勇者、兄を鼻で笑う
斯くして異世界からの襲撃者の件については終息へと向かった。
被害は彼方のおかげで全てが元通りになり、負傷、軽傷者と奇跡的に無し。
いやーとってもいい事だ。
ニュースとかに取り上げられたらたまったものじゃない。
だが残念な事があるとすればそれは誰も知らない事だったってことくらいだ。
「まぁ、何かが起きたとしても実害もなければ知らないよね」
彼方がつまらなさそうに呟いた。
確かにこんな事が起きました。といってもなんもないじゃんと返されるのが当たり前か。被害も彼方が直したわけだし、証拠すらない。
しかしそこに納得しない人間が一人だけいた。
「俺は!? 死にかけてる上に、刃物で刺されてるけど!?」
というか俺だった。
朝の電車通勤中、俺は彼方の事後報告らしきものを聞いている途中で思わず声を荒らげる。
その反応に彼方ははぁ? という顔をみせる。兄貴にその顔を見せるのはどうかと思うぞ、妹よ。
「なんで? 治ってるからいいじゃん」
「いや、でも精神的なダメージとかその他諸々があるわけで少なからず俺には精神的ダメージを負っていると思うんだけど!?」
「兄ぃ、……ちっちゃいよ」
鼻で笑われた。
うるせーよ。事実を述べているだけだろうが!
事実を認めさせるために食い下がっていると、彼方がため息をつきながらゴソゴソとポケットから何かを取り出し、俺に見せる。
掌に収まるくらいの小さいガラス製の小瓶で、その中には赤い液体が入っていた。不透明の色でねっとりとした粘着質の液体のようだが、右に左に動かしてもガラスに付着することなくまるで水銀のような性質をもっているようだった。
「なんだよそれ」
「私が持っているなかで一番治癒能力が高いやつだよ。一滴舐めるだけで大抵の怪我は治るとっっても高価な代物だよ」
「それがなんだよ」
「それを兄ぃに使ったの。わかる? わざわざ高い物を兄ぃにつかったの」
つまり? 俺にめちゃくちゃ高い物を使ったんだから我慢しろと?
「本来だったら私の力で大体は治るんだけどあの状況では如何にもこうにもできなかったのよ。だから魔王ちゃんに任せた」
魔王ちゃんに感謝しないといけないよ? と掌で小瓶を転がしながら言う。
しかしこれで引き下がるわけにはいかないのが日本人だ。
「それ一つでどれくらいの価値があるんだよ」
「あっちの世界だと城一つと従事十人買えるよ」
どれだけ高いんだよそれ。思わず萎縮してしまった。
その小瓶を乱雑にポケットに入れると彼方は不機嫌な視線を送り、ため息をわざとらしくした。
城一つとか買えるものをそんな雑にしまっていいのだろうか? というよりポケット?
色んな事を考えていると彼方がじっと俺を睨んでいた。
「……わかったわかった。もう何も言わない」
「よろしい」
にんまりと彼方は笑っていない笑顔を作る。
小瓶を使われたのだし、もうなにも言えないし……。
「それに俺の体は城二つと従事二十人の価値と同じになった……。うわぁ、ぞわっとする」
「え?」
「ん? どうした不思議そうな顔をして俺が変なこと言ったのか?」
「え、だって、その計算だと二倍じゃない。なに、二回も死んでるの?」
「人聞きが悪いことをここで言うなよ。なにも知らない人から変な目で見られるぞ」
不思議そうな顔をして俺を見てくる彼方に嫌そうな目をしているとあぁー、そう言うことなのね……と彼方は一人納得したような顔をした。
「なんだよ」
「べっつにー? いやー、本人がわからないようになんて魔王ちゃんは本当魔王だなぁ」
「……?」
くすくすと悪戯っ子のような笑顔をした彼方の意思が読み取れなかった。
「そういえばゼクスは? 結局こっちの世界にいるんだろ?」
別の話題を出す。一つは被害状況の話でもう終わったから、もう一つのあっちの世界からやってきたハルトヴァンキッシュの孫、ゼクスについてだ。
「うん。一応必要最低限の身分証明は作っておいたよ」
「作っておいた……」
どこの役所の方ですか。
彼方は経歴詐称と記憶改竄の能力を駆使したのだろう。恐ろしい。
ふっと得意げな表情を作り、俺の胸をドアをノックする要領で二度叩いた。
「まぁ、安心したまえジョニー。もうこれ以上兄ぃと魔王ちゃんに危害を加えない事を条件付きで飲み込んでくれたぜ」
ジョニーって誰だよ。
「条件とは?」
「私達と同じ学校に通学すること」
「ぜんっぜんいい条件じゃないよね!?」
魔王を狙う奴が同じ高校にいるっておかしくないか!?
