#6 二学期は、数をこなしてボーイミーツガールの巻
#6 二学期は、数をこなしてボーイミーツガールの巻
夏休みも終わり、砂谷野中学校の生徒達は、学業を中心とした日常に戻っていた。彼、彼女達の制服は、半袖から長袖に変わる。
季節は、夏から秋へと移行していく。
ほとんどの生徒は、朝から授業を受け、部活に励み、家へと帰る。
過ごしやすい気候も手伝ってか、勉強にも、スポーツにも打ち込むのだった。
そして、読書にも身が入る。図書室には本好きが集まっていた。室内には、長さ五メートル程の横長テーブルが、三列ある。皆、そこのイスに座っていた。読書の秋よろしく、思い思いに本を読んでいる。静かな空間だった。聞こえるのは、ページをめくる微かな音と、たまの咳払い位である。
本棚は、木製だった。高さは約二メートル、横幅は三メートル程ある。六つに仕切られた段には、ほとんど隙間なく本が並べられていた。その本棚が、三つ横並びで一列を形成している。窓の近くから、貸し出しカウンター前にかけて、全部で六列あった。
カウンターに一番近い棚の真ん中辺りを、一人の女子が見ている。
身長は百五十センチ半ばで、スラッとした体形だった。胸のあたりまで伸びた髪の毛は、二つに束ねられている。顔の小ささに反比例する様に、目は大きい。鼻と口は小さかった。
彼女は、新品同然のキレイな制服を着ている。白の長袖シャツにも紺色スカートにも、着古した様子が無い。
背筋が伸びた立ち姿から、育ちの良さが出ている様だ。
どうやら、女子生徒は本を探しているらしい。
本棚に並んだ背表紙に指を当て、左に滑らせていく。
「俺の探している本はどこかなぁー!」
図書館内に声が響く。不意だったらしく、女子は体をビクつかせる。声のした方――本棚の左に目を向けた。
そこに、山田はいる。
左手の人差し指を本に当て、こちらを見た彼女に向かって走り出す。
「えーっと、どれだっけなぁー!」
全く棚の事を気にしなかった。愛しの女子生徒だけを凝視する。
彼女は「ヒッ!」と、叫び声を短く上げた。これが、嬉しい悲鳴というやつだ。
女子の鼻先で、山田はピタッと止まる。
彼女の指が触れている本を、しっかりと掴む。
本を一瞥した後、嬉しくなって顔がほころんだ。すぐに、愛しい人へと視線を戻す。
「あれ? 美人四天王の友野小春さんじゃないですか!」
「えっ?」
「僕の事、覚えて無いですよね? 海水浴場で、東雲君達といる時に会ったんですけど。まぁそんな事よりも、友野さんもこの本読むんですか?」
そう言って友野に見せた本には、「土器の歴史」と書いてある。
「私の読みたい本じゃありません」
首を横に振る彼女は、山田に会えた嬉しさで、震えていた。
「でも、今触っていたじゃないですか?」
「それは、本を探している途中にたまたま触れただけです!」
「じゃあ、どの本を読もうとしてるんですか?」
「そんなの何でも良いでしょ」
「そんな事言わずに、教えて下さいよ。文学好き同士、語りあ――」
山田に背中を見せると、友野は走り去って行った。
間もなく、スライド式のドアが開き、勢い良く閉まる音が聞こえる。
山田の仕掛けは失敗した。
どれだけ物事を都合良く解釈しても、その事は明白である。
突っ立ったまま、カラスの鳴きまねの様に、「あー」と、しばらく言う。
落胆の声だったが、心はこもっていなかった。
「カット」
神様の声を聞きながら、山田は舌打ちをする。それから、「土器の歴史」を棚に並んだ本の上に寝かせた。
「だから、急に話しかければ怖がると言っただろう。もっと焦らず、距離を詰めろ」
