(十四)
バロックが言った社会での選択肢が気になった。我々の選択肢は
四つで、企業に服従して奴隷になるか、それを拒否してホームレス
になるか、一か罰かの勝負をして大金を手にするか、そのどれをも
潔しとせずに世の中から暇を貰って身を消すか、はて、そ
れも嫌ならどうすればいいのか?
私は今まで、学校を卒業して製造会社で奴隷として働き、世間の
冷たい目を受けながら逃げ出して、一攫千金を夢みてマンガ家を志
し、出版社に裏切られてホームレスになって、あと残されているの
はどうして世の中から暇乞いをするかだけだった。高校を卒業して
、父のいない私は就職する他選択はなかった。それは判っていたが
希望する職種は、どれも進学を果たさなければ入場券を手にできな
かった。卒業間近になって仕方なく決めた就職先には何の夢も持て
なかった。そして、育った牧場を後にして屠殺場へ引かれていく牡
牛のように、ただ絶望だけを胸に社会へ放り出された。何の期待も
持たなかった会社には期待通りに何の夢もなかった。大手の自動車
会社の下請けの金属加工の会社で、いつも親会社の業績によって人
が出たり入ったりしていた。やがて、ほとんどの熟練工は高給のた
め暇を出されて、仕事が増えて生産が間に合わなくなると、昨日ま
でパチンコで稼ぐつもりでいた者が当てが外れて有り金を摩って、
仕方なく派遣会社に雇われて戻ってきたり、近所の農家の主婦が、
家の中で自分だけ遊んでいるように見られるのが耐えられなくて始
めたパートや、ついには中国から日本の優れた製造技術を習得する
ために薄給にも不満を言わずに働く研修生までやって来て、みんな
で一生懸命「不良品」を作った。それでも管理者は腐らずに、朝の
ラジオ体操の正しいやり方から、工場内はポケットに手を入れて歩
かない様にとか、便所でのオシッコのやり方までも手取り〇取り教
えていた。もちろん作業を如何に効率的にするかについても熱心で
、否、熱心そうに見せていた、毎月の改善提案の提出は義務化され
、私はある工程に於いて、機械を使っての自動化を提案して、作業
時間の短縮が図られることを説明したら、予算が無いとの理由で却
下された。しかし、しばらくして手作業による誤操作での不具合が
北米のディーラーで見つかり、何千台もの製品検査を親会社から指
示されて、巨額の支出が発生するに到って、やっとその工程は私の
提案どうりに改善された。もちろん自動化によって作業時間も半減
したが、こんどはその作業で毎夜残業を当てにしていた中国人の研
修生が私に文句を言い出した、つまり残業時間が減って給料が少な
くなった事の逆恨みだった。朝礼は半数にも及ぶ「外国人」のせい
で、営々と築き上げられた営業方針の唱和や安全作業の宣言が、可
笑しな片言の日本語の安全宣言で、毎朝失笑をもたらすくつろいだ
交流の場に変わり、その通りに笑うほど不良品が出た。危惧の念を
持った経営者は、理解しがたい規律を押し付けてきた。それは作業
時間内での中国語の禁止や、親会社の自動車以外での通勤の禁止、
親会社の車以外の駐車は駐車料を取られた、周りは畑だらけなのに
、さらに不良品を出した者からの減給など、いよいよ潮時だとは思
っていたが、ついにはラジオ体操を毎朝ひとりが交代で前に出て中
国人の研修生の見本となる体操を行うよう決めた。実は私は全く体
操をやらなかったので順番を覚えていなかった。大体なぜ体操をみ
んなで一緒にやらなければならないのか、その意味が分からなかっ
た。会社は一方で自己管理と言い乍ら、なぜかラジオ体操だけは変
えようとしない。もし、欧米の人に、日本でもっともこの国らしい
行為は何かと尋ねられたら、私は間違いなくラジオ体操と答える、
きっと欧米人には理解出来ないだろう。始業前の準備運動くらい自
分一人で出来ないのかな。しかも会社で毎朝ラジオ体操をしてもカ
ードにハンコを押してくれないんだから、会社を辞めた。私はあの
親会社の自動車だけはあげるよと言われても、もちろん言わないが
、決して乗ろうとは思わない。
(つづく)




