神様行為
神様行為
「祐天寺君。実は私、魔法使いの国の王女なの」
「えっ! なんだって!?」
「そんでもってあなたは、私を守る選ばれた勇者なのよ」
「えっ! 俺が勇者!?」
ごく普通の高校生である祐天寺は、突然の事に目を白黒させた。
「そして今まさに魔法使いの国は、悪しき大臣によって乗っ取られようとしているの」
「本当なのか、ヒナノ」
祐天寺の問いかけに、目を潤ませながらヒナノは続ける。
「本当の事よ。さぁ、私と一緒に来て。魔法使いの国を救って!」
彼女の瞳から、涙がこぼれた。
祐天寺は、ヒナノの両肩をしっかりと掴む。反動で、彼女の長い黒髪が揺れた。
「わかったよ、ヒナノ。一緒に行くよ」
「本当! ありがとう、祐天寺君」
「うん。ついさっきまで、この学園でドタバタをしてたけど、ヒナノが困っているんなら行かないと」
「祐天寺君……」
ヒナノはゆっくりと目を閉じる。口をすぼめて祐天寺に向けてきた。
一瞬驚いた祐天寺だったが、覚悟を決めると目を閉じ、ヒナノの唇に自分の唇を近付けていく。
「ヒューヒュー」
唇が今まさに重なろうとした時、茶化した声が聞こえた。
二人は声の方に振り向く。
「お二人さん、楽しそうな事してますね」
教室の入り口で、メガネをかけた女子生徒がニヤついている。
「うわぁー! お前見てたのか?」
祐天寺は、慌ててヒナノから手を放す。
「私だけじゃ、無いですよ」
「えっ?」
何人もの女子生徒が、教室に入って来る。
「みっ、皆!」
「皆……」
祐天寺とヒナノは驚きの声を上げた。
「皆、今の話聞いていたのか?」
全員頷く。
一人ずつ二人に声をかけてくる。
「二人で行っちゃうんですね。無事に帰ってきて下さいね」
メガネの女子生徒は言う。
「祐天寺! あなたは幼馴染の私と付き合うんだからね。ヒナノ! 帰って来たら私と決着をつけるわよ! だから……二人とも絶対に帰って来るのよ」
赤い髪の女子生徒は、最後、うつむいた。
「祐天寺ー! 帰って来たら、ボクが直ぐに癒してあげるからね」
制服がきつそうに張る程、胸の大きい女子生徒が言う。
「私はアンタの事なんか、少しも心配して無いからね! まぁせいぜい頑張りなさいよ。…………あーもう! 心配してるわよ。私が心配してるんだから、帰って来なさいよ!」
ツンツンしながら、金髪の女子生徒は心配した。
「お兄様ー。ユメノ、お兄様が帰って来るまで良い子でいますです。だから、早く帰って来て欲しいです」
下級生の小さな女の子が、瞳を潤ませながら願う。
「祐天寺君。帰って来たら、遅れている勉強を個人的に教えてあげるわ」
これは、女教師の言葉。
他にも色んな女の子が声をかけてくる。
「祐天寺君……頑張って……」
「祐天寺さん、ヒナノさん。どうかご無事で」
「祐天寺! あちきの事忘れるんじゃないよ」
「祐天寺君。お菓子を作って待ってるね」
「祐ちゃん、ヒナちゃん待ってるからー」
女の子以外も、お別れのあいさつをする。
「祐天寺! 絶対にヒナノちゃんを、守らなあかんでぇ。待っとるからな」
祐天寺の親友は、威勢良く声をかけた。
「祐天寺君。ヒナノさんを一時的にとは言え、あなたに渡す事になるとは残念です。ヒナノさんに傷一つ付けてみなさい、僕があなたを許しませんよ」
ライバルは言った後、微笑する。
「ビシュシュシュシュ。ビシューンビシューン!」
宇宙ペット、ゲグタプが鳴いた。
「ゲグタプも、心配してくれてるんだな」
祐天寺は笑みを浮かべる。
名残惜しそうに、ゲグタプの触手がヒナノに伸びた。
「きゃっ! ゲグタプ寂しいのはわかるけど、足に触手を絡ませないで」
ヒナノの優しい声を聞いて、ゲグタプは触手を引く。
「ちさ、あかね、あきら、いずみ。それに、ユメノ、ゆう子先生、エレナ、国分寺さん、マイ、ゆみこ、杜若先輩。それから、アキノブ、……龍宮寺。最後に、ゲグタプ。皆、本当にありがとう。俺は絶対にヒナノを守って、魔法使いの国も救ってみせる!」
祐天寺は拳を握りしめた。
「祐天寺君……」
ヒナノが潤んだ瞳で祐天寺を見つめる。
「よう言うたで、祐天寺! それでこそ男や!」
祐天寺はヒナノの隣に立った。
「それじゃあ、行こうかヒナノ」
「うん。祐天寺君」
祐天寺の右手と、ヒナノの左手がしっかりと結ばれた。
「皆、ちょっと行ってくる。直ぐに帰って来るから待っててな」
「ありがとう皆、絶対に帰って来るから」