あまりの事に俺の頭の中は爆発しそうだった。
「いや普通にまずいだろ? 魔王の命を狙う奴をなんで同じ学校に置いておくんだよ」
「約束を守るのも勇者だよ。ゼクスはあれでも一応勇者見習いなんだから約束を守らないと勇者である私として全力でぬっころ……」
「あー、はいはいわかったからもうその言葉やめて」
本当この妹、どんなことでも勇者であろうとしてやがる。
目頭を押した。
「それにゼクスは『俺自身の目で魔王を見極める』って言っていたよ。近くで見極めるために不可侵条約を結んだじゃないのかな? もう兄ぃの頭は硬いんだから」
「デコピンするだけで崩壊しそうな脳みそを持ってるお前にだけは言われたくねーよ」
ザックリと話を聞く限りではゼクスは彼方と同じクラスにしたらしい。やはり舞麻を襲わないから心配してのことだろうか。
電車は目的の場所に到着し俺たちは駅へと降り立つ。
「とりあえずこれで一件落着だね」
「落とし所を見つけてそこに押し付けた程度だけどな」
この状態は落とし所を急造して押さえつけたような状態だ。ゼクスがその気になればその落とし所を破壊しようとするだろう。
しかしそれはきっと杞憂に過ぎない。
「大丈夫だよ。だって私がいるんだから!」
「そうだな……」
なんせ俺の妹は自慢の世界最強の勇者だからだ。
◇
昼放課。昼食を取るために俺と舞麻は三つの机をくっつけていると、いつものように教室の扉は思い切り開けられる。バーン! と景気のいい音が響きあぁ、いつものあいつだな。と思って視線を扉の方へと向ける。
「あがっ……」
「魔王ちゃん! 会いに来たよー!」
「彼方……その人……」
俺は口を思い切り開き、魔王は震える。
彼方の背後、教室の外には金髪混じりのヤンキーがいた。
俺たちの制服をヤンキーみたいに着こなしている。ズボンの片方の裾を捲り、七分丈にし、半袖のワイシャツをだらしなくして裾をズボンの中に入れず出している。そしてワイシャツの裾からチラリとみえたベルトは黄色と黒のストライプだ。
インナーのシャツも虎のような柄で……先生に見つかったら即生徒指導されるような格好だった。
そのヤンキー姿の奴を俺は、舞麻は知っている。
「ゼクス……ヴァンキッシュ」
「うす、世話になってます」
「ゼクスんも一応私たちの身内のようなものだから連れてきちゃった」
「おまあほか!?」
バレリーナみたいにくるくる回ってそのあときゅるるんみたいな効果音がつきそうなポーズをとった彼方の頭を俺は思わずヘッドロックした。
「いだだだだだだだ!」
「お前やっぱ馬鹿だろ!? なんで舞麻の敵を連れてくるんだよ!?」
「だから、言ってるじゃん! ゼクスんは俺自身の目で見極めるって! それなら昼放課一緒にご飯食べるからって!」
「でもお前いろいろと過程飛ばしすぎだろ!?」
そう、クラスメイト達がざわざわと騒いでいる。
「ヤンキーだ……」
「ヤンキーがいるぞ……?」
「てか? 外人?」
「なんかイケメンじゃない? カッコいい……」
「え、あんたああいうのがタイプなの?」
クラスメイト達がゼクスに対しての評価を口にしていた。
その注目の的となったゼクスはジロリと三白眼でクラスメイトを睨むとクラスメイトは何を察したのか、静かに食事を再開した。
その光景を見た後、ゼクスはケッと唾を吐く。
「虫ケラどもが」
「じゃっねぇだろ!?」
思いっきり机の上に出ていた教科書でゼクスの頭を叩いた。もう思いっきり振り抜いた。
「でっ!? テメェ殺……はっ倒すぞ!」
「言い直したな」
多分、彼方が側にいるからだろう。殺すなんて言ったら自分の命がないと本能的に思ったのだろう。
「いやお前なに俺のクラスメイトを睨んでるの? ダメだろ? マナーなってないぞ? 彼方に頼んであっちに返してもいいんだぞ?」
「……さーせんっした」
彼なりの精一杯の謝罪を受け取った俺はため息をつき、彼方を見る。
「はんぁー。魔王ちゃんのおっぱい本当最高、もうこのままずっと揉んでいたい。腱鞘炎になってもずっと揉んでいたい!」
「あ、あの彼方……! んっ、やめっ!」
その元凶は舞麻に抱きつき、胸を揉みしだいていた。
それを見ていた俺とゼクスは顔を合わせる。
「……なんか、大変っすね」
「あぁ、そうだな」
少しだけゼクスとの距離が縮んだ気がした。




