#2 曲がり角でボーイミーツガールの巻
#2 曲がり角でボーイミーツガールの巻
市立砂谷野中学校は、すでに一限目の授業中だった。
静かな廊下に、手を洗う音が聞こえている。
「もう大丈夫か?」
「うん。すっきりした」
両手をこすり合わせながら、山田は答えた。
「今からどうするんだ?」
「教室に行って、授業を受けるよ」
「そうか。じゃあ、放課後待っているからな」
「……はい」
蛇口を閉めて、学生ズボンで手を拭く。
「嫌なのか? 間があったよな」
「……嫌じゃ無いですよ。やれば良いんでしょやれば」
「そうだ。やれば良い」
山田は置いてあった鞄を肩に掛け、歩く。
「教室はどこなんだ?」
神様の問いに、山田は窓の向こうを指さす。
「向こうの校舎の二階。二年C組」
「……それじゃあ、何でこんな離れたトイレ使ったんだ?」
「だって、ここだと静かで落ち着けるから」
神様に振り向き、山田は答える。
普段からここのトイレをよく使っていた。ほとんど誰も来ないので、自分だけの時間が流れている様な気分になるのだ。それが、気持ちをほっとさせた。
山田は、体育館に隣接された校舎を後にする。神様はその場に留まり、ついてこなかった。
夏は日が長い。放課後になっても、まだ昼間の様な明るさだった。
そんな中、山田と神様は家に向かっている。
住宅街の道には、他にも下校する生徒がまばらにいた。
「それで、具体的には何をしたら良いの?」
「いよいよ俺の計画が始まるのだな!」
そう言うと、神様は楽しそうに笑う。
「そんなに笑うと、他の人に聞こえるよ」
「大丈夫、俺の声は聞こえる相手を限定出来るのだ。今は山田直道君、君にしか聞こえていないんだよ」
「気持ち悪いなぁ、言い方が。で、何をするのか訊いてるだろ」
「お前のドラマ一話目は、題して『遅刻遅刻ー! ドンッ! どこ見てんのよー! ガラガラ、転校生を紹介する。転校生? ってあんたはあの時の』だ!」
「長いし、意味がわからないんですけど! もっと短くわかりやすく」
「短くすると、『女子衝突機会企画大作戦』だ!」
「今度は堅いよ! お題目は良いから、言葉で説明して」
「つまり、朝遅刻しかけて、食パンをくわえたまま家を出る。そして、猛ダッシュ。曲がり角で女の子とぶつかり、印象を残したのち、彼女が同じクラスに転校してきて特別な存在になる。王道ラブコメの出合い方、完璧だろ?」
「どこが! 無理がありすぎる!」
「例えばどこが?」
「誰が都合良く転校して来るんだよ!」
「……確かに。女の子が転校して来て、しかも初日にお前とぶつかるのは無理があるか……」
少しの間、神様は黙りこむ。山田は淡々と足を進める。このまま何事もなく家に着きたかった。
「じゃあこうしよう。お前が転校するんだ」
「嫌に決まってるだろ!」
「何で!? そしたら無理が無いだろ」
「何で僕が、他の学校に行かなきゃならないんだよ!」
「……じゃあこうしろ! いったん今の学校を辞めて、直ぐに復学するんだ。これで良いだろ!」
「良い訳ないだろ! 大体それじゃあ皆僕の事知ってるんだから、一人の女子だけが『あの時の』にはならないよ! 全校生徒に『バカが帰って来た』って思われるだけだよ!」
「そうか。辞めた後、直ぐ復学してもバカにされない方法さえあれば……」
「お前は僕に復学させたいのかよ!? 違うだろ、話がずれてるよ!」
「そうだった。復学ありきで考えなくて良いんだ。でも、どうすれば……」
十字路を右に曲がると、坂道に差し掛かった。丘の上に続いている。
山田は、カーブのかかった家路を見上げた。ため息を一つ吐く。今日の朝、ここで陽炎と出会いさえしなければ、こんなめんどくさい事にはならなかったのだ。
「諦めるしかないだろ。転校生との出会いは」
坂道を上り始める。
「……そうだな。それじゃあ、在校生とぶつかるか」