二人の体が白く光り出す。
「祐天寺!」「祐天寺君!」や「ヒナノ!」「ヒナノちゃん!」等と、皆は叫んだ。
光は強くなっていき、遂に弾けた。
あまりの眩しさに、その場にいる者は目を開けていられない。
光が治まった時、二人の姿は跡形も無く消えていた。
エンディング曲が流れだし、スタッフの名前が出る。
……全ては、テレビのアニメーション番組だった。
ここは地上の遥か上空。雲の上。
輝く太陽の光が降り注ぐそこには、ちゃぶ台があり、小さい食器棚があり、冷蔵庫とテレビがあった。更に、ブルーレイディスクレコーダーまである。
テレビの前の空間がユラユラと陽炎の様に揺れていた。大きさは、ソフトボール位である。
エンディングが流れるテレビ。その前で揺れる空間が息を吐いた。
「最終回の一話手前で、急展開だな。最終回は魔法使いの国の話なのか? まぁ最後は、二人が学園に帰って来て、いつも通りドタバタして、話が先に進んだんだか進んでないんだかわからない終わり方をする。そういう事になるだろうな。話が進んだら、続編が作れなくなるからな」
ソフトボール大の陽炎は言葉を続ける。
「面白い様な、面白くない様な、観た事ある話の様な気もするしなぁ……でも観てしまうんだよな。……暇だなぁ、暇だ暇だ。暇だー! 俺みたいな底辺の端っこの神というのは、何でこんなに暇なのかなー。大して力がある訳じゃなし、何かを創造する訳じゃなし、する事が無くていつまでも暇だ。日本のラブコメアニメを暇つぶしに観てきたが、やはり暇だ。面白くない。俺は人間みたいに死ぬ訳でも無く、いつまでこんなのが続くんだ」
テレビ画面には、次回予告が流れていた。
「『不思議区域ヒナノ』も来週で終わる。そしたらまた新しいのが始まって、ドタバタして終って、また新しいのが始まってと、ずっと続くんだ。俺はずっとそれを観ている事になる。観ていたいが、暇だなー」
テレビの電源が切れ、黒い画面になった。陽炎は意識するだけで、テレビの電源を切る事が出来るらしい。
「わかった!」
暫く揺れていただけの陽炎が、急に叫んだ。
「観ているだけだから暇なんだ。実際にこの世界で、ドタバタラブコメを起こせば良いんだ。テレビの中だけでは無く、現実で成立するのかやってみれば、きっと忙しくて面白いぞ」
揺らめきが、勢いを増した。
「俺は……私は何も創造しない訳じゃない。前言撤回だ。私はドラマを創造する」
陽炎は雲の上をフワフワと移動し、端まで行く。地上を見下ろしているらしい。
「ドラマを起こす場所は、日本だ。日本のどこにするか……よし、ノリが良さそうだし、大阪にしよう。次は誰にドラマを起こさせるかだが、登校時間を過ぎていて、学生があまり歩いていないな。明るさと積極性がある程度あって、モテていない人間がベストなのだが」
陽炎は、遠く離れた下界を見ているようだ。
一瞬、激しく揺らめく。
「あいつ、良いんじゃないか。心も暖かい色をしている。優しくて、明るさもある程度あるし、積極性もありそうだ。何より、現状に満足していない。私の考えにピッタリの人間じゃないか。待っていろよ、モテる男にしてやるからな」
陽炎は急降下していく。
少年の元へ落ちていく。
記憶喪失の少女でも、魔法少女でも無く。
モヤモヤした空間が、落ちていく。
#1 米粒の神様登場の巻
ここは大阪のとある町。七月の太陽が、さんさんと輝いている。丘の上にある住宅街から、一人の中学二年生が学校へと向かっていた。
容姿は至極普通である。自分でもその事を理解していた。
髪は短髪で、顔は可も無く不可も無い。半袖のカッターシャツを、学制ズボンの中にちゃんと入れている。学校指定のカバンを肩に袈裟掛けしていた。
目立つ様な存在ではない。その他大勢的な中学生である。生徒は丘を下る為、カーブのかかった坂道を歩いていた。道は、丘の周りをらせん状に続いている。
坂道はアスファルトで舗装された片道一車線の車道であり、歩道は無い。
生徒の歩みは重く、遅々として進まない。
(は、腹が痛い。このまま学校に着いたとしてどうする? 学校でするのは恥ずかしい。見つかったらなんか言われそうだぞ。こんな事になるんなら、もう少し家にいたら良かった)
立ち止まり、振り返る。下って来た坂道を見上げた。
(家に帰るにも、距離があるからな。どうしよう……ただでさえ遅刻してるんだ、これ以上遅れる訳にはいかない。あっ、波が来た)
両手をお腹に当て、ゆっくりと歩く。
