#7 スポーツ大会を利用して、ボーイミーツガールの巻
#7 スポーツ大会を利用して、ボーイミーツガールの巻
「東雲君ガンバレー!」
「東雲君かわいい!」
「東雲君こっち向いてー!」
この日、学校ではスポーツ大会が開かれていた。生徒は皆、体操服やジャージ姿で汗を流す。
グラウンドでは、野球の試合が行われていた。観戦している生徒からは、かけ声が上がる。「頑張れ!」や、「負けるな!」等と、応援に熱がこもっていた。ゲームの盛り上がりに、一役買っている。
バレーボールが行われている体育館の中でも、声援は送られていた。しかし、声が向かう先は、一人の生徒に偏りがちになっている。
女子達は、「東雲君、東雲君」と、声を張り上げていた。個人の名前を呼び続ける魔法をかけられたかの様に、連呼するのみだ。
東雲のチームが、コートに立っている。という訳では、無い。彼は、今行われている試合を見ているだけなのだ。それなのに、女子達は応援するのである。彼女達の中には、美人四天王や、島田みことがいた。西山すずに菊地原美貴の姿もある。
今や東雲は、クラスを超え学年を超え、学校中の人気者になっていた。
そんな彼に、山田は冷やかな視線を送る。学校指定の水色ジャージを着て、腕組みをしていた。下はハーフのジャージパンツである。
東雲とは逆に、自身は今や、学校中の嫌われ者となっていた。痛い人物とも言われ、陰口を叩かれもする。
今回のスポーツ大会、山田は、東雲と同じ種目に出る事を決めていた。もし、東雲が野球を選んでいれば、自分もそれに倣うつもりだったのだ。しかし、グラウンドに行く事は絶対無いと、山田は踏んでいた。
東雲という人間を考えた時、おそらく野球は選ばないと思った事も、バレーを予想した理由の一つである。彼には野球の経験が無さそうだったし、運動部にも入っていないのだから。
そして、その要素以上に、女子の存在が大きい。
彼女達は、絶対に東雲を応援するはずだった。それも出来る限り間近で。また、女子にとって、野球よりもバレーボールの方が親和性は高い。
以上の事から、本人の意思とは関係なく、ほとんど強制的に、東雲は体育館送りになる。そう、山田は考えたのだ。
そして、その予想は見事的中した。というより、予想するまでも無かった。
種目を決定する何日も前から、女子達の話題は東雲の事だったのだ。教室でも廊下でも、朝でも昼でも、嫌という程「東雲君はバレー」「東雲君はバレー」と、聞かされた。
体育館の端に立っている山田は、上下とも水色のジャージ姿の東雲を見続ける。逆の端で、三角座りをしている彼は、楽しそうに試合を見ていた。相変わらず、女子の甲高い声がうるさい。
山田は勢い良く、鼻から息を出す。
「あの野郎。次の試合でギッタンギッタンの、メッタンメッタンにしてやる。……それまでの間、せいぜい調子に乗っとけば良い」
小声で言い終わると、薄く笑った。
チームメイトに振り返る。
「あの、皆さん。次の、B組との試合だけは出して下さいね。他の試合は出なくて良いんで」
九人いる仲間全員に、無視された。まるで、山田という人間などいないかの様に、全く反応しない。
そんな扱いを受けても、少しも気にならなかった。気持ちは全て、試合に向かっているのだ。とにかく勝ちたかった。B組との一戦――東雲との一戦に賭けている。
ここで東雲の敗北を、女子に見せなければならない。そうする事で、彼の人気を削ぐと同時に、勝者の自分を見せるのだ。
それが、今回の目標である。
バレーボールは、学年別に争われていた。各組、男女それぞれのチームを組んでいる。そして、同学年の他クラスと、総当たりで試合をするのだ。もちろん、一番勝ったチームが優勝である。
つまり、各学年の男子と女子それぞれ一クラスずつ、優勝する事になるのだ。
審判を務める生徒の、ホイッスルが鳴った。
かわいそうな試合の終わりだ。
女子達に背中を向けられ、全く注目されていなかった。どことどこの試合で、どちらが勝ったのかなど、誰も気にしていないだろう。
彼女達の気持ちは、次の試合に傾倒しているのだ。二年B組とC組の試合に。
東雲の試合に。
山田は目を閉じる。
(絶対に倒す)
コートへと、歩を進めた。
東雲がアタック。
山田は雄叫びを上げながら、レシーブ……しようとしたが、カスリもしない。ボールは床に落ちた。
「くそぉー!」
悔しさで声を上げるが、東雲に対する女子の歓声で、完全に打ち消される。
「お前さぁ、今のん位とれや。マッチポイントやろ」
