんな彼女たちは、K帯を使って平気で援交で体を売って
いた。彼女等には、将来の夢などすでになかった。
「お金無かったら、何も出来ないじゃん」
彼女たちの言うように、東京では子供が立って歩けるようになった
ら、空いた手はお金を握るために使われる。友だちと話しをするに
も通話料がかかる。お金など要らない山川の自然は、高層ビルの峰
々やクルマの流れに変わってしまった。見方によれば、豊かな自然
の中で、お金など使わずに暮らす最貧国の子供たちより貧しいのか
もしれない。目の前に欲しい物を散々並べられて、お金が無いなら
諦めなさいと言われては、何としても思いを遂げようとして我が身
を捨てるのは日本人の得意とすることだ。
「勉強せんか!」
「無理、無理!ウチラ、もう見捨てられてるもん」
「じゃあ、小遣いが要るならちゃんとバイトをしろよ」
「タルい」
数時間、目をつぶって寝てるだけで、数週間のバイト代になるら
しい。彼女たちは、私よりもはるかに稼ぐことができた。もし、私
が女で、かつてのホームレスの時に、空腹に耐えられなくなって、
どんな仕事であれ数時間で大金が手に入るとなれば、おそらく喜ん
で俎上に寝たに違いない。私は彼女たちに意見などできなかった。
恥ずかしい話しだが、彼女たちこそが私の絵の唯一の理解者だった
。私は彼女たちの新鮮な感性に励まされて絵を続けることが出来た
のだ。ただ、彼女たち自身は十八に成るまでに、すでに「将来の夢」
などという自分が主人公のお伽話は捨ててしまった。否、それより
も、「将来の不安」を棄てようとして、現在の自分を失くしていた。
大人が語る「青少年の健全な育成」などというスズメの囁きは、カ
ラスの下品な一鳴きで鎮まることを残念ながら知っていた。確かに
、彼女たちは、家庭の中でイタタマレナイ微妙な問題を抱えていた
が、その問題の源を遡れば、その多くは上流社会の自分勝手な収奪
によって、その犠牲を強いられていることは明らかだった。それは
正に現代の「女高哀史」ではないか。社会は共生によって成り立っ
ているとすれば、すでに、我々の社会は二つの階級に分かれて、崩
壊しているのではないか?
「ねえ、Hしたいんでしょ?」
「えっ!」
私は「足元」を見られていた。そして、女子高生がタバコを燻らせ
ながらポツンともらした言葉が気になった。
「他にすること無いもんね」
(つづく)