「やぁ、おはよう」
後ろから声がした。
生徒は振り向く。
誰もいなかった。
(気のせいか)
またゆっくりと歩き出す。
「おはよう、って言っているじゃないか」
後ろから声がした。
生徒は振り向く。
やはり誰もいない。
(気のせいか)
また歩き出そうとした時、声がした。
「ストップ、動かないで。私の話を聞きなさい」
今度は前から聞こえた。生徒には意味が分からない。片眉が上がり、眉間にしわが寄った。お腹を押さえたまま立ち止まる。
「どうした、驚かないのか? 私が見えていないんだろ?」
眉間のしわが深くなった。お腹を押さえる手に力が入る。
「さては、突然の事に恐れおののいているんだな」
「確かに不思議だけど、それどころじゃ無いだけ。僕は戦っているんだ」
生徒は歩き出した。
「あれ? 思っていた反応と違うなー。もっと、『ワー!』とか『キャー!』とか言わないのか?」
「物事っていうのは相対的なものだから。僕は今必死で、驚いている余裕が……無い」
時おり苦しみながら、生徒は答える。足を負傷したかの様に歩みは遅くなり、手は腹をつかんだ。
「何かよくわからんが、まぁいい」
声は仕切りなおす様に、咳をした。
「時に少年、名前は?」
「何で……よくわからない声に教えなきゃならないの」
「それもそうか、と言うか大阪生まれだよな?」
「……そうだよ」
生徒は歯を食いしばる。握りしめた右手で、右足の太ももを叩く。腹痛から気を紛らわせたかった。こめかみを汗が伝う。冷や汗に感じられた。
「もっと、『そうやでー』とか『おまへんか』とか言わないのか?」
「そんなどぎつい関西弁は、ほとんど使わ……ないよ」
「そうなのか。関西弁キャラなのにもったいない」
「はい?」
「そういえば、私の事がわからないと言っていたな。教えてあげよう、私の事を。私は、お前たち人間ととても近い場所にいる。しかし、触れる事の出来ない存在。わかるか」
生徒は足を止めた。
「僕にとって、近いにも関わらず触れる事の出来ない存在……」
腹を鷲づかみにする手に、力が入る。
鼻で笑う音が聞こえた。
「そうだ、わかっただろう」
「まさか、お前まさか……」
「ほうら、驚いてきただろう」
「触れる事の出来ない存在って、お前まさか……僕の腹の中でうごめいている、う――」
「違うわー! 神様! 神様!」
「……神様? 何だ。触る事が出来ないって言うから、てっきり早く自由になりたくて、喋り出したのかと思ったよ」
「そんな怖い事じゃ無い」
生徒は安堵のため息を吐く。腹痛もいく分治まってきた。
「ただの神様で安心した」
「……私の事をただのだと! っていうかもういいや。俺は神様なんだぞ」
神様と称するものは、砕けた話し方をしだした。
「うん」
「充分おかしいんだから、安心するなよな」
「神様って言われてもな、姿を見せてくれないと信用できない」
「姿ねぇ、さっきからお前の前にいるんだがな」
「えっ?」
生徒の目の前には誰もいない。カーブのかかった坂道があって、ガードレールがある。その先には、丘の下の町並みが見えた。丘の斜面に生える何本かの木がブラインドになっていて、家等を所々隠している。
「いないじゃないか」
「目線の高さで良く見てみろ。空間が揺れているだろ」
「えー?」
生徒は、目を凝らして良く見てみた。
(うーん、何も見えない様な……)
引き続き空間をじっと見る。向こうの家が、少しぼんやりしていた。
「今見ているぞ、ちょっと陽炎みたいに揺れているだろ」
「えっ? これ、これなの?」
目の前の空間を、指さして訊いた。確かに一か所揺れている部分がある。ソフトボール位の大きさなのだが、揺れが緩やか過ぎて、まず違和感を感じない。
「そうそう、それそれ。それが俺の実体」
「こんなのが神様なの? もっと、ヒゲ生えた爺さんとか、象と人間が混ざったのとか想像してたよ」
「それは相当上の位の神様だな。俺はピラミッドで言うと、最下層の一番端っこ位の神様だから。ちゃんとした体が無くて、思念体なのだ」
「そうなんだ。何の神様なの?」
「米粒の神様」
「米粒? そんな神様いるんだ。神様ならさ、何か力無いの」
「力? 例えば」
「例えば、名前を書くだけで人を殺せるノートとか」
「そんなノート、持っている訳ないだろ」
思念体はそう答えた後、わざとっぽくかしこまった言い方で、