「別に焦って無いし、海水浴の話で共通点出そうとしたじゃないか。ドラマとかじゃ、手と手が触れ合って、笑い合って、付き合うのになー。まぁ、つぎつぎ」
「で、その次は?」
「四時三十分に体育館裏で告白。で、四時四十五分に教室に戻って、女子がいたら話しかけて仲良くなる。それから、五時になったらもう一度体育館裏で告白」
「今日もハードなスケジュールだな」
「定番中の定番の告白を、一回もしてなかったからな。手当たりしだい告ってやる! これからは、数で勝負だからな」
「そんなので良いのか?」
「良いに決まってるだろ。今では振られても、いちいち落ち込まない。それどころか最近では、上手くいかないだろうなと予想しながら、告白してるしな」
「ダメじゃないか!」
「気持ちを込めずに、上辺で告白するのは楽しいぞ!」
そう言うと、山田は声を殺して笑った。ひどく可笑しかったのだ。
「お前は今、どういう状態なんだ」
神様は言葉を続ける。
「なぁ山田。最近お前、無視されだしているじゃないか。体育館裏に呼んだ女子も、来なくなっているよな」
「そうだよ。今や、一部の女子だけで無く、全校生徒の嫌われ者さ!」
「悪い意味で、有名になっている。東雲は、良い意味で有名になっているというのに」
「本当だよ。あいつと違って、俺は汚れたよ」
「……責任を感じているよ」
「やめてくれ、やめてくれ。慰めなんかいらないよ。俺は、行き着くとこまで行ってみたいんだ。もうずっと、自分の意思でやってるんだよ」
「……そうか。で、今日の告白、勝算はあるのか?」
「ある。なんせ今日の五時に告白するのは、知らない相手じゃない」
神様は息を一つ吐く。山田には、それが重い息に感じられた。心配されていると、思う。その事が嫌だった。自分は大丈夫なのに。
「誰だ。俺としては、西山すずに一番可能性を感じるがな」
「違うな。みことだよ、みこと」
「みこと!? 絶対に無理だ。お前の事を、毛嫌いしている」
「甘いなー神様は。嫌いって事は、俺に対する感情があるって事だ。何の感情も無い所に向かうより、確率はある。要は感情にショックを与えて、転がして、『好き』に持っていけば良いって事さ」
山田は右の口角を上げる。
「嫌よ嫌よも好きの内って言うだろ」
「それとは違うと思うが」
「まぁ、ウダウダ言ってても仕方ない。見ときなよ」
山田は、校舎二階の廊下を歩いていた。中庭の時計を見下ろす。時刻は、午後四時四十五分である。
「結局現れなかったな」
「なぁに、ここまでは問題無しよ。次は教室だ」
二年C組の教室前で止まった。扉に手をかけ、スライドさせる。
中には、三つの人影があった。教室の後方で固まっている。
「何だ、三角君に菱田君に丸山君じゃないか。何してるの?」
ため息混じりに、山田は言う。女子がいなくて残念に思う気持ちを、少しも隠さない。
「……やぁ、山田君」
三角が返した。他の二人は反応しない。
三人は、突っ立って向き合っている。いつも通りの三人に、山田は近付いた。
「誰もいないんだし、イスに座れば?」
提案し、自分は手近なイスに座る。
「僕達は、こうやって喋るのに慣れてるからね」
またも、三角が返した。彼は三人の中で、一番明るくて社交性がある。その事は、夏の海水浴で証明されていた。おそらく、誰とでも上手く、コミュニケーションをとれるだろう。
「そっか。で、何話してるの? アニメの話とか?」
「今はその話ではないがね」
視線をそのままに、菱田が答えた。
「じゃあ何? ラップバトルじゃあないよね?」
全員無視。
「スポーツ――」
丸山は咳払いを一つ。
「スポーツ大会の事を、話していたんですがねぇ。野球にしようと言っていたんですよ」