「……ぶつかるの自体はするんですね」
「そりゃそうだろ。こんなロケーションがあるんだからな。ここでするぞ」
「ここで?」
山田は足を止め、神様を見る。……が、どこにいるか分かりにくくて、確認するのに少し時間がかかった。
「そうだ。学校に行くには、坂を下った先の十字路を左に曲がるだろ」
「うん」
「そこでだ。十字路を右からまっすぐ来る女子と、偶然ぶつかるんだ」
「はぁ」
十字路を見て、気の抜けた返事をする。
「何だ? 何か不満か?」
「いや、どうやってぶつかるのかなと思って」
「どういう事だ?」
「普通左に曲がる時は、曲がり角手前で左寄りになるよね。そしたら、右から直進して来る人の視界には入るし、偶然ぶつかるなんて無理だろ」
「……だから?」
「だから、偶然ぶつかるのは無理じゃないかって」
「誰が偶然と言った! お前はドラマを起こしにかかっているんだから、無理やりぶつかりに行け!」
「さっき偶然って言ったじゃないか! 記憶力無いのか思念体!」
山田は語気を荒げた。まずいと思い、直ぐに周りを見回す。
幸運な事に通行人はいない。もし見られれば、他人の目には一人で喋っている様にしか映らないないだろうから、気味悪がられるはずだ。それは絶対に避けたかった。
声量を落とす。
「とにかく、同じ方向に行く人とぶつかるのは無理だって」
「重箱の隅つつかなくて良いんだよ、お前は! もの凄く大回りしたり、狙いを定めて一直線にぶつかったりしろ! そんな事でグチャグチャ言っていたら、プロの当たり屋にはなれないぞ」
「なるかー!」
山田は直ぐに大声を上げてしまう。
そそくさと坂を上る事にした。さすがに周辺住民が家の窓を開け、こっちを見るのではないかと思ったのだ。
そうなれば非常にまずい。朝の出来事をもし見ていた人がいたなら、奇声を発する自分と、今朝の謝る少年を結び付けるかもしれない。
山田は小走りで坂道を上りながら、右を見る。ガードレールがあり、その先には木が見えた。丘の斜面に生えている木だ。
いつも通り乱雑に立っているそれらを見ながら、山田は苦悩する。
木を裂く程の力で脅され、すごくはずかしい事をさせられようとしているのだ。自分は、日常を変える何かを待っていたのかもしれない。確かにそう思ったが、やっぱり嫌だった。
今は単純に、バカみたいな行動を強要される目立たない中学生でしかないと思う。
メリットは絶対に無い。
視線を正面に戻す。アスファルトの坂道を見ながら、木々の横を通る。
そこで違和感を感じた。再度、木に目を向ける。それらは、やはりいつもと同じく立っていた。
「あの、神様。朝裂いた木って、全部元に戻したんだ」
「ん? ああ、そうだな。俺は優しいからな」
「……それは違うと思うけど。騒ぎになったら嫌だし、元通りになって良かったよ」
「そんな話はどうでもいい。明日の朝、決行だからな。誰に当たるか決めておけよ」
「……わかったよ」
追い撃ちの様な神様の発言を受け、山田は深いため息を吐いた。
(とりあえず、相手も自分も怪我しない程度の速さで当たろう。僕に与えられた自由は、それ位しかない)
「誰に当たるか、ちゃんと決めたか?」
神様は訊いた。
山田は生あくびをしながら、首を縦に振る。左手にはトーストを持っていた。
今朝はバカげた神の教えを実行する為、いつもより早起きだった。六時半には起きていたのだ。その時刻に目覚めていた事など、中学生になってからは記憶に無い。
その後、登校の用意等をして家を出た。今は朝の七時を少し過ぎた頃である。
山田達は坂の途中にいた。五十メートル程下れば、十字路がある。
「ちゃんと決めたんだな?」
「……うん。一応は」
山田は目を閉じたまま答えた。開こうとは思わない。
「なんだ、やる気無いのか?」
神様は少しイラついた様子の声を出す。
