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パソコンを持って街を棄てろ!  作者: ケケロ脱走兵
23/58

(二十三)

 サッチャンこと知可子は楽天的だった。私は「バカ」だと思った

が、バロックは「アホ」と言った。もちろん、本人の前でそんなこ

とは口が裂けても言わなかった。何故なら依然彼女は我々のマドン

ナであった。それは誰でも彼女の歌を聴けばきっと解かる筈だ。た

だ、彼女にとって世界とは「人の世界」のことだった。そして彼女

はその世界の中心に居ると思っていた。地球は太陽を中心に回って

いて、地球の在る太陽系は銀河系の隅に在ることは知っていたが、

彼女にとって人の居ない宇宙のことはどうでもいいことだった。そ

れよりも世界の中心に居る彼女にとって、今一番大事なことは髪の

毛が思い通りに「自然に」決まっているかどうかだった。彼女は少

しでも時間があれば、決まってK帯のカメラで自分を写して確かめ

た。

「チカコ、髪、カットしたいな」

「ワシが切ったろか?」

バロックは、彼女が自分のことを「チカコ」と言う度に、「何故か

身体が疼く」と言った。

「なんだ、気に入ってんじゃん」

「そうなんかなあ?」

恐らく、彼女はバロックのその微妙な反応を見逃さずに効果を確信

したのだろう、この頃はやたら「チカコ」を連発するようになった

「もう、アカンかもしれん」

バロックはついにK帯に、彼女が自分のことを「チカコ」と言う声

を録音して、その声を聴かないと眠れなくなったと打ち明けた。私

はそれを聴かせてもらったが、彼女が延々と「チカコ」と言うのを

繰り返えし録音されていた。それを聴いて私は大笑いした。バロッ

クはもちろん最新の曲はチェックしていたが、

「これが最近の一番のヒットやね」

バロックは彼女から離れられないことは間違いないと思った。

 私の方は絵を描こうとしても何を描けばいいのか解らなかった。

それはマンガを描くときもそうだった。つまりテーマが見つからな

かった。「音楽も同じや」バロックが言った、

「ポール・マッカートニーって知ってるやろ」

「ビートルズの?」

「そう」バロックが続けた、「ビートルズが解散した後、ポール・

マッカートニーはウイングスというグループで『Silly Love Song

s』ってヒット曲を出したんや。ノリのええ曲でワシも大好きやけ

どそれはジョン・レノンが『Imagine』とか社会性の強い曲を書

いてるに『ポールはラブソングしか書かれへんのか!』って言わ

れて、それに反発して『ラブソングのどこが悪いんや』って曲な

んや」

「知ってるかな」

「聴いてみぃ、満たされん性欲を持ってる若いモンには滲みる曲や

で」

「何で」

「アイ ラブ ユーが連発されるねん」

「それで」

「えっ、それだけやけどっ」

「テーマの話しは?」

「あっ、そうか。要するにテーマなんてそう簡単に変えられないち

ゅうことや」

「うん」

テーマが見つからないのは私だけではない。もしかすれば我々の社

会こそがテーマを失ってしまったのかもしれない。否、大袈裟に言

えば人類こそがテーマを失ったのだ。画家は何を描けばいいのか?

ミュージシャンは何を謳えばいいのか?我々は何をすればいいのか

「ゴメン、ちょっと小便するわ」

バロックは私に背を向けて駅ビルの便所へ行った。サッチャンは、

いつもの様に髪の毛を「自然に」見せる為にハードスプレーで固め

ていた。

「アート、上手いじゃん。似てないけど」

私の絵を見てサッチャンがダメ出しした。

「マンガだからさ」

私はサッチャンのファンに合わせて、アニメ風のキャラクターにデ

フォルメして描いた。マンガとは言ってしまえば現実逃避だ。だが

、それは退屈な現実からのポジティブな逃避である。それはマンガ

に限らず小説も映画もそうだ。つまり、現実に対する譲れない確執

を持たずに逃避しても受け入れてくれるユートピアなどある訳が無

い。今のアニメなどを見ていると、この現実に関わろうとせずに、

ただひたすら逃避して自分達の都合のいいバーチャル世界に逃げ込

もうとする。しかし、いかに理想の世界であってもこの忌わしい現

実の中での仮想世界だ。目が醒めれば自分の思い通りにならない現

実に絶望するだろう。華やかなコスチュームに仮装したキャラクタ

ーを描いていると、バロックでは無いが思わず「嘘っぽい」と言い

たくなった。我々は現実から逃れることは出来ないんだ。

「あのー、すみません。その絵売ってくれませんか?」

サッチャンのファンの一人が近づいてそう言った。すると、サッチ

ャンが、

「いいよ、あげるよ!ねっ、アート」

「でっ、でも・・・」

「いいの、いいの、これ練習だから、ねえっ、アート」

すると、そのファンは、

「あのー、もしよかったら、サッチャンのサインもここに頂けます

か?」

「よろこんでっ」

彼女は生涯初めてのサインをファンの為に書いた。


                         (つづく)                 

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