チームメイトの一人が山田に近寄り、冷たい視線と言葉を向けた。
「ごめん」
「他の奴と変われ」
「それだけは勘弁して。この試合だけは出たいんだ」
舌打ちをして、チームメイトは定位置に戻った。
このままでは負ける。山田はわらにもすがる思いだった。想像した以上に、東雲には運動神経がある。
何もしていない様に見えるのに、彼には何でも出来るのか。何でも様になるのか。と、山田は頭の中で思考した。東雲に対してのムカつきが、更に増幅する。
「神様、聞こえるか」
山田は小声で話し出す。
「何だ」
「俺に力を貸してくれ。ここから、ドラマにする。後一点取られたら負ける。この状況からの逆転は、ドラマになるだろう。そして、女子の視線をこちらに向けさせる」
早口で喋る。途中、声が震えた。特別、勝つ方法がある訳では無い。とにかく、何とかしたかった。気持ちだけでも、前向きに持って行きたい。そんな思いだった。
「そうか。しかし、今まで少しもチームの役に立って無いんだぞ。活躍出来るのか?」
「意地でもボールを落とさない」
山田は気持ちを強く持って、言葉にした。奥歯を噛みしめる。
「わかった。悔いのない様、頑張れ」
神様が、「スタート」と合図を出す。
ドラマを始めよう。
体育館では、二年B組と二年C組の試合がクライマックスを迎えていた。
種目はバレーボール。十五点取った方の勝ちだ。現在、B組が十四点で、C組は三点。
次の一点で、勝負が決まるのかもしれない。
審判がホイッスルを吹く。
B組のサーブである。学校中の人気者、東雲太一がボールを構えた。
女子達が「キャーキャー!」歓声を上げている。
左手から、東雲はボールを高く上げた。
飛び上がり、サーブを打つ。
勢いをつけたボールは、相手コートの前衛と後衛の間を襲う。
C組の後衛を務めるのは、山田だ。
当然の如く、落下点へといち早く反応した。
勢い良く、ボールの下へと跳び込む。……が、足がもつれて、つんのめってしまう。
結果として、跳び込むというより「こけた」に近かった。倒れた山田の前に、ボールが落ちてくる。だが、これでは終わらない。必死に、開いた右手を伸ばす。タイミング的にも距離的にも、ギリギリ拾えるかどうかだった。
右手の上に、ボールが落ちる。
間に合ったのだ。
一瞬の間の後、「うおりゃー!」という咆哮と共に、山田はボールを放り上げた。
さすがに、無理な体勢である。ボールは、ネットの高さ位までしか上がらなかった。だがそれでも、仲間がリカバリーするには、充分なはずだ。
山田は息を一つ吐く。安心した。自分の仕事を、取りあえずやり終えた。他のチームメイトでは、こうはいかなかっただろう。届かないと諦めてしまうか、手を伸ばしても間に合わないか。いずれかになったはずだ。
山田だからこそ、何とかなったのである。
不意に、笛の音が鳴り響いた。
審判役の生徒が吹いたのだ。そして、
「C組がボールを持ったから、B組のポイントで、B組の勝ち」
と言った。
確かに。と、山田は思う。手の上で、ボールは一度止まった。
正確には、『ホールディング』という反則である。
己のミスを潔く認める自分の事を、良い性格だと思った。他の人では、なかなかこうはいかない。チームメイトのせいにしたり、良い訳をしたりするのだ。
でも、山田はそんな事しないの……
(もう無理だ。自分中心の良い訳を続けられない)
山田はミスをした、ただのバカである。
全てが終わった。
「カット!」
神様が大きな声で告げる。
「お前、何してくれてんねん!」
「ボール持つなや!」
「何なん、この終わり方!」
チームメイトに容赦ない言葉を、山田は浴びせられる。
「……ごめんなさい」
這いつくばりながら、小さな声で言った。
見下ろしてくるチームメイトの一人に、二度目の舌打ちをされた。他の連中も、それに続く。イラついた様子で、彼等は引き上げた。
両手を床に着き、山田は立とうとする。が、立てない。
「痛い!」
大きな声が出た。だが、誰にも聞こえない。B組の勝利に、東雲のサービスエースに沸く女子の声に、かき消されたのだ。
もつれた時に左足を痛めたのだと、山田は理解した。
「大丈夫か、山田?」
心配するのは、神様のみ。
山田は「痛い痛い」言うばかり。そして、その言葉は、誰にも届かない。
だがその時、痛さで細めた視線の先に、異変に気付いた者がいた。
東雲だ。
女子の間を抜け、ネットを潜り、駆け寄ってくる。
(痛い痛い……来るな来るな)
痛さよりも山田は、近付いてくる東雲の方が嫌だった。