「そうじゃないけどさ、単純に眠いんだよ。今日の事を考えてて、昨日あんまり寝れてないし」
「それなら良い。で、誰がターゲットなんだ?」
「うん。十字路を僕らから見て、右から左に行く人。つまり、右の地域に住んでる人の中から選んでるから、限定性があるけど、良い人がいたよ」
山田はここでまぶたを上げた。目を擦る。
「前置きは良いから、名前は?」
「もう一つ言わせて。うちの学校の三年には、『美人四天王』と呼ばれる女子達がいるんだ。その中の一人がここを通学路にしている。どうせならと思って、その人にしたよ」
「なるほど。で、名前は」
「第一目標、三年の三波さん。体がスラッとしてて、サラサラの長い黒髪には光沢があるんだ。とにかく、キレイな人だよ」
「ほう、先輩を狙う訳か。勉強を教えてもらうんだな」
「……まぁ、そうかな」
「『bとdが似ていて、どっちがビーでどっちがディーかわからなくて、夜も眠れないんだ』ってお前は訊くんだよ。そしたら彼女が、『bとdは丸みが向かい合わせ。これ、おばあちゃんが最期に言った言葉なんだ』って教えてくれるんだ」
「仮におばあちゃんが死んでても、最期にそんな事は言わない! 質問もバカだし!」
「この年代の一年は大きいからな。お姉さんだろ、お姉さん」
山田の言葉を無視して、神様は話を先に進める。
「……そうだね」
「皆の前では三波先輩と呼ぶんだが、二人の時は下の名前を呼び捨てるんだ。『絹恵』ってな! やるなぁ山田、毎日楽しいだろ!」
「そうなったらだろ! まだわかんないし、三波さんはそんな昭和の名前じゃ無い!」
「そうだな、これからだったな。そういえば、第一目標って言っていたけど、他にもいるのか?」
「うん、一応。三波さんで失敗した時の為に、もう一人候補はいる」
「誰だ?」
「第二目標、二年の菊地原さん。目が大きくて、かわいらしい顔してるよ」
「同じ学年か……これはこれで楽しそう――」
「悩んだんだけどさ。同学年だと、僕のやってる事がすぐ噂になりそうだから。でも、挑戦してみるよ」
「『挑戦してみるよ』ではなく、人の話に割り込むな」
「どうせまた、しょうもない事妄想するんだろ? そんなの聞かなくても良いよ」
「聞けよな、神様寂しいよ」
「気持ち悪いなぁ」
山田は顔をしかめた。片眼が細くなる。
「二人の、十字路を通る時間はかぶっていないのか?」
サラっと、神様は質問に移った。
「大丈夫だと思う。三波さんの方が先に通って、時間を空けて菊地原さんが通る……はず」
「……はず?」
「僕の遅刻が最近多いからわからないけど、前はそうだったんだって。三波さんからアタック出来るって……多分」
「まぁ良い。舞台は整ったんだ、後はお前次第だな。山田直道」
神様は名前を呼ぶ。その声が、改まった様に山田には感じられた。
「はい?」
「主人公はお前だ。ドラマ起こせよ」
事の元凶である神様の言葉を聞き、山田は目を閉じる。ゆっくりと息を吐いた。
携帯を取り出して時間を見る。七時十五分を過ぎていた。
そろそろ第一目標が来る頃だ。十字路に目を移すと、二、三人の学生が歩いていた。
胸の鼓動が速くなる。今更止める訳にはいかない。
ここまでくれば、やるしかない。山田は決心した。自己演出をして、やりきるのだと。
神様が、「スタート」と合図を出す。
ドラマを始めよう。
「遅刻だ遅刻だー!」
中学二年生の山田直道は、カーブのかかった坂道を凄い勢いで下りて行く。袈裟掛けした学校指定のカバンが、勢い良く揺れた。
走りながら、口にトーストをくわえる。
坂道を下りきると、十字路に差しかかった。学校に行くには、左に曲がらなくてはいけない。
山田はもちろん左に曲がる。その予備動作として、道の右側一杯に寄りだす。
実は、山田には変な癖がある。この十字路を左に曲がる時、凄く大回りで曲がりたくなるのだ。