「野球? 何で? あんなの怖いじゃないか」
「試合には出ませんよ。他の男子がずっと出てくれるみたいなんで、見学ですよ」
という丸山の言葉に、菱田達も続く。
「バレーボールなんぞ選べば、間違ってプレーさせられるかもしれんからな」
「山田君もこっちにするなら、他のメンバーに訊いてみるけど?」
「三角君、気遣いは無用だよ。何故ならお……僕は、バレーに行くからね!」
「そっか。山田君はそうかなと思ったよ」
「しかしながら。山田氏について、良い評判を聞きませんな。ちゃんと、上手くやれるのですかな?」
「…………何だって!? 俺に――」
困惑する山田の言葉を遮り、丸山が咳払い。
「最近――」
もう一度咳払い。
「最近、色んな女子に声をかけている様ですが、止めた方が良いんじゃないですかねぇ。余り、無理はしない方が良いですよ」
その時、山田の気持ちに急激な変化が起きた。
自分の感情の状態を認識出来ずに、一瞬間が空く。
「……誰が無理してるって!」
イスから立ち上がり、怒声を上げる。丸山の言葉にムカついたのだと、頭で理解する前に、行動していた。
「まぁまぁ、山田君。二人とも心配してるんだよ」
「心配してる?」
そう言った後、山田には可笑しく思えた。目の前の三人をバカにする様に、鼻で笑う。
「お前らに、心配なんかされたくないね。俺は、お前らより進んでるんだ! 何もせず、突っ立ってるだけの奴らが心配できる存在じゃない!」
言い放つと、振り返る。出入り口へと、速足で向かう。
背中に、
「あんまりじゃないか!」
三角の声が届き、足が止まる。
「何もせず突っ立ってるって何だよ! 僕達が無意味に生きてるみたいな言い方してさ、何で君にそんな事が言い切れるのさ!」
「……俺にはわからない! 東雲に対して、何とも思わないのがわからない! ……俺は、好きでやってるんだから、心配なんかするな」
振り向かずにそう言うと、山田は扉を開けた。
唇を強く噛んだ。
その場から、走り去る。ただ闇雲に、校舎の中をめぐった。
山田は両ひざに手をついて、荒く息を吐いている。場所は、体育館裏だった。
「さっきのは、お前が悪かったよな」
「そうですね」
「ちゃんと謝れよ」
「今は謝れないんだよ。そんな気分なんだ」
神様は、ため息を吐く。
「で、来るのか? みこと」
「来るさ。文句を言いにね」
「そうなれば、どうする?」
「『好きです。付き合って下さい』って言うよ」
山田は息を整え、上半身を上げる。額の汗を拭いた。
「えー、でも私、あなたの事嫌い」
声色を女性っぽくして、神様は言う。
「そう言わずに、その嫌いって気持ちをよく考えてよ。嫌いの中心にあるモノは何?」
「嫌いの中心にあるのは……」
急に始まった山田と神様のごっこは、続く。
「中心にあるのは、好きっていう気持だろ」
「た……確かに。考えてみれば、好きな気持ちの反動で嫌いと思い込んでいた。好きになるのが怖かったから!」
「何てかわいい子猫ちゃんなんだ。怖がらなくて良いよ。今、ナデナデしてあげるからね」
「山田君……」
「俺と、付き合ってくれるね?」
「絶対に無理!」
「おい! 神ー!」
現実に戻された山田が叫ぶ。
「何でそういう事するの? もうちょっとで、ナデナデ出来たじゃないか!」
「ナデナデ出来るかー! 都合良くもっていってやっただけだろうが! 目を覚ませ!」
「目を覚ませだー! 俺の事、騙しやがって!」
「騙す?」
「俺は真剣に、シミュレーションしてたの。それなのに、神様はふざけてたんだろ」
それを聞いた神様は、鼻で笑う。
「何が可笑しいんだよ? 俺の事笑ってんのか」