恐かった。
何とか立とうとする。が、踏ん張れない。左足の裏を床に着けただけで、鋭い痛みの信号が頭に送られる。
(来るな来るな。大丈夫だから来るな)
(お願いだから、放っておいてくれ。女子の所にいてくれ)
嘆願した。
そんな思いも虚しく。
「大丈夫かい? 山田君」
東雲に、手を差し伸べられた。
「――んなよ」
「えっ?」
「触んなよ」
「何で? 足、挫いたんだろ?」
両脇を掴まれ、体を起こされる。左脇の下に、頭を入れられた。
東雲が立ち上がるのに合わせて、山田は強制的に立ち上がらされる。
「触んなって、言ってるやろ!」
「何でだよ! 保健室に行かないと!」
無理やり肩を貸されて、片足で歩く。
女子達は騒ぐのを止めた。男子を含めた全員が、静かに二人を見ている。
その事が、山田は更に嫌だった。こんな所を、注目して欲しくは無い。
「ちくしょう、ちくしょう」
うつむき、呟いた。
「これで良し」
保健の先生が、にこやかな顔で言った。口を横に広げて、目を細めている。
中年の、元気な女性だ。髪は、首のつけ根辺りまで伸びている。パーマがかかっており、細かく波打っていた。肌の色は茶色がかっている。目鼻立ちがハッキリしていた。まゆ毛は色が濃くて、しっかりしている。決して美人では無い。
背もたれの無い丸イスに、山田は座っている。左の足首に、今しがたシップを貼られた。
先生は立ち上がり、白衣のポケットに左手を突っ込んだ。
山田が見る限り、いつも左手はその位置だった。楽なのだろうと、思う。
「先生」
「ん?」
「少ししんどいんで、寝ても良いですか?」
「そう。じゃあ少し横になってなさい。私はちょっと出てるから、良くなったら戻りなさいよ」
そう言うと、先生はまた、にこやか顔になった。
「はい」
山田の返事を聞きながら、出入り口まで歩く。
そこで振り返った。
「それと、東雲君にお礼言っときなさいよ」
余計な事を言う。
「……」
山田は黙して答えなかった。左足首を擦って、やり過ごす。
治療を受けている少しの時間で、変化を感じていた。自分の中に起こった変化を。
それが何なのか、理解出来たし、受け入れた。
だから、横になるのだ。神様との時間を作る為に。
ベッドに寝転がった山田は、窓の外を見ていた。口が半分開いている。ゆっくりと瞬きをした。
「――神様」
「何だ?」
「あの木を裂いてみてよ」
窓の外を指さす。そこは中庭で、草木が生えている。伸ばした指の先を、一番近い木に向けていた。
「何故だ?」
「いいから、裂いてよ」
「どうしたんだ。まぁ見ていろ」
神様は低い声で、うなり出す。それに呼応するかの様に、木が割れた。
「このまま、裂いたままには出来るの?」
「は?」
「出会った時に裂いただろ。あの時、変に思ったんだ。神様が元に戻していない木まで、元通りになっていた。知らない間にくっつけたのか、とも思ったけど――」
木が音を立て、元に戻った。
「……まぁ良い。正直に言うが、最長で三十秒位しか裂いておけない」
「そうなんだ」
視線を白い天井に移し、ぼんやりしながら、山田は続ける。
「それと、神様木しか裂けないよね」
「……な、何だと!?」
「図星だろ。木以外を裂いた所、見た事無いよ」
「そんな事は無い! 木刀だって裂けるし、桐ダンスだって裂ける。学校の机の上部分も裂ける!」
「全部木じゃないか!」
待っていました感を出して、山田はつっこむ。
楽しくなって、小さな声で笑った。
「そうだ。お前の言う通り、木しか裂けない。更に言うと、一度裂いた木は、次の日になるまで裂けない」
神様はため息を吐き、あきらめた様な言い方をする。
「うん」
「だから、お前を裂く事も、本当は出来ない」
「うん」
それだけ返すと、山田は笑いで肩を揺らし続けた。
「何笑ってるんだ?」
「――いやぁ、神様が来てくれて、良かったなと思ってさ。本当に楽しかった。良くも悪くも、色んな自分を発見出来たし。神様が『ラブコメ起こす』っていう理由をくれたから、僕は動く事が出来たんだ。神様の事は一生忘れないだろうな」
「……どうしたんだ。『僕』って?」
何も言わず、代わりに深く息を吐いた。
「……何で、木を裂かさせたんだ?」
天井の白を見ながら、ゆっくりと瞬きをする。
「妄想だったら、嫌だなぁと思ってさ」
「何が?」
「楽しい思いをさせてくれた、神様の存在と、木が裂けるっていう事がさ」
「それを確認したのか」
「前に見たのが、幻覚だったらって思ってさ。本当は地味な男の妄想物語でした。っていうのだったら……」