今日も、右側一杯からの大回りを試みる。のだが、その思いとは裏腹に、スピードを落とす。角の所で一旦停止した。
他の通行人に当たってしまわないか、気にした為だ。
右の道から来る人がいないか、白い塀に体を隠しながら窺う。
山田は思いやりがあり、優しい気持の持ち主なのだ。それと同時に、恥ずかしがり屋でもある。
視界には、一人の女子生徒が入っていた。別に知り合いでもないので、全く気にせず、何とも思わない。
山田は目を大きく見開いた。
頬を汗が伝う。トーストを左手に持つ。
「……タイミングを合わせて……今だ!」
独り言を口走ってしまう。自分でも意味が分からなかった。疲れているのかもしれない。
それはそうと、山田は飛び出した。トーストをまたくわえる。
大回りを始めるのだ。勢い良くカーブを切る。
しかし、左に曲がり切る事は出来なかった。何かに当たり、山田は倒れる。トーストが吹っ飛んだ。
「痛ってー」
山田は顔を上げ、状況を確認する。
もう一人、地面に倒れている人物がいた。
制服を着た、女子である。シャツとスカートの姿かたちから、山田と同じ学校の生徒だと分かった。
もしかしたら、先程見かけた女子生徒かもしれない。本当に、全く、少しも気に留めていなかったので、姿は覚えていないが。
とにかく、二人は偶然ぶつかったのだ。
「……い、痛ってぇーな。どこ見てんだよ」
山田は上半身を起こし、頭を掃う。
女子生徒はチラッと山田を見ると、目をそらす。立ち上がり、紺色のスカートをはたいた。
彼女の長くストレートの黒髪には、ツヤがある。太陽に照らされ輝いていた。前髪は、まゆ毛の辺りまで伸びている。横と後ろは、胸の辺りまで届く長さだった。
体は細く、無駄な贅肉など付いていない様に見える。スカートに伸びた手は、白い。夏服の、半袖白シャツを着ていた。二の腕が少し見える。そこもやはり細かった。
色白の小さな顔はというと、期待を裏切らない。顔の規格に合わせた様に、小さな鼻と口が付いている。少しつり上がった目は大きく、長いまつ毛が品を感じさせた。
万人がキレイという第一印象を抱くはずだ。
「痛ってぇーな、どこ見てんだよ!」
先程より強めに山田は言う。
聞こえていないかの様に、女子生徒はスカートをはたいていた。が、手が止まる。右ひざを見ていた。
彼女の左側に位置する山田には、どうなっているのかよく見えない。
女子生徒の正面に回り込む。
視界に入った彼女の右ひざには、血が滲んでいた。倒れた時に擦りむいたらしい。
「あっ」
山田は思わず声を出した。
女子生徒は顔を上げると、手さげカバンを拾う。
十字路を左に歩いていく。
山田には振り向きもしない。
離れていくキレイな女子生徒を、山田は呆然と見送っていた。
口が半開きになり、足は震えている。
ケガをさせてしまったのが、ショックだった。口の締りが無いのはその為である。
自分を全く取り合わない彼女の態度が恐ろしかった。足腰が頼りないのはその為である。
女子生徒との距離が、五十メートル程離れた。
山田は信じられない気持ちになる。意識せずに、首を横に振っていた。
「こんなのって、あんまりじゃないか……きつ過ぎるよ。もうちょっと、何とかなっても良いんじゃないかよ」
つぶやくと、彼女に向かって走りだす。距離がどんどん縮まっていく。
「痛ってぇーな、どこ見てんだよ! って言ってるだろ!!」
唾を飛ばして訴える。
女子生徒は振り返り、山田を一瞥する。直ぐに走りだした。
走りながらも彼女は、時おり後ろを気にする。その顔は、先程までとは違う。歯は食いしばられ、眉尻が下がってハの字眉毛になっていた。キレイな顔が崩れてしまっている。まるで恐怖しているかの様に。
彼女は必死に逃げているのだろう。自分から。そう、山田は思った。
「待てー!」
口から、また唾が飛んだ。見開いた目で女子生徒を捉え、追う。