「でも、私は米粒の神様だから『名前を書けば書く程米粒が袖にひっつき易くなるノート』は持っているよ」
と続けた。
「そのノートいるか? 大して力無いんだね」
生徒の言葉に思念体は揺れる。
「それなら、これはどうだ!」
丘の斜面に生えている木が一本、真っ二つに裂けた。辺りに音が響く。
「うわっ!」
ただの中学二年生は驚きで、目を見開いた。
「……これが」
思念体は満足そうに笑い声を上げる。
「そう、これが――」
「僕に秘められた力」
「お前の力ではないー!」
と言った後、続けて、
「舐めている様なので、もう少し神の力を見せてあげよう!」
木がもう一本、真っ二つに裂けた。空間が開けて、隠されていた家や道が露わになる。
「わわわ、わかったからもう止めて」
「わかればよろしい」
「裂けた木はどうするの?」
「元に戻してあげよう」
裂けた木が元に戻る。ビデオの逆再生の様だった。
「俺が誰かわかった所で、最初の質問に戻ろうか。時に少年、名前は?」
「……山田」
「山田?」
「山田」
「祐天寺でも龍宮寺でも無く?」
「山田」
「まぁ、現実はそんなものか。下の名前に期待するとしよう」
「直道」
「祐天寺でも龍宮寺でも無く?」
「下がそれはおかしいでしょ!」
神様は舌打ちをしたらしく、山田には「チッ」と聞こえた。
「普通だな下も」
「普通で悪かったな!」
「もっとミドルネームが入る様な名前に出来なかったのか」
「日本人と日本人の間に出来た子供なんだから無理でしょ!」
「少しは名前に期待したんだが、仕方ないか」
「何で名前に期待するの?」
山田には理由が分からなかった。
少しの間を置き、神様は喋り出す。
「それは、お前が主人公だからだ」
「主人公?」
「そう、主人公らしい名前っていうのがあるだろ。それを期待したんだ」
「主人公って何の?」
「ラブコメの主人公だよ。監督はこの俺、舞台は現実。山田、毎日を楽しくしたいだろ?」
「遠慮しておきます」
そそくさと山田は歩き出す。
「拒否すればお前もこうだぞ!」
先程の二本とは別の木が、三本いっぺんに裂けた。強い力に引き剥がされた様な、ささくれだらけの汚い断面が現れる度に、音がとどろく。今までで一番うるさかった。
どこからか、窓ガラスをスライドさせる音が聞こえてくる。
「わかった、わかったよ。とりあえず話は聞くから、木を裂くのは止めて!」
「わかれば、よろしい」
三本の木が元に戻った。
木がくっつく時にも音がする。自分が裂かれると脅された事よりも、この音で騒ぎにならないかの方が山田には心配だった。
「で、僕は何をすれば良いの?」
喋りながら、山田は歩く。早く学校に行きたかったのもあるが、とにかくこの場所から移動したかったのだ。
「人生が楽しくなる様な行動を、積極的に起こせば良いんだ。なに、俺が指示する通りに動けば良いんだよ」
「それで、僕にメリットはあるの?」
「人生が楽しくなるじゃないか。何となく行っている学校も、主人公がドラマを進める為に行くと思えば、新鮮なものになる」
山田は考える。確かに今、人生は楽しいと思えるものではなかった。年を重ねるごとに段々と色あせ、輝きを失っている。
退屈な毎日をただ何となく繰り返す、そんな日々。
今日遅刻しているのも、腹痛だけが原因ではないのかもしれない。
求めているのかもしれなかった。毎日を面白くしてくれる何かを。
「……わかったよ。これも何かの縁だ、一度やってみるよ」
「そうか、そうこないとな。これで、山田のドラマが始まる」
「とりあえず、今から学校に行って良いんだよね?」
「もちろん」
「何か、テレポート的な能力無いの?」
「そんなもの、無いな」
「他に能力は?」
「特に無い」
「……裂くしか出来ないのか。使えないな」
山田はボソッと呟く。
直ぐにその使えない能力で脅された。木が絶え間なく裂けだす。
周辺の住人に見つかるのが怖くて、山田は走りながら謝る。
そうしている内に、はっと気付く。これでは、悪いと思いながら木を裂く少年と思われないだろうかと。
踏み出してはいけない一歩を、踏み出してしまった気になった。
走った為か、心配事の為か、再度山田は腹痛の波に襲われる。学校のトイレへと、出来る限り急いだ。
その後ろで、ソフトボール位の大きさの空間が揺らめいた。
山田は、神様に見守られているとは思わない。悪い霊にとり憑かれたとは、思った。
#2 曲がり角でボーイミーツガールの巻へ続く……