「だったら?」
「自分に対して、幻滅する。そんな幻を見た自分が嫌いになるよ」
「今ので信じたか?」
「うん。ほっとした」
山田は目を細め、歯を見せて微笑んだ。体育館までの元気は、消え失せた。体に力が入らない。
不意に、出入り口のドアがスライドした。先生が帰ってきたのでは、ない。
そこには、東雲がいた。
山田は静かに首を動かし、彼を見る。
「山田君、大丈夫かい? 帰って来ないから心配したよ」
「……」
「女子が放してくれなくて、抜け出すのに苦労したよ」
山田は起き上がる。床に並んだ上靴を、ヨロけながら履いた。
「もう、起きて良いの?」
山田は廊下の見える出入り口へと、歩く。左足を慎重に進めた。
「ねぇ、山田君?」
保健室を出る。生徒は体育館と校庭に集まっている為、廊下には誰もいない。
静まり返った廊下を、歩く。
「どうしたんだよ、山田君?」
山田は動きを止める。
「さっきはありがとう」
それだけ言うと、左足を気遣いながら、歩を進めた。
「え? 何? 何か変だよね」
左足を、ゆっくりと優しく地面に置く。その事だけを、心掛けた。
東雲と神様が、後を追ってくる。
「山田君、どうしたんだよ?」
「山田、悔しいんだろうが、何か言え」
「うるさい」
「何で無視するんだよ!」
「こんなに心配してくれてるじゃないか」
「もう、僕に近づくな」
「何で!」
「どうしたんだ?」
山田は、また足を止めた。東雲に背中を向けたまま、
「優しいよな、東雲君は。皆の人気者になるはずだよ」
少しの間を空け、話を続ける。
「一つ訊いて良いかな?」
「何だい?」
東雲の足音も止まった。
「何で、僕なんかの事、心配するの?」
「それは、だって、前に廊下で話した時から、僕達はとも――」
「友達なんかとちゃう。僕達は友達なんかとちゃう」
「……山田」
「何でだよ山田君! 僕が何かしたのかよ! 君に何かしたのかよ! 友達だろ!」
山田はゆっくりと振り返る。唇がカサついていた。まぶたを上げているのが辛く、視界の上辺が隠れている。表情の無い顔をしているのが、自分でも分かった。
「……東雲君は、真っすぐで良いね。本当に良い人だよね。でも――」
心に溜まったモノを、声にして続ける。
「――僕は、東雲君の事が嫌いなんだ。……僕には、君の事がわからないんだよ」
言い終わると、微かに口角を上げた。伝える事が出来て、気持ちが軽くなる。
東雲に背を向けた。
また、左足を気にしながらの歩行に戻る。
「おい山田、何言っているんだ!」
「わからないよ。僕にも、山田君の事がわからないよ!」
「だろうね。それで良いんだよ。僕達は知り合う必要なんて、無かったんだ」
つぶやく様に、言葉を連ねる。
「今まで楽しかったけど、僕はもう疲れた」
更に、連ねた。
「二人とも今までありがとう。これで、さようならだ」
「さようならって何だ! 山田! やめる気なのか、何もしない日に戻るのか!」
「二人って何だよ!? 僕しかいないだろ!」
「お前を追い込んだ原因は俺にある! 俺が何とかするから、戻って来い!」
「気にしなくて良いよ。楽しかったって言っただろ。無理だっただけだよ、僕には」
「山田止まれ! でないと、お前を裂くぞ! 本当は出来るんだぞ!」
「じゃあ、やってみてよ。木しか裂けないくせに」
「何をー!」
右の窓の外に、校舎裏が見える。そこに四、五本の木が生えていた。手前から順に、真っ二つに開いていく。音が、廊下にも響いてきた。
(最後が派手で、良い思い出になったよ。神様)
「山田ー! 俺には、お前にラブコメを始めさせる責任があるんだ! こんな終わり方、ダメだろうが!」
「良いんだよ、これで。僕じゃなくて、東雲君に付きなよ。きっと、面白いラブコメドラマが見られるよ」
「お前じゃ無いと、ダメなんだ!」
「山田君……これは、何なんだよ!」
神様は激しく揺らめいていた。裂けた木を見た東雲は、驚く。その場に尻もちを着いた。
そんな光景を振り返る事も無く、山田はぎこちなく歩く。
東雲の言葉を聞き、安心した。他人にも、裂ける木が見えたのだ。
これで、今までの出来事が自分の妄想では無いのだと、本当に思う事が出来る。
嬉しかった。
「山田君……君は……」
「山田ー!」
山田が保健室で感じた自分の変化は、「あきらめ」だった。
ゆっくりと歩く。傷つく事も苦しむ事も無い日常へと、戻っていく。
(これで、本当の僕に戻れる。ドラマは終わりだよ。皆、今まで本当にありがとう)