男子と女子では、脚力が違うのだろう。山田は運動が得意ではなかったが、それでも少しずつ距離が詰まってきた。伸ばした右手が彼女に届くまで、後一メートル。
しかし、そこで山田はピタッと止まった。
女子生徒との距離が、また開いていく。走る彼女の近くを二、三人の生徒が歩いていた。
今は平日の朝なのだ。ごく普通の登校風景である。
山田は、これ以上追うのを止めた。許してあげたのである。やはり、優しい男なのだ。だから、他の生徒がいた事は少しも関係ない。
汗を流し、息を切らしながら走る彼女を見送った。
笑顔で軽く手を振る。
暫くすると、辛抱出来なくなった。歯を食いしばり、手を握りしめる。
「くそっ! セーフティゾーンに逃げられた。……まぁ良い。まだ、もう一人いる」
さすがに、自分の言葉に変質的なものを感じてしまった。
頬を軽く叩く。折れてはいけない。やりきらなくてはいけない。と、自分に言い聞かせ、一つ息を吐く。
今思った事の意味が全く分からなかった。自分はただの中学二年生、山田直道である。いつもと同じく、登校するだけなのだ。
もしかしたら、想像もしていない出会いが待っているかもしれないが、それだけの事である。
振り返り、一歩踏み出した。今来た道を戻りたくなったのだ。
直ぐに止まる。
頬を汗が伝った。冷や汗の様に感じられる。
視線の先には、ショートカットの女子生徒がいた。
彼女も動きを止めている。手さげカバンをギュッと抱きしめ、大きい目で山田を見ていた。驚いているらしく、口は開いたままになっている。
女子生徒はゆっくりと動き出す。
視線を山田から外さずに、道の左端一杯を歩きだした。道の左右には家の塀が続いている。その塀に背中が付く程寄ったまま、横歩きで進んで行く。
山田は彼女の目をずっと見ている。すがる様な思いだった。
女子生徒は山田と横並びの位置まで来た。二人の視線は繋がったままだ。
「菊地原さん!」
山田は彼女の名を呼ぶ。
と、同時に女子生徒、菊地原は前を向く。
猛ダッシュ。
二人の距離は、見る見る離れていく。
走り去っていく菊地原を、山田は眺めているしかなかった。流れる汗を気にする事も無く、力ない眼で。
もう終わりだ。
足から力が抜ける。山田は崩れ落ちた。汗まみれの額を、アスファルトに打ちつける。
「熱っつ!!」
転げ回った。
「カット!」
神様の声が聞こえた。
山田は額を両手で押さえ、仰向けになっている。息が荒い。
「上手くいかなかったな。こうなったらより好みせずに、誰かれ構わず当たろう。さぁ、十字路まで戻るぞ」
「嫌だよ! 誰かれ構わず当たるって何だよ!? 僕は変出者じゃ無いんだ!」
手を少し下げ、目を隠した。後悔の念に襲われる。
「……やるんじゃ無かった」
山田は暫くの間動かなかった。道の真ん中で、汗を流しながら息を切らす。
五、六人の歩行者が、横を通り過ぎていった。目を隠していたので、それが中学生だったかは分からない。
山田は急に起き上がった。ここにいてはいけないと思う。
急激な腹痛に襲われ、お腹を押さえる。
今来た道を、走って戻った。
「何だ、やる気あるんじゃないか」
神様が後に続く。
山田は登校途中の生徒と三回すれ違う。逆行するのは気分が悪かった。他の生徒と同じ様に、普通に登校したい。
十字路まで戻ってきた。が、そこで足を止めない。右に曲がると、坂道を上る。
「おい、待てよ。どこ行くんだよ」
神様の問いに対し、山田は足を止めずに答える。
「学校で僕の事が噂になってそうだし、その事考えたらお腹が痛くなってきた。だから、家に帰るんだよ!」
「大丈夫だって、まとわりついた訳じゃないんだしさ。十字路でぶつかるのは止めにして良いから、学校には行けよな。な?」
山田の足は止まる。神様がぶつからなくて良いと言うとは、思っていなかった。
(心配してくれているのか?)