「俺はふざけてはいない。よく言うだろ、敵を騙すにはまず味方から、とな」
「何だって? じゃあ、もしかして神様。今の会話は、みことに対しての何かの策だったって言うのか!?」
「違う。意味あり気な事を言ってみたかっただけだ」
「じゃあ、ふざけてんじゃないか! 無意味な会話させんなー!」
山田の唾が飛ぶ。
神様とのやりとりが一段落したところで、山田は動いた。
建物の角まで行き、体育館へと続く渡り廊下に目を向ける。
人の気配を窺った。
誰も来る様子が無い。コンクリートの地面と、それを守る為に、鉄を加工して作られた雨避けが見えるのみだ。その奥には校舎があり、ねずみ色の壁が背景になっていた。
渡り廊下とは、四十メートル程離れている。それもあってか、そばだてた耳には、何の音も入って来ない。
硬質の床に、上靴のゴムで出来た底が引っ付き、離れる。そんな、粘着性を感じる音色を待ち焦がれた。
山田はしゃがんで、人影を求め続ける。
秋の空は、午後五時の時点でオレンジ色に染まっていた。夏とは違い、太陽は悠長に高い位置を保ってくれない。
「来ないなー」
「無視されたんじゃないのか?」
「そんな事無いと思うんだけどなー」
「確実に、こちらから来るのか?」
「そりゃそうだよ。上靴じゃあ、こっちからしか来れない」
「下靴に履き替える事は無いのか?」
「回って来ないといけないから、面倒く――」
言いながら、まさかと思い、山田は振り返る。
小柄な人と目が合う。
その人物の下半身は、体育館が作る影の中にあった。上半身は、夕日に照らされている。陽の光と同じ暖色だった為、髪の色味は弱まって見えた。
女子生徒用の長袖シャツに、紺のスカート姿だ。
彼女の足下へと、山田は視線を落とす。
白いスニーカーを履いていた。
それが待ち人、みことである。
(神様との妄想ごっこに夢中で、気付かなかった……)
「い、いつからいたんだ?」
彼女は一歩後ずさる。
「いつから見てた? なぁ?」
「……山田が、山田が一人で喋って、叫んでるー!」
みことは、「ワー!」と悲鳴を出しながら、走り去る。
山田には、止める暇も無い。
しばらくの時間が経った。山田は、まだ体育館裏にいる。コンクリートで形成された縁の部分に腰を下ろし、三角座りをしていた。
「みことは終わったな」
「うるさいなぁ、死んだ訳じゃ無いんだから、まだわからないだろ」
「絶対に無理だ」
「絶対では無い」
「悪い事は言わない、一人に絞れ」
「一人……」
「このまま数をこなしても、良い結果には結び付きそうに無い」
「そうだな。もう誰も、体育館裏には来なさそうだろうし。決めるとすれば、誰かな」
山田はボーッとした。赤みがかった空を、見上げる。
「……」
「……」
「……」
「決まったか?」
「何人もいるからなー、決めにくいなー」
「特別な相手が、一人もいないんだろ」
「うるさいなぁ。じゃあ、菊地原さん。二回合ってるし。東雲から、幼馴染奪い取るのって、楽しそうだろ」
そう言うと、口を横に広げた。歯を出し、ヘラヘラと笑う。大して楽しくは無かった。
「それで良いのか? 相当嫌われていると思うがな」
「考えがあるんだ。スポーツ大会を利用するよ」
「それは大丈夫なのか。……今のお前は心配だ、暴走しているからな」
「してませんよ。ドラマをまだ、何も起こせてないから、頑張ってるだけですよ。神様」
わざとかしこまった山田は、しばらく立ち上がらなかった。ただ静かに、空の模様を網膜に映す。
今回のターゲット。
三年、友野小春。一年、小島みこと。
全く相手にされず、他の女子にも相手にされず、完全な嫌われ者になってしまった。
神様の評価は百点満点中、十点。