「学校には行かないといけないだろ。こんな小さい事で休むのは良くない」
(神様は心配してくれている。……僕を悩ませた元凶だけど)
山田は体の向きを変えずに口を開く。
「変な奴だと、思われてないかな?」
「大丈夫だ、こんな事位で噂にはならない」
「変な奴だって言われるよ」
「みんなお前の事をそんなに見ていないし、気にしていない。ターゲットの二人に対しては距離を取ろう。それで大丈夫だ。こんな事で学校に行かなくなるのは、勿体ないぞ」
「そうかな? ……じゃあ学校行こうかな。もう、十字路で待ち伏せしなくて良いんだよね?」
「良いぞ。悪い事したな」
山田は振り返ると、神様を探す。空間の揺らめきを見つける。
「……わかってくれたんなら、良いよ」
笑顔を作った。
山田は坂道を下りはじめる。足取りは軽い。
内心ホッとしていた。
脅されて始めたドラマを作るという行為。少しも上手くいかなくて、窮地に追い詰められていた。それを、神様はフォローしたのだ。その事が、何よりの救いだった。
自分を思い通りに動かす。そんな事しか考えていない訳ではないのだ。
自分の事をちゃんと考えてくれている。そう思う事が出来た。
「十字路はもう良い。なかなか上手くいかない事が、わかったしな。それに……」
「それに?」
前を見たまま山田は訊く。声は自然と明るくなった。
「……それに、気付いたんだ。学校の廊下に十字路はないが、曲がり角は一杯ある事に。またやりたくなったら、そこですれば良い」
「へ?」
「何も十字路にこだわる必要はないんだ。『ぶつかる』という急激な出会いを起こす装置としては、曲がり角があれば充分なんだ」
山田の動きがピタッと止まり、左足が上がった。その後、右足を軸にして勢い良くターンする。
「嫌だー! お腹の痛みがぶり返してきた! ……やっぱり家に帰るー!」
言いながら、猛ダッシュ。
「ああ! 待つんだ!」
人の事を全く考えていない神様が後を追う。
今回のターゲット。
三年、三波ユリア。二年、菊地原美貴。
ある意味、印象的な出会いだったが、好印象残せず。
神様の評価は百点満点中、二十点。
ここは地上の遥か上空。雲の上。今は夜で、空に瞬く星々がキレイである。
山田と一騒動あった後、神様はここに戻ってきていた。
「いやぁー、やっぱり楽しいな。実際にやってみると、成功するかドキドキするしな」
今日の出来事を思い出している様だ。
「これからは、アニメとかドラマを観ないでおこう。山田のドラマ一本でいく」
という独り言の後、少し間が開く。何か考えているのかもしれない。
「一応、『不思議区域ヒナノ』の最終話だけ録画しておくか。観なくても良いけど、最後が少し気になるしな」
テレビとブルーレイディスクレコーダーの電源が点いた。
この後、神様は他の神様との付き合い等で時間を取られる事になる。
次に神様が山田の前に現れたのは、それから三日後の事だった。




